第351話 父の仕事は順調です
「さあ、休暇よ。行きましょ、霞ちゃん」
桑島さんが、霞さんを一生懸命引っ張ろうとしているが、ビクともしない。
「仕方ありませんね、約束でしたから。春樹さん、記憶が戻ったところで申し訳ありませんが、3日程美雪の休暇に付き合います。30日にはお父様にご挨拶に伺いますので宜しくお伝え下さい」
そう言えば年末だから父親が帰ってくるのか。
しばらくダンジョンにも入れないし父親の相手でもしているか。
「了解です。桑島さん、ありがとうございました。あ、冬海さんもありがとうございます」
危ない、秋山さんと言うところだった。
「いえいえ、お気になさらずに。することもありませんでしたし」
「あ、愛ちゃん、予定ないの?愛ちゃんも一緒にどう?」
え?一緒にお風呂に?
それはダメですよ?
外の2人も一緒なら流石に止めてくれるか?
しかしこれは……。
【聖女】になれれば……。
いや【悪女】でもいいんだ……。
50階層ってジョブチェンジあるんでしょうか?
「支部長、そういうことですので今から休暇に入ります。次に来るのは年が明けてからになります。良いお年を」
「うむ。それはいいが、終わったならサッサと出るぞ。他の奴らは兎も角、春樹をダンジョンに入れたのは問題があるからな。春樹、父親が帰って来るならしっかり親孝行するんだぞ。俺は早くに父親なくしてな……」
早く出ろと言ったのに長話が始まってしまう。
とは言ったものの、肝心の片付け中の先生の手が止まっている。
さっきの現象に、そんなことありえないだろうとブツブツ言っているのだ。
呼吸に心臓、脳波まで止まってたのに、当の俺は目覚めてすぐに普通に歩いてるしね。
いや、電気ショックを喰らったので誰か『ヒール』してくれませんかね?
︙
︙
「じゃあいつも通り、夜に電話しますね」
やっと地上に戻ってきたが、霞さんとはここでお別れ。
次に会うのは4日後だ。
「……電話、してくれるんですか?うぇええーん。良かった……。本当によかった……。うぅ……」
「え?」
このタイミングで?
霞さんが泣き出してしまった。
「毎日電話を待ってたんです。でも、鳴らなくて……。ふぇええーん」
あー、電話してなかったのか……。
まったく困ったヤツだ。
パチパチパチッと、周囲の職員から拍手が上がる。
みんなにも心配を掛けていたようだ。
「戻ったのか!」
「良かった、本当に良かった……」
「これで年を越せる……」
よく見たら項垂れてる人もいるな。
この人達……、賭けてましたね。
そして中央でウンウンと頷く林さん。
霞さんの目を掻い潜って胴元が出来る人物なんて一人しかいないと思うんだけどね。
霞さんは林さんを全く疑ってないようだ。
まあ支部長は気が付いているだろうし、放置しているなら俺もそれに習うことにする。
胴元としてピンハネしているお金が、千葉支部の為に使われていることを祈ろう。
「あーっ、泣かせた!許せない!霞ちゃん、行きましょ!」
今度は力なく桑島さんに引っ張られていく霞さん。
「待ってます!私、ずっと待ってますから!」
フラグっぽいことを言い残して連れて行かれてしまった。
「もうっ!折角の再会なんだからゆっくりさせてあげればいいのに!ね?」
「まあ、俺はいつでも会えますから」
桑島さんは纏まった休みが取れるのも稀だろうし、次に休みが取れるは新しくダンジョンが現れる5年後って可能性もあるのだ。
今回だけは譲ろう。
という訳で白石さんと地上の支部内にあるレストランに入る。
「お、戻ったみたいだな」
中には総司と相川。
心配して支部に来てくれたのだ。
ちなみに相川は年末はバイト娘達の部屋で過ごすらしい。
年末なんだから実家に帰ってあげなさいよ……。
「まったく、心配させないでよ」
「相川といる時に倒れたんだったか?悪いことをしたな」
スキルの使い過ぎだったのかな?
鎧の遠隔操作は控えた方が良さそうだね。
夢の中では俺のスケルトンが使っていたけど、そこまでいい動きをしていなかった。
あの時はダンスをさせようと相当精密に動かしたからね。
スーパーモードを3個発動させるウルトラモードも控えよう。
そもそもウルトラモードでないと倒せないモンスターなんて今のところ存在しないし、戦う予定もないのだ。
『剣聖ちゃん』と打ち合おうとか馬鹿なことをしなければ使うことはないだろう。
打ち合わなければ、ダブルのハイパーモードでもロケットパンチ込みで『剣聖ちゃんスケルトン』を倒せてたしね。
「ジャンボパフェ2つね」
椅子に座ると白石さんが早速注文する。
1個は俺のですかね?
「あ、総司。『符』、役に立ったぞ。ありがとな」
「ん?いつ使ったんだ?」
「何?フって『符』?何の話?」
夢の中での話だけどね。
ギリギリで折れなかったのは、勝ち目があったからだ。
途中で総司から貰った『符』が夢の中で出てくるようになって戦術の幅が広がった。
最終的に決め手になったのは霞さんの『銀の槍』だったけど、総司の『符』がなかったら途中で諦めてたかもしれない。
だから総司に感謝だ。
「総司の『符』は『剣聖ちゃん』でも倒せるるってこと」
「は?お前人に向かって使ったのか?もうお前には渡さん」
いや、厳密には人じゃないんだが……。
「あら?坊や、『剣聖ちゃん』に勝てるようになったのかしら?じゃあ次は坊やに賭けるわね」
白石さんには今回無理して【悪女】になってもらったし、ちょっと恩返し的な意味で勝たせてあげたいところではあるが、現状俺には『剣聖ちゃん』相手に殺さずに勝つ方法は持ち合わせていない。
当たったら死ぬ威力の攻撃だからこそ防げないのだ。
平松さんの火の型を使えればいいんだけどね。
一回見た技が『剣聖ちゃん』に効くかどうか……。
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︙
「お邪魔致しました。では明日は春樹さんをお借りしますね」
タクシーに乗り込む霞さんを一家総出で見送る。
何事もなく年末の30日になり、霞さんが家にやってきた。
明日の大晦日は逆に霞さんの実家にお邪魔することなるので、みんなで買い物に行ってお土産を買った。
支部長に親孝行をしろと言われていたが、霞さんが来て一緒に出掛けられたのだ。
これ以上の親孝行はないだろう。
「え?ダンジョンが止まった時の話が聞きたいのかい?……まあいいけど。あの時は危うくクビが飛びかけてね」
父親が帰ってきてることは明日、向こう家でも話すことになるだろう。
なので、話のタネを仕入れておくことにしたのだが……。
父親は食品関係の仕事をしているのだが、新たにできたダンジョンの食品を扱う部署、つまり青森ダンジョンに関係する部署に移動になって単身赴任している。
その青森ダンジョンだが、先日向こうに転勤した新人ちゃんが壁に穴を開けたらしく、1週間ほど冒険者の出入りが禁止になったのだ。
その影響でモンスターのお肉も出荷されず……。
一応そっちの責任者らしい父親が、各方面からお叱りを受けたのだとか。
もう少しで冒険者になるところだったよ、あっはっはっは、だそうです。
もし明日、霞さんの前でこの話をしたら、また新人ちゃんがいなくなるかもしれない……。
この話はやめておこうか。
父の仕事は順調です、と話そう。
父親に口止めもしておく。
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「もしもし、霞さん?本当に霞さんですか?」
『ええ、もちろん。今日からは一人なので、ちゃんと私ですよ』
夜の電話だ。
ようやくゆっくり電話出来る。
昨日までは電話しても桑島さんに邪魔されてたからね。
電話に出たのが桑島さんだったこともあるので、一応確認だ。
あの人、全然似てない物真似で『ムムム、私は霞ちゃんです』とか言うから困った。
「じゃあ明日は駅前で……」
まずは明日の予定を確認しておく。
電話したまま寝てしまうことが多いので、大事なことは最初に話しておくのだ。
いや、今回はサプライズで連れて行かれるんじゃなくてよかったよ。
久しぶりの夜の電話は0時を過ぎて、俺が寝落ちするまで続いた……。
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