長章の滝
急に視界が一面の青色に染まる……と嘘をつくつもりはない。山の谷間から、もしくは長いトンネルから一気に海岸に行く、とかでもない限り狭い日本そんな急に視界が海一色になる事は少ない筈だ。
実際市街地の密度が段々と薄れていき、隙間にちらちらと見え始めるみたいな感じで、そこまで感動的ではない……。
それでも、それでもだ。
やはり内陸に住んでいる者にとっては、海という物は思い悩む心を一瞬で、一瞬だけ忘れさせてくれる、そういう不思議な力を持っているものだ。
S市最後の駅を過ぎO市との市境を越えると海までは直線距離で2kmほど、次のO市最初の駅までは3kmほどのごく海岸に近い所だ。
この辺りはO市最大の海水浴場もあり、ゴルフ場もある。S市やO市の市内に住むよりも夏場は楽しめるのかもしれない。この辺りにある学校の生徒もプールに行くより海岸に遊びに行っちゃうのかもな。
羨ましい……とは思うが、此処まで近いと浜風で車等塩害は大変そうだし(都会に近いのでそこまで自家用車は必要じゃなさそうだが)、冬場も寒そうだ。海辺の生活は想像しか出来ないがどこも住めば都な反面苦労もあるのだろうな。
列車は左に緩やかにカーブし、いよいよO市最初の駅から目的地、志路見駅までの10分にも満たない区間だが海沿いを走る事になる(正確には志路見駅を越えてから次の駅までの3分ほども海沿いだが)。
……海は進行方向右側なのに、こういう時に限って左側に座ってしまっている……乗り換えの時に特に考えていなかったせいもあるが……いや、一応左側に座った理由はある。
長章の滝……かつてO市最初の駅から志路見駅の間にあった旧長章駅の、すぐ裏にある落差50mほどの滝……観光地ですらない地味な滝だが滝好きとしては見ておきたい。
とはいえ調べた所落差こそあれど、幅は1mほどしか無さげだ。滝口も何らかの川や湖ではなく岩の割れ目から湧き出ているように見える。
この様な地味な滝なのだが何故か写真は多く……というのもかつて存在していた旧長章駅、これが割と有名な秘境駅だったらしく……。
近くに海水浴場があり夏場は臨時列車が走る程の盛況ぶりだったらしいが、恐ろしい事にこの駅自体はほぼ列車でしか来る事が出来ない。無論前方は海なので船でも来れるが。
長章市内……正確にはO市長章はこの滝及び駅の2キロ程手前にあり、そちらには海岸にランドマークたり得る大きな岩があり、そちらにも海水浴場はある。だが長浜駅は何故かそこから2kmも離れた断崖絶壁の滝の目の前に作られているのだ。不思議だったが調べると市内の者の利用や海水浴場の為に作られた駅じゃなく、元々は採石場がありその積み出しの為の駅であり、それが廃止→駅前にある砂利の海岸が海水浴場に→夏場だけの海水浴場用の駅となったらしい。
路線橋すらない駅で海水浴場に行くには線路を直接横断するしかなく、事故多発した為ほんの20年ほど前に廃止されたらしい。
その様に解説をする暇もなく、車窓から滝が見える所に来た……顔を近付け、じいと見る……
正直に言うと、本当に目を凝らさないと見えないほどの細く弱弱しい滝だった。夏場の渇水期でただでさえ細い滝が更に細く見えた。迫力不足で、これなら最初から向かって右に座り長章のランドマークの岩を見る方が良かったかもしれない。
とはいえ滝は滝だ。ちゃんと整備して駅も危険なくし、観光地化すればそこそこ人は来る気もするが……まぁ色々と、難しいんだろうな。
長章駅が存在した時に来れていたら、海水浴を楽しみつつ滝も見られるという珍しい立地だったと思うが……。
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