第6話 ばれてる

「原田ここあってどの子」

 教室の後ろの方から、ここあは自分の名前を呼ぶ声を聞いた。振り返ると入り口のところに、背の高い男子がいた。向こうはこっちのことを知らないようだが、ここあはその男子を知っている。大樹、鳴海大樹なるみだいきだ。確か特進クラスでも頭抜けた成績、剣道部主将でインターハイでも入賞している、そこそこの有名人で学校内でもファンは多い。


「君が、原田さん、ちょっといいかな」

 周囲の反応でここあに見当をつけたのか、亜子の目の前までやってくると、気さくに話しかけた。ここあがきょとんとしていると、鳴海はさらに顔を寄せ、サトシのことと耳打ちをした。


 みんなも何事と思ったのだろう。教室のあちこちで「キャー」という声が上がったが、鳴海は一向に気にもしないようだ。放課後ちょっと付き合ってと言うと、じゃ後でと付け足し、教室から出て行った。


 当然のことここあはクラスの女子に取り囲まれた。どういうこと、告白されたの。説明しろ。みんな好き勝手なことを言う。まあ逆の立場なら自分もそうだろうなあとここあは思いながら、同時にサトシさんのことを考えていた。それからの午後の授業は、何をやっていたか全く覚えていない。


 鳴海とサトシさんはどういう関係なのか。サトシさんのことを知っているということは、私のやっていることも、彼に知られているということなのか、そう思うと急に震えがきた。同じ学校の人間に知られている、それがどんな結果を招くか。


 退学、まず頭に浮かんだのはその二文字だ、ここまで頑張ってやってきたのに。大丈夫、あと一か月だ、しらを切りとおせば学校も見逃すだろう。でも同級生には、男子生徒はきっと、考えたくもなかった。裏をやったことをここあは初めて後悔した。


 どうしようか、逃げようか、でもクラス中が知っている、きっと無理やりでも鳴海のもとに送り届けてくれるだろう。


 放課後、鳴海はご丁寧にも教室まで迎えに来た。

 駅前のファミリーレストランでいいかな、鳴海は言ったが、いいも悪いもここあにはなかった。黙ってうなづくしかなかった。


 ほんの十分ほどの距離だけれど、何となく重い沈黙がある。二人とも何も話さないままで歩いた。ここあと違い、鳴海は何も考えていないように見える。多分後ろをつけてきているであろう同級生たちに、話を聞かれたくないのかもしれないもないのだろう。


「忘れてた、俺、鳴海大、自己紹介してなかったね、三Aの」

 奥の席に座ると、鳴海は耳障りのいい声で言った。さっきは気が付かなかったが、剣道部という先入観からは、ずいぶんギャップのある甘い声。


「知ってます、鳴海君有名だから」

 やだな声が震えている、私ってそんなに弱かった、頭の中でここあは思う。

「ほんと、嬉しいな、原田さんみたいに可愛い子に知られているなんて」

 何の照れもてらいもなく鳴海はいう。あれ、この感じどこかで。


「サトシは俺のじいちゃんなんだ」

 ここあは思わず声を上げそうになった。そういえばサトシさんの苗字は鳴海だ、一度聞いたことがあった。そんなことを考えもしなかった自分を馬鹿だと思った。じゃあサトシさんはすぐそばにいたってことなのか。


「えーっと、今から話すことは、多分君にとってショックなことだ。落ち着いて聞いてくれな」

 鳴海は自分を落ち着かせるためか、大きく息を吸った。心持ち緊張しているようなその顔を見ると、ここあには嫌な予感しかしない。


「じいちゃん、一か月前に死んだ」

 ここあは何を言われたか、とっさには理解ができなかった。理解ができた瞬間に涙があふれ出た。嘘だ、なんで、元気だったじゃないか。サトシさんから来たメールや、ボイスメールの声が次から次へと頭の中で再生される。もう無理だった、ここあは肩を震わせて嗚咽を始めた。

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