第352話 霞さんの浮気

「今日ぐらい泊っていけないのか?」


 霞さんに泊っていけと言う男が一人……。

 お義父さんですね。

 12月31日大晦日。

 今日は霞さんの実家にお邪魔していたが、お昼にお寿司をご馳走になった後でお暇することに。

 ちなみに今回はサプライズじゃなくてちゃんと事前にここに来ることを教えてもらってました。


「何回も言ってるでしょ。明日は朝早くから仕事なの。しばらく忙しくなるから次に来れるのは2月に入ってからね」


 引き留めるお義父さんをバッサリ切り捨てる霞さん。

 年が明けて、標準時で0時になると世界各地にランダムで新ダンジョンが誕生する。

 冒険者協会はその対応に追われて大忙しとなるのだ。

 標準時0時は日本で言うと1月1日の9時だね。

 霞さんは明日は6時には支部に出勤しないといけないらしい。


「むむー、ならせめて春樹君を置いていってくれ。春樹君、一緒に初詣に行こう!」


「馬鹿なこと言わないで!そんなことばかり言ってるともう春樹さんを連れてこないんだからね」


 俺からは断れないので霞さんが断ってくれて助かった……。


「春樹君、お土産ありがとうね。そちらのお父様とお母様にもよろしく伝えておいてね。近いうちに会いましょうって」


 お義母さんは逆に俺の両親に会いたがっている……。





「この景色も久しぶりですね」


 霞さんの実家の帰りは東京タワーデートだ。


「むむむ?ついこの間、来ましたよ?」


「あ、そうでしたね……。なんだかここ一ヶ月の記憶が、順番的には半年分の記憶の前に来てるんですよね」


 の後にが足された感じなのだ。


「むむむむ。難しい話ですね」


「更にそこから一ヶ月分の夢の記憶があるので、遥か昔に感じますよ」


 記憶を失っていた間の出来事はという認識だ。

 そこから更に1ヶ月半程寝ないで戦い続けていた……。

 実際には1ヶ月半しか経っていなくても、夢の中だとずいぶん長く感じた。

 『銀の槍』の登場タイミングを考えれば、実際には夢と同時進行だったはずなんだけどね。

 ただ俺としては、夢から覚めてそのまま地続きで記憶が繋がっているという感覚なのだ。


「むむむむむ?夢、ですか?」


「はい。記憶がない間、俺の方はずっと夢を見てたんですよ。俺の方って言うのも変な言い方ですけど、なくなった記憶がって感じですね」


 もう意味わかんないよね。


「むむむむむむ。ちなみに夢の内容をお聞きしても?」


 『む』の数が増えてきなたな……。

 このまま、むむむモード入ると考えるのに集中しちゃって返事も返ってこなくなるんだよね。


「レイスと戦う夢ですね。攻撃が擦り抜けて全然倒せなかったんですよ。たぶんレイスを倒すことで記憶が戻るになってたんでしょうね」


「え?」


「え?あれ?気が付いてましたよね。あの時、治療を受ける前に、ダンジョンに入った段階で記憶が戻ってたんですけど……。たぶんレイスを倒せていなかったら記憶が戻ってなかったですね。まあ、もしかしたらあの3人の『極悪ヒール』で戻って来れたかもしれませんが……」


 或いは『極悪ヒール』が夢の中まで届いてレイスが滅せられていたかもしれないけどね。


「いえ、それは気が付いていました。でも、てっきり……、その……、私のキスで記憶が戻ったものだとばかり……。今日はそのネタ晴らしの為にここに来たんじゃないんですか?サプライズ的なモノは?」


 サプライズは無いですね。

 しかし、キスって……。

 

「プププッ。流石にそれは……。ププッ」


「あ!笑いましたね?でも急に記憶が戻るなんておかしいじゃないですか?直前で何をしたかって言ったら、キスぐらいしか思い浮かばなかったんです!雨宮先生は消えた記憶は二度と戻らないとまで言っていたんですよ?奇跡が起こったならそれもうキスしかないじゃないですか!笑うなんてヒドいです!」


 確かに状況から見ればそうかもしれないけど、あまりにも乙女チックだったもので……。


「そうだったら良かったんですけどね……。いや、そういうことにしておきましょうか!」


「もう知りません!じゃあ、勝手に記憶を失って勝手に戻って来たんですね!よくわかりました!フーンだ」


 あ、拗ねてしまった。

 でも俺一人の力で戻ってきた訳ではないのだ……。


「怒らないで聞いてくださいよ。霞さんのお陰でレイスを倒せたんですから。夢の中でレイスを倒せなくてどうしようもなかった俺に、霞さんが『銀の槍』を渡してくれたんです。お陰で記憶が戻ったんですよ?だから霞さん、ありがとうございます」


「え?銀の……槍、ですか?夢の中の私が?」


 お、いい反応。

 実は黒鎧のスケルトンから奪っただけだけど、ここは話を盛ろう。

 実際に霞さんのお陰だと思ってるし、感謝しているのは間違いないのだ。


「はい!霊体のレイスにも夢の中の霞さんが俺に手渡してくれた『銀の槍』ならダメージが入ったんです。そこからが大変だったんですから……」


 『銀の槍』だって気が付くのにも時間が掛かったけど、気が付いてからも長かったよね。


「レイス……、霊体……、アンデッド……、夢……」


「霞さん?」


 むむむモードか?

 これはしばらく時間が……。


「春樹さん、それはレイスではなくリッチでは?」


「え?えっと、霊体で透けてる感じの骸骨でしたね。リッチって言ったらリッチなのかな?まあ呼び方はどうでもいいですけど……」


 何か拘りがあるのだろうか?


「どうでも良くないんです!夢では他に自分のスケルトンと戦いませんでしたか?」


 やはり拘りが……。

 あれ?スケルトンのこと話したっけ?


「よく知ってますね。俺だけじゃなくて……」


「春樹さん、私、木下青、古田幸也、そして星野千春のスケルトンが出てきたのでは?」


 『兜戦士』、『黒鎧』、『青影』、『万能侍』、そして『偽相川』こと『剣聖ちゃん』。

 夢の中ではこの5体のスケルトンを確認している。

 しかし夢のことはまだ夜の電話でも話していない。

 俺が見たスケルトンの数どころか素性まで正確に把握しているのはおかしい……。


「……なんで知ってるですか?」


 恐る恐る聞いてみる。


「そうですね……。どう話したらいいか……。春樹さんは50階層のボスモンスターの噂はご存じですか?」


 周囲を気にしながら霞さんが小声でそんなことを言う。

 噂?なんで急にそんな話に?

 でも噂か……。

 前にジョブの掲示板で【聖騎士】だけを集めた『聖騎士団』を作ろうとした男の話を聞いた気がする。

 何故【聖騎士】なのか?

 それは、50階層のボスモンスターが……。


「リッ……」


「シッ!ここではこの話はやめましょう。続きは帰ってからということで」


 ……チ?

 と言うことは俺が見てたのは50階層の夢ということになる……、のか?

 えええまじでーーー。

 大発見じゃないか?

 いや、噂になってるってことは同じように50階層の夢を見たことがあるヤツがいるってことか?

 確かにここで出来る話じゃないな。

 クリスマスの時よりかはずいぶんマシではあるが、それでもこの東京タワーには人は多いのだ。

 辺りを見回すと今日は特に外国人の観光客が多い。

 日本に来てるんだ、日本語がわかってもおかしくない。

 用心するに越したことはないだろう。


「わかりました。折角久しぶりに来たんだから、今日は景色を楽しみましょうか」


「だから久しぶりではありませんよ?」


 ダンジョンの話はいつでもできるのだ。

 今はデートを楽しもう。

 デートって言ったらいつもダンジョンデートで、理由がないと中々二人で出かけるって機会もないからね。


「俺にとっては久しぶりなんですって。大体は俺じゃないでしょ?」


「そうですか?ゴブリン相手に青くなっていたり、可愛いところはそのままでしたけど?」


 むむむ。

 さっきのキスの話を笑ったことをまだ怒ってるのかな?


「それじゃあやっぱり俺じゃないですね。俺は初めてゴブリンと戦った時も平気でしたし」


 お寿司……。

 お昼は特上でした。


「しかし困りましたね。そうなると私は別人と東京タワーに来てキスまでしたことになります」


「あ、それは浮気ですよ!」


「バレましたか。とても素敵な殿方だったのでつい魔が差してしまいました」


 どれくらい素敵かと言えば俺と同じくらいだろう。


「しかも相手は未成年だとか。問題ですよ?」


「確かに。では目撃者の口を封じることにしましょう」


「あっ……」


 文字通りに……。


「おかえりなさい、春樹さん。やっぱりこの春樹さんがいいです。私の名前を呼んでくれた時、すぐにわかりましたよ?とっても優しい声でした……。もっと、もっと私の名前を呼んで下さい……」


「霞さん……。ただいま、霞さん……」


 ちょっと短かったんじゃないかな?

 だからもう一度……。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る