2話
私は生まれながらにして人と違っていた。私は人並みに何かをしたことがない。いや、人並みにしようとしても出来ない。人並みにしたくとも私の体はそれを許容できない。皆んなが笑顔で校庭を駆け回る中私は病院のベッドの上で窓ガラス越しにじっと人を見ていた。行き交う人の中に子供を見つけてはその境遇を羨んだ。その頃は生きる希望や将来への期待や夢は持ち得なかった。投薬の末に私は外に出ることを許された。およそ三年間の休学を経て私はようやく外に出られた。だが時の流れは残酷だった。三年前に同級生だったはずのみんなは同じ教室には居なくて、知らない顔が私を見上げていた。
同い年の皆んなが徐々に就職活動を始める中私は遅れて大学生活を開始していた。入院していた小学生の当時はかなり精神的にダメージを受けていたがそれも時間が少しずつ解決してくれる。病気は改善されても体が弱いのは変わらず走ったり運動したりは出来ないままでそれにもいつしか諦めがついていた。私も何か人並みにできることがあるのかもしれないと色々なバイトをしてみたがもって数週間、早ければ三日で辞めてしまった。根気が足らないのかもしれない。体がこんなだから、心の方まで弱くなっているのかもしれない。そうやって逃避するしかなかった。試行錯誤を初めて一年が経過した。以前私は変わらない。時を重ねて、歳をとっても。大学では数えるほどだが、話ができる友達をつくれた。これだけでも以前に比べれば大きな一歩だと肯定的に受け取ることはできる。友達に相談して私は大学近くのカフェで働くことになった。そのカフェは個人経営で駅周辺ということもあって賑わっていた。
面接当日の朝、また辞めてしまうかもしれないとネガティブになる心を制して面接の場所であるカフェへ向かう。
店の前に立ち一呼吸を置いてドアに指をかけた。
「いらっしゃいませ。何名さまですか?」
落ち着きの中に品のある立ち振る舞いの女性の店員が迎え入れてくれる。
「えっと、バイトの面接で来ました」
「かしこまりました。それではご案内しますね」
そう言ってスタッフルームへ案内してくれた。
「店長、面接の子来てくれましたよ」
「うん。ありがとう」
案内をしてくれた女性は軽く会釈をしてホールへと戻っていった。
「どうぞ、入って」
「失礼します」
四角い机と、上座には店長と呼ばれていた女性が座っている。ショートカットで耳にかかるくらいの長さ、茶髪でそこから覗く耳には銀のシンプルなピアスが印象的だ。顔立ちは凛々しく見る人からは男性と勘違いする人もいるかもしれない。落ち着きのある低めの声でいかにもと言った感じだ。
「そう、緊張しなくてもいいからね。楽にいこう、楽にさ」
「はい、」
私の反応を見るや微笑みを浮かべ優しく声をかけてくれる。この体だからこそそう言った優しさの類いはたくさんの人からかけられることはあるだがそれには裏があるのではと勘ぐりを入れてしまう。だが、この人にはその裏がなく純粋な言葉だけが頭に入ってくる。そんな印象を受けた。
「じゃあ、面接を始めます。私は店長の浅見円華です。日向かなでさん。単刀直入に聞くね、どうしてうちを選んでくれたの」
考えてきた内容を反芻し慎重に言葉を絞り出す。
「最初は友達の紹介からでした。そこから実際に来店してコーヒーをいただいて、お店の雰囲気もコーヒーの味もすごく素敵で私、私もあんなふうにさっきの女性みたいになれたらなと思って選びました」
「ふふっ、面白いね。あんなふうにね。うん、正直な気持ちをありがとう。コーヒーも飲んでくれたんだ」
「はい、酸味と苦味のバランスが上手くとれていて後味もすっきりとしてとても美味しかったです」
「そこまでちゃんと感想言ってくれたの初めてだよ。好きなの?コーヒー」
正直に言えばコーヒーは好きでもなければ嫌いでもない。ただ、コーヒーを飲んだ時にいつもより少し少しだけ心が落ち着いて、いつもより少しだけ考えの整理ができる。ただそれだけなのだ、だから好きかと言われると返答に困る。
「コーヒーは考え事とか、そういうことがある時によく飲むんです」
「そっか、週いくつ希望とかある?」
「週3日で働かせていただきたいです」
「うん、なるほど。それだけ入ってくれるとうちも助かるよ。でも、ほどほどにね」
「はい、え?」
「ん?なんか変なこと言ったかな?私」
「ほどほど、っていうのは」
「履歴書見ればわかるよ、それにね本人見ればそういうの、ちょっとは分かるんだよ」
不意にかけられた優しい言葉は心にじんわりと温かい思いを与えてくれる。初めてこんな言葉をかけられた。別にそれを指摘されて、特別扱いをしてほしいわけじゃない。だけど、この言葉は今の私にはとても、とても嬉しかった。
「よし。今日は来てくれてありがとうございました。シフトの都合は私のラインとか電話とかで教えて。来週までにくれると嬉しいかな」
「わかりました!今日はありがとうございました!」
「うん。気をつけて帰るんだよ」
その日の帰り道はは少しだけ心が軽く足取りも軽やかに夕暮れが私の背中を押してくれるのを感じていた。
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