旅路 その1

 まだ時間的には30分前後の余裕があるので、外よりはまだ涼しい駅舎内でスマホを開きお気に入りの小説投稿サイトに目を通す。趣味で投稿している小説にいいねや星が付いていて嬉しくなる。我ながら単純な性格だ。

 通勤通学時間には早過ぎる時間(そもそも土曜日だ)、それでも駅舎内に数人の客がやってくる。僕と同じ様に観光、もしくは遅れた盆帰省でもするのだろうか?

 僕の街の駅舎は無人駅で、更に改札口に簡易自動改札機すらない。不正やりたい放題なのだが小心者の僕は無論車掌に正規の運賃をちゃんと払うつもりだ。


 そうこうしているうちに定刻5分ほど前になり、列車が事前駅を出発した旨アナウンスが聞こえる。ここが僕の席を立つタイミングだ。

 出発前の最後の関門……というのは大袈裟だが、レールを利用して作られた急階段の路線橋が立ちはだかる。相対式ホーム2面2線というのか? 僅かな距離なのだが肥満のうえ足腰に爆弾を抱える僕には意外な強敵である。

 焦らず一歩一歩踏みしめ登るが、僕よりずっと年上に見える夫婦が涼しい顔をして登ったり、今日は居なかったが学生が走って登るのを見ると健康って大事だな、とつくづく思う。


 志路見駅へ向かう登りのホームは既にジリジリと暑く、出来ればベンチに座りたい所だったが既に先客がいた。仕方なくホームの日除けの柱にもたれ電車を待つ。

 間もなく列車が到着します、ご注意下さいのアナウンスと共に、カンカンと甲高い警報機の音が鳴り響く。ボリュームを下げてくれと思いつつ三両編成の鈍行列車へと乗り込んだ。

 流石にこの時間、乗り込んですぐ空いた座席がある。窓際に座り背負っていたリュックサックを下ろし、ペットボトルの水を取り出す。

 この列車は志路見駅より先のO市が終点だ。そのまま乗っていたいが一日散歩きっぷを買う為の乗換駅までなので30分も乗らない。また小説サイトを見てもいいが……その日は外の景色を見る事にした。

 

 列車がゆっくりと動き出す。我が町はJRと並行して走る国道沿いの幅2kmにも満たない部分にしか店らしきものもなく、風景は直ぐに水田一色となる。

 500mにも満たない低山と川に挟まれた我が町周辺の平野はそれなりに有名なコメどころで、線路脇から山裾までずっと田んぼ、という処が殆どである。

 真夏の澄み切った青空と、深緑の山を挟んで風にそよぐ青々とした稲……見慣れた風景だが列車の心地よい振動と車内の冷房と窓の暑さが僕を眠りに誘う……と思った矢先に列車は減速し、我が町の隣駅へと到着する。

 この駅自体は降りた事はないが、確か昔はこの駅発の炭鉱鉄道が山まで走り、その当時のレールが構内に残っている筈だ……薄汚れた窓に顔を近付け、或る場所を確認してみる……


 ホームの一番端、特急の通過待ちをする為に列車が入る線路の更に奥、薮に隠れて見え辛いが確かに赤錆びたレールが確認出来た。


 我が町以上に過疎化が激しい隣町の端の駅、見るべき所は少ないのだが、この様な炭鉱遺産が現役の駅構内に存在しているのを少し羨ましく思う。

 我が町も炭鉱で栄えた町で、駅から山へと向かうレールが数10年前まで残っていたのだが……気付かぬうちに撤去されていた。

 山の方には炭鉱時代の鉄橋とか幾つか残ってはいるのだが、我が町はそれほど炭鉱遺産という物の保全に積極的ではないらしく……。

 少し鉄橋の周りの樹木を伐採し、その上に当時のSLでも動態保存していれば少しは観光客を呼び込めるのになと思うが、僕もここ数年前になって写真趣味に目覚めたので偉そうに講釈は出来ない。

 それでも我が町の鉄橋が崩れ落ちる前に、町のホームページの意見欄に投稿でもしてみようか、と思う。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る