第347話 きっとまた好きになる
クリスマスどうしようか……。
渡辺さんと俺とは恋人という話なので、当然クリスマスはデートでもするべきなのだろう。
そもそもクリスマスとは縁遠い身としてはクリスマスっていつなのかというところから始まる。
調べたら24日の日没から25日の日没までがクリスマスなんだってね。
じゃあ何時デートするべきなのかと言えば、25日の昼の内になりそうなのだが、24日の夜にデートするのが普通らしい。
夜……。
以前の俺ならいざ知らず、現在の俺と渡辺さんは健全なお付き合いすら始まっていない状況なのだ。
今の二人の関係は家庭教師と生徒というのがいい精々だろう。
こんな状況でいきなり夜のデートに誘うのはハードルが高すぎる。
どうしたもんか……。
「ねえ、春樹君。私達クリスマス会やるんだけど来る?」
放課後、女神からの声掛けに教室の空気が一瞬で変わった。
クリスマス会、その手があったか……。
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「クリスマス会ですか?申し訳ありません。誘っていただいたのはうれしいのですが、イブの日は支部から離れられないんです。他の職員達に出てもらうのに、シフトを管理している私が出ないという訳にもいきませんし……」
「あ、はい」
フラれました……。
「25日のお昼はどうでしょうか?行きたい場所があるんです」
私と仕事とどっちが大事……おや?
「行きたい場所ですか?じゃあプランはお任せしても?」
「はい!楽しみにしていますね!」
すっごい笑顔で言われた……。
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「で?申し開きを聞こうじゃないの」
クリスマス当日、激オコの相川さんです。
まさかクラスのクリスマス会に渡辺さんを呼ぶわけにもいかず、総司と相川には予定をキャンセルしてもらってダンジョンでクリスマス会を開くことにしていたのだ。
俺の方は予定が無くなったので、そのままミアさんのお店を借りてクリスマス会を決行してしまったのだが……。
相川さんは、渡辺さんが来ないなら2人で遊びに行ってたんですけど?とお怒りのようですね。
「まあいいじゃない。お陰で私もケーキにありつけた訳だし」
「そうそう。店長の方のクリスマス会は酒を飲むから来るなって言われたし」
参加メンバーは俺達3人にお店のバイト二人の計5人。
ちなみにミヤコさん達、女性冒険者のクリスマス会はダンジョンの外で行われている。
毎年大荒れだそうなので、参加しなくて正解だったかも?
「ヘイ、ケーキお待ち!1番テーブルに出してくれ」
ただ協会の職員達が休憩と称してお店にやって来ては料理をつまんでいくので、買い出しやらなんやらでクリスマスパーティーというよりは、出店でもしているかのような気分だった。
でも、渡辺さんも顔を出してくれたので、まあやってよかったかな?
︙
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昨日は終業式の後にダンジョンでクリスマス会をやったので、今日からは冬休みとなる。
「上もすごい人ですね……。でもどうしてここに?」
渡辺さんとデート。
やってきたのは東京タワー。
イブを外して、今は昼なのに物凄い人だ。
やっと展望室まで上がってこれた。
「ここは2人の思い出の場所なんです……」
ああ、そういうヤツか……。
「初デートがここだったとか?」
「初デートですか?初デートは本部にあったミアさんのお店ということになるのでしょうか?お店の近くに公園があって……」
なんか今日は渡辺さんの雰囲気が柔らかく感じる。
ダンジョンの外だからかな?
よく考えれば、ダンジョンの外で会うことってないんだよね。
一応毎日支部の玄関で迎い入れてくれるが、2人きりで外で話すってこと自体が無かったのかもしれない……。
ダンジョン内でも勉強の話ばかりだった……。
もっと早くにこうするべきだったのかもかもしれない。
「昨日はありがとうございました。毎年クリスマスは忙しくなるので職員から不満が出るのですが、今年は不満どころか来年もこの調子ならクリスマスも出てもいいとの声が上がるほどでした」
まあタダだと思い込んでいるしね。
例の賭けでお金がない職員達にはありがたかったのだろう。
実は自分達のお金で飲み食いしているとは気がついていないのだ。
「そこは総司に感謝ですね」
なにより総司の料理という意外な特技のお陰でお店は大盛況だったのだ。
まさかケーキまで自分で焼くとはね。
後、相川にも感謝しないと怒られるな。
「はい。ですが、企画してくれた春樹さんにもです。学校の方のクリスマス会にも誘われていたんですよね?そちらを断ってまであの会を開いてくれたのです。感謝しかありません」
ん?
よく知ってるね。
相川かな?
怒ってたから渡辺さんに愚痴ったのかもしれない。
「いえ、元々昨日にこうして霞さんとデートするつもりだったので予定は空いてたんですよ」
「それを聞けただけでもうれしいですね!」
またすごい笑顔だ。
普段からこういう風に笑わせてあげられたらいいんだけどね。
でも大丈夫、明日の午後にはダンジョンが閉鎖されるので、俺の記憶を戻すための治療も明日には行われる。
後は以前の俺に任せておけばいい。
でも、もし……。
「もし、明日俺の記憶が……」
明日、いや、これからも……。
ずっと考えていた不安が口からこぼれる。
「大丈夫、大丈夫です。例え記憶が戻らなったとしても、春樹さんは春樹さんです。いいえ、春樹さんは春樹さんでした」
「え?」
言いかけた俺の言葉を渡辺さんが否定する。
「この間の【剣聖】との立ち合いでわかったんです。あの時はいつもの春樹さんでした。記憶を失う前の春樹さんです。それはやめてくださいってずっと言ってたのに、直してくれなかった防御を考えずに飛び込んでの突き。間違いなく春樹さんでした」
おうおう、悪い癖ってやつか。
記憶がなくなったのに出る癖とは……。
「それはすいませんとしか……」
直せって言われても直らないから、癖。
だから謝るしかないな。
「いいえ、いいんです。春樹さんはそこに至ったんです。どうやったら【剣聖】に勝てるか考えた結果、全力の突きを出すことにしたんですよね?それが春樹さんなんです。貴方は私の大好きな春樹さん。それがわかったんです」
手を取られて笑顔でそう言われる。
(この人は今、俺のことを好きと言ったのか?)
記憶がなくなる前の俺じゃなくて?
「だから大丈夫。きっとまた私のことを好きになってくれます。それが春樹さんですから!」
「すごい自信ですね……」
「そうです。この間【剣聖】が言ったことを覚えてますか?あの小娘、春樹さんに負けたようですよ?覚えていないだけで、今もその気になれば【剣聖】だって倒せるのが春樹さんなんです。だから春樹さんも自信を持ってください!」
そんなこと言ってたかな?
「『剣聖ちゃん』に俺がですが?全然ダメだって言われたのは覚えてますけど……」
「向こうは負けた相手の正体が春樹さんだと言うことに気がついていないんです。今はその相手がミコさんだと思い込んで探していますね。あの人たちが必死に探している5人目というのは実は春樹さんなんです」
「えーっ!」
思わず大きい声を出して注目を集めてしまったが、それも一瞬だけだった。
みんな自分のことで精一杯。
景色すら見ずに自分の恋人に夢中だ。
視線はすぐに戻っていった。
「フフッ、あまり聞かれたくない話しなのでこの話はここまでにしましょうか。……昨日は私の為にダンジョンでクリスマス会を開いてくれたんですよね?それが私にとっての自信になりました。もう何も怖くありません……」
よく見なくても周りはカップルばかり。
自然と雰囲気は良くなる。
「あっ……」
チュッと、唇が触れるか触れないかのほんの一瞬のキスをされた。
「ここでキスをするのは2回目ですね。あの時は長すぎたようなので、今回は短くしてみました」
「えっと……。俺にとっては初めてです。……キス自体も」
はわわ、と焦って言わなくていいことまで言ってしまう。
「おや、そうでしたか?では2回も頂いてしましたね。得をしてしまいました」
妖艶に笑うその姿にドキドキする。
この人の言う通りなのかもしれない。
きっとまたこの人のことを……。
記憶がなくてもそれが俺が俺であることの証になるのだろう。
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