第53話 馬車の旅

目的地へ向かう馬車の中、ケイト達は先日出会った冒険者の夫婦と一緒になった。


ミステルトは初めて乗る馬車に天真爛漫に楽しんでいる様であった。


まるで子供の様に「速いのじゃー!」などと言って騒いでいる。


いや、元の姿の移動スピードのが速いだろう、などと言う野暮な事はこのさい置いておこう。


幸いな事に、今馬車の中にはこの2組しかいない為、ミステルトが騒いでいても邪魔にならない。


御者の人も、ミステルトの反応を微笑ましく見守り、声をかけたりしてくれていた。


ツムギはと言うと、人見知りの発動かと思っていたが、そんな事はなく、ただ口数が少ないまでも、冒険者夫婦と話をしている。


冒険者夫婦がとても気さくなので、人見知りする前に慣れてしまっただけなのかもしれないが。


ツムギは、夫婦と話しながらチラチラとメルピアのお腹を見ている様だ。


その事に気づいたメルピアが「ふふふ」と優しく笑ってツムギに質問した。


「私のお腹が気になる?」


「うん。赤ちゃんがいるって聞いた」


ツムギは数日前、ミステルトがこの2人との出会いを楽しく話すのを聞いていた。


その時に子供の事も聞いたのであった。


「そうよ、私達の大切な命」


メルピアが愛おしそうにお腹を撫でるのを見て、ツムギは遠慮がちに質問した。


「触っても、いい?」


「え? ふふふ、いいわよ。でも、まだお腹も膨らんでないから普通の人と何も変わらないわよ?」


「うん……」


ツムギは、恐る恐るといった様子でメルピアのお腹に触れた。


「ね、何にも変わらないでしょ?」


「うん、不思議。ここに赤ちゃんが居る」


「そうね、ツムギちゃんもいつかはね」


そう言ってメルピアはチラッとケイトの方を見た。


「私は無理。怖い……」


「ふふふ、いつかね、大事な人をもっと大切に思う日が来たら怖さを乗り越えて自然と思う様になるわ」


「うん……」


ツムギがゆっくりと頷いた時、ガタリと馬車が急に止まった。


「お客さん、今日は運が悪いかもしれねえ」


御者の、焦った様な言葉が聞こえた。


乗り合い馬車は、街道を通るので基本的にはモンスターはあまり現れない。


そして、五大大国であればそこそこ治安が良い為、滅多なトラブルは起きない。


五大大国外に隣接した街道のそばを通る時は、外の国の貧しい農民が盗賊に落ちて裕福な国へ来ている場合もあるが、所詮農民の集まりで、上客の冒険者が低ランクであろうと何とかなる。


しかし、今回馬車の前に現れた盗賊の団体は規模も大きく、その装備から農民落ちの盗賊ではないことがわかる。


とすれば、犯罪を犯した冒険者等が盗賊になったケースであろう。


しかし、この辺りの街道でこの規模の盗賊の報告は無かった。

報告があれば、馬車の値段が上がり、護衛依頼が出されてしっかりとした護衛付きの移動になるからである。


それに、冒険者ギルドでも依頼が出されて冒険者達が討伐に出るはずであった。


なので、この盗賊達は何処かから移動して来た所なのだろう。


「さて、運は悪いが俺が引き受けるか」


ガルマンが、馬車の中を見渡して立ち上がった。


中学生にみえる少年ケイト、高校生の少女ツムギ子供っぽい女性ミステルト最愛の妻メルピア


自分が犠牲になって馬車を逃がそうと考えたのだろう。


メルピアが、不安そうな顔でガルマンを見上げた。


「大丈夫だ、お前が無事なら____」


「ガルマン、座れ」


ケイトが、ガルマンにそう指示した。


「でもよ、」


「もう終わった」


「ひぃ!」


御者の声に、ガルマンは慌てて外に出た。

御者がやられたら馬車を動かすのは慣れていない人間になり、逃走率はガクッと下がってしまう。


外に出たガルマンが見たものは、血の海の中に倒れる盗賊達の姿であった。


「なんだこれ……」


「ガルマン、早く乗れ。こんな所にいつまでも居たらメルピアの体に障るだろう? 御者さんも慌てずに頼む」


「あ、ああ」


ガルマンが馬車の中に戻ると、馬車は発進する。


「次の町に行ったら報告しないとな。あのままだと血の匂いでモンスターが寄ってくる」


「ああ。あれは、ケイトがやったのか?」


「どうじゃ、主はすごいのじゃ!」


ミステルトが自慢げに胸を張ってツムギが無言でコクリと頷いた。


ガルマンは信じられないといった顔でケイトをみる。


「怖いなら、離れてていいぞ。俺はここから動かない」


「そうじゃない。人は見かけによらないとしみじみ思っただけだ。ケイト、本当にありがとう。お前のおかげで俺は産まれてくる子供に会える」


「大袈裟だよ」


ケイトはそう言って顔を背けた。ツムギがボソリ「照れ屋」と呟いだが、誰も反応をしない様にした。


一難去った馬車は、そのまま目的地に向けて走っていくのであった。

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