志路見駅

 長章駅を通り過ぎると直ぐ列車は減速し始め、やっと目的地である志路見駅へと到着する。一日散歩きっぷ購入の為の乗り換え時間待ち含めるとアレだが、本来は普通列車でも2時間切る程度の距離だ。毎日通勤の片道でその程度の時間をかけている人も多いだろう。だがワープアな自分にとっては本来片道2000円以上かかるこの距離は立派な「小旅行」である。

 車内アナウンスが流れ僕はスマホを仕舞い、ペットボトルをリュックのポケットに入れ、肩にかける仕草をする。

 ガタガタと揺れながらほどなく列車は志路見駅に到着し、僕を含め数人の客が降りる。そこまで大荷物の客はいなさそうだが、まぁ僕もリュックには菓子やパン類、汗拭き用のタオル、もしもの時の着替え程度しか入っていない。

 ホームに降り立つと、茹だる様な熱気が肌を焼き焦がす。僕は帽子を改めて目深く被り、リュックを背負い直して路線橋へと向かう。


 この無人駅のホームはとりたてて特筆すべきものはないと言いたいのだが、実は全国的にも特殊なものがある。

 海沿いの駅舎側の普通のIC改札機の他に、山側の住宅地方面ホームにも無人改札機がある。直接住宅地方面からホームに来れるのは便利だが、それは何故か待合室内に設置され、両サイドをベンチで挟んでいるのだ。

 改札機の先は壁で勿論通り抜ける事は出来ない。その奇異な光景は幾つかのTV番組でも話題になったそうだ。

 僕も存在は知っていたが、実は来るまでこの駅にある改札機だとは思っていなかった。物珍しさからカメラを向けようとしたが、朝早いのに既にベンチに数人が座っており諦めた。まぁ時間制限がある旅ではないので人が途切れるまで待っていたらよかったのだが。


 ……

 

 最終便の車内で寝入ってしまった僕は何故かこの駅で降りてしまい、暗い志路見の街を見て途方に暮れる……

 誰も居ないホーム、少し遊び心が働いて壁に向かう無人改札駅にIC切符を翳し、間を通り抜ける……

 ぶつかって御仕舞、と思った身体が何と壁を通り抜け、見知らぬホームへと辿り着いた!

 戸惑う目の前にいやにレトロな列車が到着する……窓からE市の駅で隣に座ってきた女性が微笑みながら此方を見ている……

 誘われる様に乗り込むと人嫌いの僕が自然にその女性の隣に座り、肩に凭れ掛かる彼女の甘いミルクの様な芳香に終ぞ微睡む……


 その女性(ひと)は

 

 まだ、こちらに来てはいけません……でも、また貴方に会えて嬉しかった……


 と優しく諭す様に僕の耳元で囁き……


 ……


 気が付くと、僕は改札機横のベンチで寝入ってた処を駅員に起こされた……


 ……


 というありふれた妄想に浸れるほどだ……とりあえず撮影は後回しにし、小さな駅舎の改札を通り外に出た。

 駅前には様々な色彩の紫陽花が咲き誇り、猫の灯退避度狭い駅前を彩る。


 ホームからも見えてはいたが、目の前には見渡す限りの海。

 ようやくたどり着いた。

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