第6話
ドアを抜けた先は新宿の10階建てぐらいの高さのマンションの上だった。屋上の際に立って地上を見下ろす。そこはホラー映画さながらの地獄絵図だった。人が人を襲って引っ掻き、噛みつき、押し倒して覆いかぶさる。そして息絶えるまで食い尽くしていく。襲っている人間が死亡するとそれがわかるのか、襲うのをやめて他のターゲットを探すような素振りをする。
他人の記憶だが記憶どおりだった。
「これが戦略級魔術と言われる所以か...」
魔術を知らない相手にこの術が使われれば一方的に蹂躙され社会は崩壊するのは確実だった。視線を移すと地上を走る車や空を飛ぶドローンタクシーがビルや信号などに追突し黒煙をあげている。遠くに逃げ惑う人たちが見えるが今から空間移動をしたとしても間に合わないだろう。冴島はただ立ち尽くして見ていることしかできなかった。
「ゾンビ映画そのままだな」
だが、ここには様子を見にきた訳ではない。
「この魔術...
この魔術を発動した魔術師が魔術陣のそばにいる可能性に賭けるしかなかった。
人間を動く死体に変える魔術「
「
表示されたパネル付近から
「わかりました。調べてみますので少し時間をください」
「了解です。違う場所に移動したいので一旦そちらに戻ります」
冴島の前の空間が揺らぐように動くと中心に歪むように空間が開いた。その中に足を踏み入れると、さっきまでいた自室の中だった。
「
「わかりました。どうしてその場所なのですか?」
冴島は、はにかむような笑みを浮かべる。
「若い時に遊んでいた場所なんです。地理的に詳しいだけで、その場所でなければいけないという訳ではありません」
「わかりました。それでは適当なビルの屋上に転移ポイントを設定しました」
たった今出入りしたドアを開くと青空が見える別空間が広がっていた。足を踏み入れると、そこが南武百貨店の屋上だということがすぐにわかった。
「懐かしいな...」
自衛隊に入隊し、国防軍に転籍した後も日本各地や世界各国を転々としていた冴島は池袋に来るのは30数年ぶりだった。その思い出の場所には動く死体が蠢いていた。百貨店の屋上にもゾンビ達がうろついていた。冴島の存在に気づくとゾンビ達は冴島の方に向かってきた。
冴島は装備の迷彩機能をオフにしていたことを思い出し、フードを被りフード内側に設置されているゴーグルを下ろすと機能を有効にした。
装備の迷彩機能が有効になったことで動かない冴島をゾンビ達は見失った。装備の迷彩機能は光学迷彩だけでなく魔術の探知術も
冴島は右の腰側の
ほとんど抵抗なくゾンビの首は真っ二つになり屋上の地面に重く湿った鈍い音を立てて落ち、転がった。鋭利に研いだ刃の切れ味を確かめるためにコピー紙のような上質の紙を縦に切った時のような感触に近いと冴島は思った。落ちた首は口を開閉し目は辺りを探るように動いているが胴体部分は身じろぎもしなかった。脳を破壊していないので惨跛の魔術陣は脳内で展開されてままである。そのため、首は生きているような動きをするが、首を切られた胴体部分は制御下でなくなったために動かせなくなっている。声帯と肺がないのに頭だけで声を出しているのは魔術陣が音を出しているからだった。ただ単に襲われる側の人間に恐怖を与えるための演出である。
そばにいるもう1体のゾンビのこめかみ近辺を同じように横に払う。硬い頭骨など無いかのように頭の上部が真っ二つに切断された。
「凄まじい切れ味だな。なんでも切れると言っていたが想像以上だ」
ゾンビ達に背を向け背後にある照明の金属でできた基部に短剣を突き立てると、豆腐に包丁を突き立てるように、何の抵抗もなく短剣が根元まで突き刺さった。そのままゆっくりと横にスライドさせると、照明の重みで若干抵抗を感じるがあっさりと金属を切断することができた。照明は重みに耐えきれずに切断部分を中心にひしゃげて広場の方に大きな音を立ててゾンビ達の上に倒れた。
短剣を鞘にしまうと左脇の下のホルスターから右手で拳銃を引き抜き正面にいるゾンビの眉間に狙いをつける。トリガー内部の安全装置のレバーごとトリガーを絞る。サプレッサーをつけた銃よりもさらに小さな”プシュッ”という音がした。火薬を使っていないからだろう、かなり小さい音だった。
ゾンビの眉間に銃弾が命中し
今度はリリースレバー下のセレクターを魔術に変更し一番上の炎のマークのついたボタンをグリップを握った親指で押してみる。そして実体弾の時と同じようにゾンビの頭部に向けてトリガーを引き絞った。発射した直後は同じだったがゾンビの手前で突然炎が矢のような形になって実体化した。ゾンビの頭部はあっという間に燃え上がり短時間で身体全体が炎に包まれた。腐った肉が焼けるような匂いがしてゾンビは動かなくなった。特訓の時に自分が使った炎系の魔術よりは威力はだいぶ低いようだが、それでも人間やゾンビ相手だったら充分な威力だった。同様に水と風と土のボタンを押して銃を発射した。水は高水圧の水がゾンビの頭部を撃ち抜いた。土は尖った岩のようなものが現れゾンビの頭部にめり込み、風はかまいたちのような効果でゾンビの頭部を切り裂いた。
実体弾に魔術を
ゾンビとはいえ人の姿をして動いている相手に対して、冴島は感情を交えずに無表情で装備の確認を淡々と続けた。
「冴島さん、ゾンビの密集度や拡散度合いなどを検討したところ、東京近辺の発生場所が大体わかりました。赤坂です」
「赤坂?」
「はい、
・・・確かに
「ヘリポートか?」
赤坂のビルの上にあるヘリポートといえば、マークヒルズが有名だが先の戦争のテロで爆破され未だ復旧されていないはずだった。ふと毎日病室で見ていたニュース番組が脳裏をよぎった。
「NTBSのヘリポートかもしれない」
ある程度の高さのビルの上のヘリポート。
「なぜNTBSなんだ?」
その答えは
「テレビ局だからでしょう。
「関東の? 日本は他の地域でも
「はい、仁徳天皇陵古墳近辺で発生して、どんどん被害範囲が広がっています」
「なぜ日本は2か所なんだ? それにどうしてそんな場所なんだ?」
「仁徳天皇陵は地下世界と地上世界をつなぐ唯一の出入り口だからです。赤坂は日本の首都で
「ちょっと待ってくれ。君や
「タイミングが違ったのか、それとも
後者だろうと冴島は思った。ある程度の人数に出入り口を見張らせて追手を攻撃しない訳がない。
「実の姉とはいえ追手であれば攻撃しても不思議じゃない。どうしてだ?」
「
「家系的な事と大好きなお姉さんには手を出せないというのが理由か」
・・・であれば仁徳天皇陵が本命だな。だが・・・・
「
「私は冴島さんの判断を尊重します。でも、どうして仁徳天皇陵ではないのですか?」
冴島はすぐに答えられなかったが、どうにか振り絞るようにして声を出した。
「まだ生きているかもしれないから...」
「冴島さん、NTBSのヘリポートだけでなくビル自体に転移ゲートを開くことができませんでした。転移空間の接続を阻害されているようです。ビル入り口手前にゲートを開きましたから、そこからヘリポートに行ってください」
「ありがとう...」
冴島は小銃を右手に持ち転移ゲートの中に入っていった。転移ゲートから出た先は100mほどもありそうな大きなビルだった。見上げるとメッシュ状の丸い張り出しが見えた。
「あそこか...」
「頼む、生きていてくれ」
冴島は小銃を構えると祈るような気持ちで入り口に向かって駆けていった。
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