第362話 【橋本正樹】新ダンジョン出現フラグ【その5】

SIDE:橋本正樹(冒険者協会会長)


 諸君、あけましておめでとう。

 謹んで新春をお祝い申し上げる。

 二代目冒険者協会会長、橋本正樹だ。

 まあ、そう名乗れるのもあと3か月ほど。

 その後は新たな役職に就くわけだが、その名乗りはそうなってからと言うことで……。


「ほぼ全ての支部で減ったダンジョンと増えたダンジョンの数は一致しています。県境で隣県へ移動したと考えられるダンジョンを覗けば、山梨支部以外はプラスマイナスは0。本日の新ダンジョンの捜索は打ち切りとなっております」


 1月1日、午後5時。

 外はすでに日が落ちており、すっかり暗くなっている。

 現在は本部の会長室で新ダンジョン捜索初日の結果報告を受けている。

 消えるダンジョンと現れるダンジョンの数はその国単位で一致するらしい。

 県境を跨ぐことはあっても国境を跨ぐことはない。

 もちろん見つけられなかったり、隠されたりする場合もあるが、世界中の学者たちによればダンジョンの数は例のアメリカの件で消えたモノを除けば10年前から一定なのだとか。

 4年前……、前回日本において、『ダンジョンゲート』は7日の時点でその増減の数が一致している。

 今回は初日でその数があと一つと言うところまで来ていると言う訳だ。

 まあ毎回消えるダンジョンの数が少なくなっているので当然ではある。

 元より今回は3日で全ての新ダンジョンのゲートが出揃う予定ではあったのだが……。


「よりによって山梨側か……」


「はい。静岡側の山道で新たな『ダンジョンゲート』が見つかっているので、残る一つは樹海の中だろうというのがの意見です」


 、日本のダンジョン学会の有識者たちのことだ。

 彼らが言うには今回のダンジョンの出現場所はより人が多い場所に集中するとのことだったが、それはほぼ的中と言っていいだろう。

 なにせ1日でほぼ全てのダンジョンが見つかっているのだ。

 また、『ダンジョンゲート』同士は一定距離離れて現れるというのも通説である。

 これによりある程度は出現するポイントも絞れる。

 それにしても青木ヶ原、富士の樹海か……。

 あんな場所でも人の出入りはあるのだろうか? 


「樹海となると、職員や冒険者では無理だな。自衛隊に協力要請を出しておこう。先生方の意見をまとめた資料の作成を頼む」


 自衛隊に頼むなら私からではなく、お偉方に任せた方が良い。

 しかしそのお偉方に説明する方が返って時間が掛かる気もする。

 だが手は抜くことは出来ない。

 一つでも『ダンジョンゲート』を見逃せば、それは犯罪者や別の国の工作員に取られたのだと騒ぐ輩がいるからだ。

 お偉方からそういった勢力に情報が漏れないように釘を刺すのも忘れないでおこう。


「はい。では次に今回多発した外国人による新ダンジョン侵入についてです。実際に通報があったのが10件、その内犯人を捕まえられたのが3件となっております。それ以外にもSNSを通じての目撃情報が多数投稿されています。そちらは精査中ですね」


 見つけて動画まで撮っているのに通報しない奴らはなんなのだ。

 現代社会の闇だな。

 まあ『ダンジョンゲート』自体を押さえられたと言う訳ではないので良しとしておくか。

 問題はそれよりも……。


「犯人を捕まえたのはと……。何!?またコイツか?聞いていないぞ?」


 いや、今報告を受けているんだったか……。

 問題じゃないところで問題を見つけてしまった。

 春日野春樹……。

 美雪君がクリスマスに休みが欲しいと言ってきたので何事かと思って問いただしたらなんとコイツに会いに行くと言うではないか。

 私とのディナーの約束(仕事での会食)があったのにも関わらずだ。

 あの時は目の前が真っ白になったのを覚えている。

 巷で言う脳を破壊されると言うやつだ。

 その時はなんとか阻止したのだが、美雪君はダンジョンが閉鎖されて休暇に入った後に治療目的で千葉支部に出向いている。

 しかもその治療、春日野春樹の記憶喪失を戻す治療だったらしいのだが、ヤツは治療を受ける前に記憶が戻っていたと石川が報告を上げている。

 石川の報告書によれば、記憶喪失自体は本当のことらしい。

 愛君がまだ千葉支部にいた頃に記憶喪失になったらしいが、その時は【気配遮断】や【気配察知】、その他諸々のスキルを使えなくなっていたのだとか。

 しかし久しぶりに再会してダンジョンに入ってみるとそれらは元通り。

 完璧な【気配遮断】を使っていたので、間違いなくその時点では記憶は戻っていたとのことだ。

 ならば記憶が戻っていたのに、美雪君と愛君を呼び出したことになる。

 一体何のために?

 しかも石川と阿久津は治療の際には二人の元を離れていたと言う。

 何の為の護衛だ!

 千葉の支部長と渡辺霞がいた?

 そいつ等は春日野春樹の仲間だろう!!


「捕まえた犯人の方にも問題が……。3ヶ所で捕まえた者達は国籍は全て一緒でした。向こうの協会に顔写真を送って確認したところ、各地で捕まった犯人の中にトリプルランクが一人ずついることが判明。しかもそのトリプルランクですが二人は同じパーティーに所属し、特に水木氏の自宅に現れたトリプルランクの男は向こうでは有数の冒険者だそうです」


 おっと、思考が逸れている間にも報告が続いていたようだ。

 問題はそれだ。

 恋君と春日野春樹が現れた場所の他にもう1ヶ所で侵入者を捕まえたダンジョンがあるのだが、そこでは職員がダンジョンでは抑えきれず手傷を負わされている。

 ダンジョンから出て、ゲートから十分に離れた時点で警察が押えたので問題にはならなかったが、犯人が高ランクの冒険者であることは予想出来ていた。

 しかし3ヶ所全てでトリプルランク、しかも国籍が一緒とは……。

 ダンジョンから出てきた犯人達は大量の麻薬と武器を所持していた。

 ピンポイントで新ダンジョンが出た場所に現れたとなると、こちら以上の精度で出現予測をしていたことになる。

 組織立って動いていると言うことだろう。

 出てきた国の名前も不穏なモノだ。

 情報を出してきた向こうの協会はともかく、その国も絡んでると見るべきか?


「それでは春日野達はその有数のトリプルランクをダンジョンの中で捕まえたことになるな。どう思う?」


 有数と言うことはこちらで言うトップ層の冒険者。

 ダブルランクが3人掛かりでも40階層目前のトリプルランク1人には手も足もでないはずだ。

 だとしたら3人とも上位ジョブ持ちと考えるべきか?


「相川夏希、春日野春樹、夏目総司。いずれもダブルランクで登録されています。ダブルランクだとしても昇格の速度は異常ですね。パワーレベリングにキャリーがあったと考えるべきでしょう。なら30階層にもキャリーされたと考えるべきでしょうか?渡辺霞の例もあります。同様にトリプルランクへの昇格報告をしていない……。千葉支部ですし、それもあり得るかと」


 ランク自体は金さえ払えば上げてくれる者たちがいる。

 よくある話だ。

 しかしそれを報告しない意味が分からない。

 金持ちは自慢する為にランクを上げるのだ。

 18でトリプルランクならば日本ではさぞ持て囃されることだろう。

 いや、トリプルランク昇格には危険が伴う。

 未成年に危険なことをさせたと言う批判を避けるためか?

 しかしそれは渡辺霞には当てはまらない。

 何故隠す?

 何を隠している?

 レベル上げ、ランク上げの方法か?

 やはり自衛隊か?

 ん?この相川夏希は相川元一郎の娘か?

 トップ層の冒険者か……。

 娘のレベル上げをしたか?

 しかし今回怪我をしたのしたのはこの娘だけだと言う。

 女子を前に立たせて自分は後ろから見ていたのか?

 春日野春樹、何というド外道だ。

 しかも捕まえた犯人達の手足を全て折っていたらしい。

 残虐性も持ち合わせているようだ。

 危険すぎる。

 私が直接会って見るか?

 美雪君……、何もされてなければいいが……。


「その犯人達の残りのパーティーメンバーの顔写真を取り寄せろ。2人いたなら残り奴も来ているはずだ。もちろん、もう1人の奴のパーティーもだぞ。警察にも情報を共有しておくのを忘れるな。それと春日野達の事情聴取は本部で行わせる。私も立ち会うぞ」


「それが千葉の支部長が聴取は千葉支部で行わせると……。本人たちは受験生なのであまり遠出はさせたくないとのことです」


 くっ、先手を打たれていたか。

 やはり千葉の支部長もグルか。

 おのれ、丸太助!

 しかしこの忙しい時期に私は千葉には行けないだろう。


「誰か人をやって立ち会わせろ」


 千葉からの報告書は改ざんされている可能性がある。


「はい。それと水木氏のことですが……」


 あー、一番の問題が残っていた。

 こっちに気を取られていて、春日野のことを見落としていたのだ。


「差し当たっては何もしなくていい。『ダンジョンゲート』警備は警察に任せておけばいい。情報の共有だけは忘れないように。交渉は政府から人を出してもらう」


 面倒なので丸投げする。

 警備に関してもうちの職員はダンジョンの外だと役に立たないので警察に任せる。

 入口を固めているダンジョンに態々入る奴はいないだろうしな。

 袋の鼠になるだけだ。

 疲れた。

 癒されたい。

 そうだ、美雪君を食事に誘おうか。

 もう私には時間が残されていない。

 早めにアプローチを……。





 ……断られた。

 オノレ、春日野春樹!!!



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