第5話

「冴島さん、ちょっと待ってください。渡したいものがあるんです」

 加多弥かたみは振り返り歩き出した冴島に声をかけた。

宿禰すくねから冴島さんに装備を渡すように頼まれているんです」

 加多弥かたみが組んでいた指を解き両手を前に出すと両掌を上に向ける。加多弥かたみの周囲にうっすらと黄色を帯びた白い光による記号に似た文字のようなものが浮かび上がった。特訓による怪我を治してもらった時に何度も見ている光景だった。掌の上の空間が歪んだ直後に加多弥の手の上にベルトと2本の短剣が現れる。

「これは龍髭刀りゅうしとうと呼ばれる私の国の王家のものだけが持つことを許された短剣です。物質の分子間結合を切断してどんな物でも切り裂くことができます」

 加多弥かたみに近づくと冴島は龍髭刀りゅうしとうを受け取る。

「通常、魔術師の使う物理防壁は空間変異を利用しているので物理的に切ったり破壊することはできないですけど、阿修羅たち化外剣闘士が帯刀している太刀と同じ魔術を無効にする加工がされているので魔術の物理防壁と魔術防壁を切ることができます」

「分子間結合を切断するというのはどういう原理なんですか?」

 手渡された短剣をまじまじと見つめながら冴島は訪ねた。

「刃の部分が単原子サイズで作られているので分子間結合を切り裂くことができるのです。それだとすぐに刃が損傷してしまって切れなくなるので通常は時間が遅くなる魔術をかけて刃が破損しづらくなるようにしています。でも、これは宿禰すくねが孤軍奮闘するであろう冴島さんのために造ったもので魔法をかけて時間を止めています。ですからどんな使い方をしても切れ味が落ちることも刃が損傷することもありません。時間が止まっている物質は破壊することができませんから」

 30センチ程度の長さで形は日本刀の小刀に似ていたが鞘から引き抜くと刀身の峰にも刃がついている諸刃で反りのある短剣だった。柄や鞘は日本刀に共通点が多い造りだったが、鍔は握る手を守る最低限の大きさで膨らんだ形をしていてその部分だけ日本刀とは異なった造形をしている。柄と鞘には龍が短剣と杖を持っている紋章のようなものが刻印されたメダルが取り付けられていた。

「私の国は龍が国獣なんです。ですから国の紋章も龍をモチーフに意匠を施しています」

ベルトを腰骨近辺の周囲に巻き、ベルトに短剣を取り付ける。ベルトは柔らかい金属でできていてレールのような凹凸が掘られていた。短剣を取り付ける台座に鞘を取り付ける。

「バックル部分のボタンを押すと剣の取り付け位置や向きが変わります。冴島さんが使いやすい位置で使ってください」

 バックルには短剣と同じ紋章が中央に、周囲に複数のボタンが取り付けられている。ボタンの1つを押すと太ももの真横にあった短剣が台座部分で回転し前の方に移動して斜めの位置で固定された。

「この位置が順手、逆手のどちらも抜きやすいかもしれないですね」

右手で左の太ももの付け根近辺に固定されている短剣の柄を掴んで引き抜いてみる。刀身に文字のようなものがうっすらと刻印されていた。

「法力を柄に流すようにしてください。この状態で魔術を切り裂くことができます」

 言われた通りに短剣の柄に法力を弱く流してみると刀身の文字が薄青く光った。

「この状態で魔術を切り裂くことができます。魔術師や化外剣闘士と戦う時に使ってみてください」

「ちなみに聞いておきたいんだが...魔法使いの防壁を切り裂くことはできるのかな?」

 加多弥かたみに尋ねる。

「いえ、この龍髭刀は魔術を利用していますから魔法の防壁には効果はありません。あ、そういう話だと化外剣闘士の太刀は同じ機能を有していますから彼等の太刀でも魔法防壁は切断することもできません」

「わかった、ありがとう」

 加多弥は綿津見に視線を送る。

「綿津見、服もお渡しするように」

「はい、わかりました。冴島さん、新宿に行く前に服を着替えてください」

「ん? 戦闘服か何かかな?」

「はい、光学的な迷彩を施した戦闘服です。それに化外剣闘士が着けている鎧の簡易的な魔術防御機能も搭載しています。ある程度の魔術を防ぐことができます」

「光学的な迷彩服...透明人間みたいになれるのかな?」

「頭部のフードを被って動かなければ完全な透明になれますけど動きが早いとさすがに気づかれますから気をつけてください。それから冴島さんが使い慣れた装備も用意しています」

「使い慣れた?」

「はい、銃器です。宿禰すくね様に用意するように指示されて造りました。こちらに来てください」

 部屋の隅に置かれていた金属製のボックスを覗き込む。中には国防軍が使用している自衛隊時代に採用された20式小銃とSFP9拳銃に似た銃が収められていた。

「これは冴島さんが軍で使っていた銃に似せて造りました。通常の弾丸と言っても火薬ではなく魔力で銃弾を飛ばします。それと魔術を発射することができます」

「魔術も?」

「はい、拳銃、小銃の両方にセレクターがあります。そこで実体弾、魔術、魔術をまとった実体弾の3種類を選択します。魔術は水、火、風、土、光、闇、そらの7属性のうちの、水、火、風、土の4属性の初級魔術を発射できます」

「そうすると魔術を発射する時には使用者の魔力や法力を使うということでいいのかな」

「いえ、銃に魔力発生用の動力炉がついていますから使用者の魔力は使用しません。ですから銃が壊れなければ無限で魔術を発射できます」

「それはすごいな。銃弾は地味に装備を重くするんだよな」

 拳銃を手に取り右手でグリップを握る。親指側のリリースレバーの下にセレクターがついていた。そして同じ側のグリップの縦方向に4つのボタンが配置されている。小銃の方も同じようなセレクターとボタンの配置になっていた。

「でも実体弾は火薬を使わないだけで弾丸は持ち運んでいただく必要はありますからご注意ください」

「それはそうだろうね。ところで...機械で魔術を発生できるんだね」

「はい、龍脈孔チャクラを模倣して作られてます。皆さんの世界ではバッテリーや化石燃料を使ったエンジンが主流だと思いますけれども、私たちの世界では別次元からの無限のエネルギーを使用した動力炉が使われています」

「無公害の無限のエネルギー?」

「はい、その通りです。このような小型の機器から大型の乗り物全てに補給不要で大出力のエネルギーが供給されます」

「一体、どのぐらい私たちと科学技術の差ができてしまっているんだか...」

 冴島の疑問に応えるように加多弥かたみが口を挟む。

「私たちの祖先が地上とたもとをわかったのが1万数千年前と聞いています。地上は天災で文明が崩壊して絶滅寸前までいったらしいですから。差がつくのは当然だと思います」

「そんな前の? 地上の状態を知っていても手を差し伸べなかったのですか?」

「地上と地下で別れた時に盟約を交わしているんです。双方の世界に干渉せず、行き来を禁止するという」

 冴島はその話を聞いて宿禰すくねとの会話を思い出した。・・・たしか、古の盟約で地上にいかれないと言っていたはずだ・・・

「それで貴女たちはこちらの世界に逃げてきた犯罪者を追いかけて手を出すことができないんですか?」

「はい、その通りです。それで冴島さんと湊さんにとんでもないお願いをしているのです」

 加多弥かたみからも聞くことで冴島は宿禰すくねが言っていたことが嘘ではないことを確認することができた。


 銃器の入っていたボックスの中に光学迷彩機能が施された戦闘服も入っていた。小銃、拳銃、弾丸、弾倉、タクティカルハーネス、弾倉ポーチそして戦闘服も取り出す。

「それでは今度こそ行ってきましょう」

 短期間である程度使えるようになった魔術や魔法だけでなく見慣れた武器を手にしたことで冴島は少し気が楽になっていた。


 通路横の自室で戦闘服に着替えた。銃器や弾倉ポーチを取り付けるタクティカルハーネスまでも光学迷彩機能がついていた。

「これが現役の時にあったらよかったのにな」

 装備を装着しながら無意識に独り言を言ってしまう。

「この光学迷彩もさっきのエネルギーを使っているのかな?」

「はい、ですから機能を常にオンにした状態で使ってください」

「それは助かる」

 戦闘服の上にタクティカルハーネスを着けてから弾倉ポーチを取り付ける。ポーチに実弾が装填された小銃用の弾倉を差し込むと脱落防止用のゴム紐で固定していく。拳銃用の小型の弾倉もポーチの中に収める。

「これが予備の実弾と弾倉です。亜空間収納でお持ちください。1万発ずつ用意してあります」

 いつの間に用意したのか、綿津見わだつみは冴島の自室の隅にある大きなボックスを指し示した。

宿禰すくね様から言伝です。本来であれば魔術と魔法と龍髭刀りゅうしとうでなんとなる筈だが、魔術と魔法に慣れるまでの間は使い慣れた銃も使ってくれ、とのことです」

「簡単に言う奴だな...」

 苦笑いしながら眉間の龍脈孔チャクラに意識を集中する。眉間の奥に熱のようなエネルギーを感じた。亜空間収納魔法の詠唱文を思い浮かべながら眉間部分で変換した法力を糸をこよるようなイメージで練り上げていき、練り上げた法力の糸で詠唱文を空間に書くようにイメージする。

・・・だいぶ短時間でスムーズにできるようになってきたな・・・

 冴島の周囲に詠唱文がほのかな黄色を帯びた白い光で描かれていく。加多弥かたみに言われたことを思い出す。

「詠唱文を唱えたり、術式を展開して魔術陣や魔法陣を作っていたら術の発動に時間がかかって先手を取られたりします。詠唱しなくても魔術、魔法の両方を使えるようになってください」

・・・優しそうでいてスパルタな先生だったな。それにしても面白い姉弟だ・・・


 術が発動すると銃弾と弾倉が入っていたボックスが亜空間に吸い込まれていった。

「さてと...それじゃあ新宿に行ってこよう」

 空間接続された自動ドアを開き、阿鼻叫喚の現場に冴島は足を踏み入れた。

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