勇者編

第20話石板の異変


困った物だ。最近のアレはワガママに育ちすぎた。

どこで育て方を間違えたのか。いや、分かってはいるのだ。

アレは第一子、しかも男児だった為に欲しがる物を与え過ぎた。

アレの母親も際限なく甘やかし、誰もそれを止めなかった。

無論我われもだ。

その事で後悔する日が来ているとは、若い頃の我に教えてやりたい。


豪華な部屋で書類に目を通しながら男はそんな事を考えていた。

男の年齢は50を過ぎた頃。しかし、上質で気品漂う薄水色のカテドラルスーツの上からでも分かる鋼のような筋肉が歳を感じさせなかった。


そんな歴戦の冒険者を思わせる人物が似合わない書類仕事をしているかと言うと、この男はこの国の国王だからである。


書類に問題がない事を確認すると、読み終わった書類に御璽を捺印して次の書類を手に取った。


書類は何重にも審査を通し、ここには最終確認の為の捺印の為に上がってくる為に流し見するだけで大丈夫である為、目を通しながら男は自身の子供達、そしてこの国の未来の事を考えていた。


ワガママ放題に育ち、自身の思い通りにいかないと癇癪を起こす長男。


自分の趣味に没頭し、興味のない事は全て兄を調子に乗せて押し付けてしまう面倒くさがりの次男。


正義感が強く、民を守る為と意気込み、冒険に出てしまった次女。


そんな兄姉きょうだい達に可愛がられ、一切俗世のことを知らずに育ってしまった三女。



まだ倒れる気は無いが、自分亡き後のこの国の行く末に不安しか憶えなかった。


唯一の適格者であった長女は、早々に自分の相手を見つけて結婚して他国へと嫁いでしまっている。

あの時の手際の良さから考えても、あの子が一番の切れ者であったのはまず間違い無かった。


「あの子が補佐に付いてくれていれば、少しは安心できたものを」


あの子はそれを察知したが故に早々に国を出たのであろうな。

あの兄の補佐となれば、自分の意思とは関係なく国に縛られ、国を支える為の歯車になるのだから。

我でも、アレの補佐をするなどごめん被りたい。


男の口からは「ははは」と乾いた笑いが漏れ出した。


願わくば、アレを尻に敷いてこの国を導いてくれる良き嫁に巡り会えればいいな。と、そう願うばかりである。


男が、半ば諦めの物思いに耽っていた時に、大きな音でドアがノックされ、現実に呼び戻された。

気の抜けた帰りにならない様に咳払いをしてから入室を許可する声を出した。


「ケミルト様、大変でございます!」


「お前が慌てるとは、何があった?まさかアレが何かやらかしおったか?」


入室後、挨拶も無しに慌てた様子で話す男に、国王ケミルトはそう尋ねた。


「いえ、違います。よりも大変な事が起こってしまいました!

石板の最後の項目が埋まったのです!」


「なんだと?」


王子の事をそんな事と言っても良いかと言う問題はさておき、起こった事態にケミルトは驚きに腰を浮かせた。


石板


それは、五大大国に存在する古からある何でできているかも分からない大きな石板である。

その石板には、魔王の伝承が書かれており、その最後の項目、魔王の種族、名前の項目が削り取られたようになっていた。


伝承では、魔王が誕生すると、石板に魔素が集まり文字を描いて結晶化する。

その結晶化した文字は、種族文字が浮かび上がり、使われた文字によって現れた魔王の種族が分かると言われている。

そして、石板によって魔王の誕生が知らされた時には、勇者召喚を行ない、魔王を倒さなければ世界は闇に包まれる。

これは実際に1000年前に起こった事が言い伝えられており、石板があった5箇所にできたのが五大大国だ。

魔王によって荒らされた大地で、それでもびくともしなかった石板の場所に、復興の為に勇者達が国を作ったのが始まりであるからだ。

だから、五大大国の王族には勇者の血が流れている。いや、今は四つの国だけか。

一つの国ではの様にワガママに育った王が民に討たれて、王が入れ替わった所がある。だからこの国の行く末が心配なのだ。


いや、いまはその話は置いておこうか。


「それで、最後の文字は?」


ケミルトが宰相である男に緊張しながら声をかけた。

これは石板がある五大大国で行われている会話だろう。

1000年前の魔王は狼獣人の言語で描かれて、その魔王の爪は勇者の聖剣以外を容易く切り裂いたと聞く。


「それが…」


宰相はもったいつける様に言い淀んだ。

ケミルトは待つことができずに「早く言え!」と急かして叫んでしまう。


「私達の言語でございます」


「な、んだと?」


今回埋まった文字は人語。つまり魔王は人族から生まれたと言う事だ。


この事実は今の世界情勢を崩しかねない事実であった。

他の五大大国の王も慌てている事だろう。


この後、五大大国で国際議会を開かなければならない。

そしてその前に、伝えたくは無いが王子達にも伝えねばならないだろう。


勇者召喚を行なわなければいけないのだから。


ケミルトは不安に思いながらも宰相に指示を出した。



___________________________________________



ケミルトの前には3人の少年少女が立っていた。


第1王子のレミント。

顔つきにケミルトによくにているが、ワガママなだけあって体つきは引き締まっていない。

呼び出された事が不満なのか、不貞腐れた様子である。


第2王子デルガー。

レミントと似ていないのは異母兄弟だからであるが、兄弟仲は良好である。

ひょろっとした体つきに少し猫背ぎみな研究者然とした出で立ちの少年だ。


第3王女サラシャ。

ラベンダー色の髪は綺麗に編み込まれ、肌は絹の様にきめ細かくスプーン以外は持ったこともないかの様に華奢。

蝶よ花よと育てられた事がわかるようである。


「リュクスはどうした?」


「リュクスならまた狩に出て行ったよ」


デルガーがそう答えると、ケミルトは大きな溜息を吐いた。

次女のリュクスは民の平穏のためと言って度々魔物退治に出かける。

その実力あっての事なのだが、王族たるもの戦場に出ずに後方で指揮し、自らの命を散らす事にならぬ様にしなければならない。それも必要な時もあるが、常に先頭に立つものではない。


リュクスは何度言っても、こうしていつの間にか魔物を狩りにでていってしまう。

いないものは仕方がないと、もう一度大きな溜息を吐くとケミルトは話し始めた。


「今日お前達を呼んだのは至急話さなければいけない事ができたからだ。

石板に変化があった、勇者召喚を行う事になる」


サラシャは状況が分からず首を傾げているが、他の2人は驚いた様子。

特にレミントは何を思ったのか先程の不満顔が嘘の様に目を輝かせている。


「父上、それは本当ですか?」


「ああ。勇者召喚をしなければ世界は滅びるだろう。ならば、行わなければならない」


「父上、勇者を呼び出したなら王族が随伴するのが決まりです!私が行きましょう。

民の為、世界の為、やはり王位を継ぐ者が随伴するのがよいかと」


「兄さん何か企んでない? まあ兄さんが随伴するのはいいんだけど、死なないでね。

僕、王位とか継ぎたくないし」


「ふん、 魔王など勇者と私にかかればすぐに葬ってくれる。

なに、勇者の力さえあれば魔王など恐るるにたりん!」


ケミルトはその言葉にまた溜息が漏れた。

レミントの考えはなんとなく分かる。


自分が国王に相応しいと箔をつけたいのだろう。もしかしたら自分の地位を勇者に取られるなどと考えているかもしれない。


とは言え、勇者と旅する事で成長して、少しでも王に相応しくなればと許可する事にした。


学園で戦闘は習っているし、成績は良かった。なんとかなるだろう。


問題はリュクスがいつ帰ってくるかである。

できればリュクスも同行させたい。

アレは国民の為にと暴走さえしなければまだ常識的だからな。


あとは、各国と勇者召喚の日程を話さなければならないな。

勇者召喚は五大大国が同時に行わねば成立しない。


そして、それぞれが旅をし、世界情勢を知り、世界を平和へ導くとされている。



レミント達が退室した後、ケミルトは隠し扉を使って、王しか知らぬ部屋へ移動する。


その部屋に置かれているのは遠見の鏡。


過去の勇者がダンジョンの奥深くで手に入れたオーパーツである。


勇者達が、国を作った時から、五大大国の国王会議はここで行われている。



この部屋の存在が今の大きな戦争のない世界を保っていると言える。


五大大国が争わぬ様に、ここで王達だけで話し合うのだ。


そして今からここで話し合い、予定を合わせ、各国共に勇者召喚を行う。


ケミルトが席に着いて遠見の鏡を起動させた時には既に2カ国の王が鏡を起動させていた。


王が揃うまで、各王の私見を話して王が揃うのを待つのだった。

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