第358話 【相川夏希】熊の子のパンダ困った子【その3】

SIDE:相川夏希(春樹のパーティーメンバー)


『意外としぶとかったな』


 もう何発殴られたか分からない……。

 結局私の攻撃は一発も当たってないまま地面に倒れ込んだ。

 最初から『獣化』を完全開放していれば……。

 スキルポイントを振っていれば……。

 武器があれば……。

 言い訳は尽きない。

 でもどれもできなかった。


『遊んでないでとっとと止めを刺してくれ』


『そう言われても、こいつ硬くてな。頭を潰せば死ぬか?』


 何か聞こえる。


「夏希ー。逃げてー」


 ゴメン。

 もう立てない。

 ダメみたいだ。

 私、死ぬんだ……。


(ああ、最後にコーンスープ飲みたい……。フッ)


 最後に思うのが母親でも父親でもなくてコーンスープだったことに思わず笑ってしまう。

 ギリギリお母さんのコーンスープ、総司が作ってくれるコーンスープだったということにしておこう。

 私はちゃんと総司のことを思い出しましたよ、と……。


「夏希ー!」


 総司の声が聞こえる。

 もう私は死んだのかな?

 でもおかしい。

 総司は私のことを未だに相川と苗字で呼ぶのだ。

 名前で呼んでなんて恥ずかしくて言えない。

 言えなかった……。


『なんだ。家の中にいたのか?』


『何やってる。ガキだぞ?え?チッ、撃ちころ……』


 しかし、死んで総司の声が聞こえると言うのも変な話だ。

 何やらバタバタと揉み合っている音も聞こえる。


「夏希ー」


 声が大きくなる。

 なんとか顔を上げるとそこには近づいてく総司の姿。

 来てくれた。

 でも……。


「総司、ダメ、コイツ、強い!」


 走って向かってくる総司を迎え撃つのは私と戦っていた男。


「『水圧』!」


 総司の『水魔法』による攻撃、でもダメ。

 案の定不自然な動きで躱される。

 回避スキル。

 これで私の不意打ちも全部躱されたのだ。

 手の内を見せるだけの結果に……。


『おっとあぶな、ひゅっ』


 瞬間。

 男が20メートル程吹っ飛び、更にそこから10メートル地面を滑った。

 何が?


「おいっ!あぶねぇだろ!今かすったぞ!」


 振り返って文句を言う総司。

 後ろにいるのはハル君だ。

 ハル君が何かをしたらしい。

 男はもうピクリとも動かない。

 でもまだ銃を持ったヤツが……、ハル君の足元に転がっている。

 しかも2人……。

 私が倒したヤツは別に倒れているので、外に居たヤツだろう。

 これで全員やっつけたことになる。

 助かった……。


「キャッ」


 何か目の前に落ちてきた。

 これは……、靴?

 スニーカーだ。


「うおー、大丈夫かー!」


 ハル君が文句を言う総司を追い越して私の方に向かってくる。

 靴は片方履いていない。

 これはハル君の靴のようだ。

 しかし、そこまで私のことが心配なのだろうか?

 沙織だっているのに……。


「もう、私よりも……」


 ……あれ?

 私の横を通り過ぎた。


「大丈夫か?ダメだ、血を吐いてる」


 一生懸命、飛んで行った男の呼吸を確認したり、脈を取ったりしている。

 何をしているんだ、あの男は?


「夏希!大丈夫か?ヒドイ怪我だ。HPは?」


 総司が私を抱き起してくれる。

 ちょっといい シチュエーションかも。

 元気が出てきた。


「うん。【ステータス】。あ……」


「どうした?ヤバいのか?すぐに白石さんに!」


 そうじゃない。

 逆だった。

 よく見たらHPは半分も減ってなかった。

 それなのにもう立てなかった……。

 心が折れていたのだ。


「大丈夫、半分残ってる。それよりもアレは?」


 話題を逸らすためにハル君のことを聞く。

 ヤツは何をしている?


「手加減をミスってヤッちまったのかもな」


「……そう。自業自得よ」


 もちろんハル君がじゃなくて、あの男がである。

 もう少しで私は殺されるところだったし、みんなもそうなっただろう……。

 でもハル君のことを考えると死なれても困る。


「どうだ?」


「息はしてるけど、ダンジョンから出したら死ぬかも。あ、靴返して」


 男の襟をもって引き摺ってくるハル君。

 靴……、この靴を当てて倒したの?

 しかも総司が回避スキルを使わせた瞬間に合わせて?

 顔を上げた時にはすでにもう1人も倒していた。

 『ダンジョンゲート』のすぐ側には手足があらぬ方向に曲がった男が2人。

 前から薄々は感じていた。

 平松流のせいにして見て見ぬフリをしてきたけど、ハル君は私よりもずっと強い……。

 レベルももう3しか違わないのだ。

 言い訳はできない。


「夏希ー」


「大丈夫か?」


「顔がこんなに……、早く出よう」


 3人は無事なようだ。

 私の顔はどうなっているのか……。

 触るのも怖い。


「ダイ、ジョブ。ダンジョンにいた方が治りがいいからここに居させて……。総司、外、警察、呼ばないと……」


 HPと怪我は連動しているようで、怪我をすればHPが減るように、HPが戻れば怪我も直っていく。

 普通なら怪我をしている時はある程度以上はHPは回復しない。

 でも私には【モンク】の【HP自然回復】があるので少しずつではあるが怪我も治るだろう。

 このスキルのお陰か、最近は肌の調子がずっとよかったのに……。

 顔、戻るかな?

 白石さんに期待しよう。

 何せ記憶だって戻せちゃうのだ。


「ああ、オタがもう通報したって言ってたからすぐに来ると思う」


 オタ?

 この2人だけじゃないみたいだ。


「後はアイツ等を捕まえてもらえば完璧だな」


「お前も似たようなモンだろう」


 外にまだコイツ等の仲間がいるの?

 ならダンジョンから出ない方が良い。

 私達はダンジョンから出たらただの人なんだ。


「これでクリアか?これが初夢ってことはないか?ちょっと足踏んでもらっていい?」


「え?靴を履いてない方を?こ、こう?」


「うーん、痛くない。やっぱり夢か?もっと強くお願いします」


 この変態はドサクサに紛れて何をやっているんだ?



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