第350話 戻らなかった記憶

「では始めます。まずありったけのバフを。その後で私の合図で同時に『ヒール』を掛けましょう。準備はいいですね?」


 急にキリッとなった桑島さんの姿は正に聖女。

 テレビで見る桑島さん、『聖女さま』、スーパーモードならぬ『聖女モード』とでも言うべきだろうか。

 さっきまでブーブー言ってたのにね。

 でもこの人、俺の治療に関しては反対とかやりたくないとかは口にしてない。

 俺のことを霞さんについた悪い虫だと思ってはいても治療に手を抜くことはしない。

 ちゃんと『聖女様』なのだ。


「はい!手筈通りのバフの分担ですね。【奇跡】は私が使います」


 バフの重複はしない。

 秋山さんは元戦闘職なので、あまり回復職のスキルを持っていないのだろう。

 大きいのを担当して後は桑島さんに任せるようだ。

 秋山さん、いや、冬海さんか。

 俺、この人にデレデレしていたような気が……。

 うっ、頭が……。

 大丈夫、そんな記憶はなかった。


「私は好きにやらせてもらうわね。全開でいくわよー!」


 白石さんは程々にって言われてたじゃないですか……。

 悪徳ポイントは全て【奇跡・偽】につぎ込むらしいね。

 正直なにが起こるかわからない。

 今戻ってる記憶がまた失われる可能性もあるんだよね。

 やっぱり、やめ……。


「では始めます」


「【奇跡】!」


 あー、待ってって言う前に始まってしまった。

 祈るようなポーズをした秋山さんから優しい光が降り注ぐ。


(温かい……、これが【奇跡】か……)


 そして反対側の白石さんが手を翳すとドス黒い光が……。


(あばばばば……。コレ、良くないのでは?)


「せーのっ」


「まっ……」


「「「【ヒール・極(悪)】」」」


 今度は声を出して止めようとしたが間に合わなかった。

 極みと悪が合わさって極悪に……。





「うぅ……。酷い目に遭った。あれ?ここ、は?」


 明るい部屋にまたかと思い慌てるが、どうやら違うようだ。

 知っている部屋だ。

 いや、こういう時は知っている天井とでも言うべきなのか?

 天井どころか、部屋には灯りがないのに何故か明るい白い部屋。

 あるのは扉が二つ、そして……。


「なんでまたここに?」


 女神様に会う部屋ですね。

 つまり当然……。


「久しぶり。え?そうでもない?」


 最初に見回した時にはいなかったのに、気が付くと目の前にいた。

 女神の感覚では久しぶりというほど時間が経っていないのかもしれない。

 水木にそっくりな女神様……。

 前回は40階層を突破した後だったから10月だったか?

 あれから2ヶ月以上だから、俺としてはやっぱり久しぶりだ。


「それにしても、レベルが10上がる毎にだとか、10階層進む毎に入れる部屋かと思ってたんだけどね」


 今のレベル44だし、階層も41階層までしか行っていない。

 何か別の条件があるのか?


「え?大体合ってる?じゃあなんで今回はここに来れたの?ええ?が起こった?それはまた何と言うか……」


 いや、確かに起こったと言うか……、使ってましたね。

 白石さんのパワーが凄すぎたのか、本当に奇跡になったらしい。


「ふむふむ……ふむ?奇跡が起こったから異世界転生できる?いや、それはちょっと……。赤ん坊に戻ってやり直せ?あれ?何か怒ってます?」


 女神様は最初から不機嫌だ。

 怒らせた原因に心当たりはないな……。

 いや、今までここに2回来てるけど、2回とも後ろの扉から帰ったから怒ってるとか?

 今回こそはあっちの扉から出して異世界転生させるつもりなのかもしれない。

 力尽くで来られたらマズイな。

 今回は意図的に【気配察知】は使っていない。

 前回見た虹色の奔流……。

 アレの意味が分かるのが恐ろしいからだ。

 梅本さんは何か恐ろしいものを見たような顔していた。

 そう言えば前回は梅本さんに……。


「痛い痛い、やっぱり怒ってます?」


 近づいて来た女神様に足を踏まれてた。

 

「え?クリスマス会?やりましたけど?」


 さらにグリグリっとされる。

 今の返答はよくなかったね。

 呼ばれてませんけど?ってことか?


「すいません、すいません。連絡先が分からなくて、次回、次回は絶対呼ぶので!え?違う?そうじゃない?」


 どういうこと?

 女神様はフンッと向こうを向いて足を離してくれた。

 行きなさいと……。

 異世界転生させたら、その次回が無くなっちゃいますよ?


「……前回はありがとう。お陰で毒は治ったよ。梅本さんをパワーアップさせて助けてくれたんでしょ?ありがとう」


 そう。

 前回は俺を助けるために梅本さんをパワーアップさせてくれたのだ。

 俺には聞こえなかったけど、梅本さんがそう言っていた……。

 だから帰る前にお礼を言っておく。

 別にアンタの為にやったんじゃないんだからね、とかツンデレな女神は見れなかったが、最後に一つと言われて……。


「『年が明けたら水木沙織の家に行け』?なるべく早く?」


 いやに具体的な話が出たね。

 家にって、訪ねろってこと?

 あそこの親は冒険者嫌いで有名なのに?


「あ……。ヤバイ、時間か!?」


 前方の扉が開いて吸い込まれそうになる。


「もう一つ教えて!前回ここに一緒に来た人、今どこにいるかわかる?え?北海道で見た?」


 ってなんだ?

 しかも地名が出たね。

 日本の地名とか知ってるのか……。

 水木のことを知っているどころか変な指令を出してくるし、この女神、一体何なんだ?

 うっ、もう踏ん張りが利かない。

 俺は扉に吸い込まれそうになるが、相変わらず女神は何ともないようだ。

 髪の毛一つ動いていない。


「ありがとう!じゃあまたね!【ゲート】!」


 吸引力がすごくて後ろの扉までは走れそうにない。

 前方に『左手のゲート』を出してそこに入る……。

 途切れる意識の中で、水木のことを忘れるなと念を押された気がする。





「離れて!電気ショック行くよ、3、2,1」


「あ、ま……。あばばば」


 目が覚めた瞬間に除細動器でビリビリされた。


「戻りました!脳波もです!」


 いや、今無くなりました。


「だから大丈夫だと言っていただろう。電気ショックの前に起きていたじゃないか」


「冒険者にはたまにある症状なんですが、これって脳波も無くなっているんですね。普通は死んだと思いますよ」


 支部長と桑島さん曰くに、よくあることらしい。

 前回は梅本さんの心臓が止まってるって大騒ぎだったからね。

 女神の夢を見ている間は死んでる様に見えるらしい。

 その前も『いつものパーティーの斥候職さん』が俺の心臓が止まってたって言ってたし……。


「春樹さん、大丈夫ですか?」


 霞さんが手を握り心配そうに声を掛けてくる。

 さっき大丈夫じゃなくなりました。


「いやいや、ビックリさせないでくれたまえ。それで、記憶の方はどうなのかな?私のことはわかるかい?」


 記憶……。

 治療を受ける前から戻って……。


「ええ、この半年分、確かに。アレ?全部は戻ってないかも……」


 女神愛好会……。

 あの組織の記憶だけ戻ってない!


 

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