14/25〜16/25
あれは14歳の夏だっただろうか。僕は中学生で、亜貴ちゃんは高校生だった。
「ハル、もう一戦! 次こそアイスクライマーで勝つ!!」
「次で決着ね。ネス使っていい?」
その頃の僕らの娯楽は外で遊ぶことよりもエアコンの効いた部屋でやるスマブラで、実力差は拮抗している。
10年間育てた初恋を、未だ放流できずにいた。ただ肩書きが変わっただけの関係値に妙に固執していたのは僕で、爆発しそうな思春期の情動を制御するには時間をかけすぎた。そして、何より焦りを感じていた。
「わかった、じゃあ次の試合で決着つけよう。その代わり、一個お願いあるんだけどいい?」
「ハルがあたしに? 珍しいじゃん。どした?」
「そろそろ告白OKしてくれない?」
彼女の肩が震える。僕の二の腕を無言で軽く殴ると、コントローラーを強く握った。
「真剣勝負ね。お互い手を抜かない!」
集中して、圧勝した。「アイテム運だって!!」という抗弁を無視し、僕は視線をテレビから亜貴ちゃんの顔へ移す。
家族は皆外出していて、今この場にいるのは僕たち2人と飼っているハムスターくらいだ。僕の熱を察してか、小さなジャンガリアンは回し車をひたすら回転させている。ホイールが空回りする音と、エアコンの微かな駆動音。僕はコントローラーを手から離すと、喉の渇きを誤魔化すために麦茶を一口飲んだ。
「さすがに3回目にもなったら、ちゃんと答えは聞かせてほしいんだよね」
「3回も告白されたっけ。懲りないねぇ……」
「割とお互い様じゃない? 助かるけど」
既に彼女の背は抜いていた。お互いに小柄な方だが、改めて見ると彼女の身体は随分と小さい。それでも、一度立ち上がれば彼女は僕を見下ろせる。当時の僕たちの関係性も、丁度そんな感じだ。
「あなたのことが好きです。これまでも、多分これからも。だから、付き合ってください」
「……これさぁ、関係の呼び方が変わっただけじゃない? OKしても、断っても、2週間くらい経ったらまた一緒に遊んでるんだし」
「じゃあ断る理由なくない?」
「……それもそうか。わかったよ。じゃあ、それで。どうせ、やる事は何も変わらないでしょ?」
受け入れられた実感は後からやってくる。意を決した告白そのものに対する回答は煙に巻き、彼女は僕の提案になし崩し的に従った。今の関係性に別の名前が加わっただけの、そんな進歩。その小さな変化が、僕にはひどく大きな物に思えたのだ。
「守る」や「幸せにする」なんて殊勝な言葉は嘘になってしまうから言えなかったし、言っても気持ち悪がられるだけだろう。ただ一緒に遊ぶ日常が続いていくだけで、そのうち何かの変化を起こしていけばいい。今の僕の臆病さならそんなことを言えていたかもしれないが、当時の僕はそう思わなかった。
恋人という言葉の持つ特権的な意識に囚われて、変化を求めてしまった。
愛されたかった。
自分が向けている想いに釣り合うほどの愛を返してほしかった。それは僕にとっては言葉で、行動で、自らの欲望を赦されることだった。
それから1年経って、僕たちの関係性は何も変わらなかった。当時の僕がそれを良しとしているわけがなく、何度もアプローチを繰り返し、その度に往なされ続ける日々だ。相手から「好き」という言葉を引き出そうとしては「嫌いではない」と返され、外堀を埋めようとしては逃げられる。
今思えばそれは戯れあいだったのかもしれないが、15歳の僕は真剣に彼女からのアプローチを求めていた。スキンシップは取るし、物理的な距離では隣にいる。それでも、心の距離は縮んでいない気がしたのだ。
季節が巡れば春が来て、僕は地元から離れることになった。週に一回は実家に帰ってくるが、今までのように頻繁に遊ぶ事はできない。それまでに進展をしたかった。今のままでは、ただ付き合っているだけの関係だ。その先に行きたい。急いた気持ちが、心を突き動かした。
「あのさ、そろそろキスとかしたくて……」
「えっ、今?」
切り出し方も下手で、風情も何もない。にべもなく断る亜貴ちゃんを10分ほど真剣に説得し、自分でも滑稽だな、などと思いつつ言葉を弄する。ダサさよりも欲が勝った。
「……んー、ちょい待ち」
突如、視界が暗闇に包まれる。顔に当たる弾力からそれが彼女の左手だと気付いた瞬間、僕の頬に熱が宿った。柔らかく、湿度を伴って体温を直に感じる。後に残った吐息が耳に届き、心臓が跳ねた。
「……そこは唇じゃない?」
「とりあえず、今はこれで我慢して」
今でも詳細に思い出せるほどには記憶に焼き付いて離れないのだろう。視界を奪われ、一瞬のうちに頬にキスをされる。主導権を相手に委ねる感覚が妙に癖になった。
目隠しを外された瞬間、彼女は目を伏せ、それきり静かになる。
「……なんで?」
「これ以上は責任取れない」
彼女の言う責任が何を指すのか、今なら何となく理解できる気がする。あの頃の僕たちは大人と子どもの狭間にあって、2歳の差はまだ大きかった。亜貴ちゃんが抱いている18歳の価値観で出来る精一杯だったのかもしれない。
これは彼女なりにリードをしようと行ったもので、同時に“それ以上”を求める僕への牽制だった。
その後も『責任』という言葉が脳に焼き付いて離れなかった。時折僕の頭を撫でるような仕草も、僕の重すぎる愛を
今までやってきたことが自分を蝕み、僕はそこから逃避するかのように選択肢を誤った。
直接的に愛を告げる人を選んでしまった。
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