第346話 火の型初見殺し

「大変なことになったわ……」


 この支部いっつも大変ですね。

 『剣聖ちゃん』がやって来てこのお店で剣を受け取って帰ったいった後、白石さんがアタッシュケースを持ってやってきた。

 ちなみに俺は中身を知っている。

 明日はニュースになるかもしれない。

 いや、今日は職員しかいなかったから誰も口外しないか?

 みんな落ち込んでたし……。


「大変ですか?フォーメーションはすでに全て解除になっていますが……。その鞄と関係が?」


 すでに『剣聖ちゃん』を見送ってお店に戻ってきた渡辺さんが白石さんに問いかける。


「そうなの。これね。みんなのお給料が入ってるの」


「っ!?流石にそれは犯罪では?ポイントを溜めろとは言いましたが、何もそこまでしなくても……。すぐに戻しに行きましょう!まだ間に合うかもしれません!」


 そういえば一回入った悪徳ポイントって、いいことをしたら減るのかな?

 盗んだ後、戻すのを繰り返せば無限にポイントが入るのでは?


「違うわよ。そんなことする訳ないでしょ。さっきの勝負ね、平松さんに賭けてたのよ。私しか平松さんに賭けてなかったみたいで一人勝ちしちゃったの!」


 さっきの勝負とは平松さん対『剣聖ちゃん』のことです。

 まあ誰も平松さんには賭けないよね。

 外で負けたのにダンジョンの中で勝てる訳がないと思うのが普通だ。

 だから全力で給料を丸々賭けてしまったのか……。

 『剣聖ちゃん』が本気じゃなかったって言うのもあるだろう。

 あくまで模擬戦、本気だったらステータスで押し切られて終わっていたはずだ。

 だが油断、という訳でもない。

 受けきったつもりになっていた初見の技に対応できなかった、それが全てだ。

 初見殺しというヤツだろう。

 しかし見せてしまったからには次はもう通用しないだろう。

 それともまだ続きがあるのか?

 アレがならまだ……。

 次の賭けには俺も参加できないかな?


「給料を丸々賭けていたんですか?それでは生活できない人もでるのでは?家族がいる人も多いはずですよね?……これは私が預かります。素直に賭け事をしたと認めた人にのみ、返金しましょう。しかし困りましたね。胴元を捕まえないと誰がいくら賭けたのかわかりません……」


「そんなぁー。大丈夫よ。あの人たちもライセンスがあるんだから、お金が無いならダンジョンに潜ればいいんのよ。それよりも子供達に毎日ステーキとジャンボパフェを食べさせましょ?ね?」


 悪銭身に付かず、か。

 やめておこう。


「自業自得と言いたいところだすが、その人たちにも子供はいるでしょう。それよりもポイントの方はどうですか?」


「うーん、1万に乗ったわね。これが多いのか少ないのかはわからないけど」


「確かに。一度ポイントを使う検証してみるべきですね。しかし、細々した悪さしかしてないように思うのですが、1万ですか……」


 相川を揶揄っても1ポイントしか上がらないって言ってたからね。

 あれから何日も経ってない。

 どうやってポイントを溜めたのかな?

 賭け事だけってことはないよね?


「やっぱり診療所でお爺ちゃん達の相手をしている時が一番溜まるわね。あとこの前平松さんにクリスマスは遠藤さんを誘うように勧めた時も結構ポイントが入ったわ」


 遠藤さんはスイカの【水魔法使い】の人か……。

 平松さんとそういう関係なのか?

 いや、悪徳ポイントが入ったということは……。


「なんでそんな酷いことを……。ポイントの為に仕方ないこととはいえ、悪いことをしてしまいましたね。クリスマス当日は遠藤さんは外せませんよ?せめて同じシフトになるようにしてあげましょうか……」


 断られた相手と同じシフトというのもかわいそうな気が……。

 ん?なんか一瞬二人がこっちを見ていたような?

 気のせいかな?


「かわいそうでもないかもね。『剣聖ちゃん』と態々ダンジョンの中で勝負したのもその為だったんじゃないかしら?今は遠藤さんもお金がないはずだし、ご馳走するって言ったら飛び付くかもね」


 勝ったらデートしてくれって頼んだのかな?

 それでみんなの前なのに人には見せてはいけない技まで使って……。

 いや、平松さんに賭けてない時点でですね。

 遠藤さんはどうせ勝てないし一儲けしようと考えて安請け合いしたのかもしれない。

 つまりお金がなくなった原因が平松さんということに……。


「むむむ。遠藤さんまで賭けに参加していましたか。これは問題ですね」


「だからまだ返さない方がいいわ。冬のボーナスもあるし、次に『剣聖ちゃん』が来るまで待ちましょうよ。倍プッシュよ!」


 チラリ、と。

 やっぱり見られてる?


「あ、霞さん、戻ってたか。剣渡しちゃったけど、本当によかったのか?」


 そこにミヤコさんが声を掛けてくる。


「あの【剣聖】の話を信じるのなら、何もしなければあの人たちは死んでしまいますから……。私達が回避したとしてもしてもあの娘は50階層に向かうでしょう。せめて出来ることはしてあげたいんです。ミアさんには迷惑を掛けることになりそうですが、しばらくは知らぬ存ぜぬで通してください」


「ダンジョンで見る夢、か……。今日も夢は変わってないって言ってたんだよな?まだ霞さんを連れて行く未来は変わってないってことになるな……。霞さんの方はどうなんだ?」


 『剣聖ちゃん』はダンジョンで50階層の夢を見たらしい。

 ダンジョンで見る夢は正夢になるっていうのは有名な話だ。

 『剣聖ちゃん』はその夢にいた仲間として、渡辺さんとミコさんを勧誘しようとしている。

 でも渡辺さんは行く気がない、と……。


「私の方は相変わらずダンジョンの外の夢ですね。こちらも相変わらずです……。まあミコさんが戻ってくるまでは気付かれる心配もなさそうなので、その間に春樹さんの記憶が戻ってくれれば……。そうすれば私の夢は変わるかもしれませんし、未来が変わるかもしれません」


 未来……。


「神社って年末年始忙しいよな?そろそろ戻ってきそうだけど……。あ、今年のクリスマス会はどうする?みんな霞さんはもう来ないって言ってたけどさ。春樹達も連れて参加するか?」


 あ、こっちを見た。

 クリスマス……。

 それでさっきから見られてたのか。

 誘えってことですよね?

 どうしよう?

 いっそ、そのクリスマス会に参加してしまうのが楽なのではないだろうか?

 でもそのクリスマス会って独身の女性冒険者の集まりなんですよね?

 クリスマスに他の予定がない……。

 そんなところに俺を連れて行ったら渡辺さんはボコボコにされてしまうのでは?

 これは困ったぞ……。





(『マジックシールド』!)


 これでMPが0になった。

 次の火球は防げない。

 今回もダメか……。

 それでも最後まで諦めずにレイスの全身を隈なく突き続けるが反応はない。

 突かれると距離を取ろうとするが、それだけだ。

 に、奇声を上げることもないし、痛がるそぶりも見せない。

 何故あの時だけのか、わからないのだ。


(くっ、【ゲート】!……あっつ。ダ、メ、か……)


 【ゲート】を出せば火球の直撃は避けられるが、それだけだ。

 この狭い空間全体に広がった熱と炎に呑まれる……。

 考えろ。

 どうしてあの時はダメージ入った?

 考えろ、考えろ、考えろ……。





(【ゲート】!またね、霞さん。おっと、【ゲート】)


 黒鎧が自害したところで『剣聖ちゃんスケルトン』の【次元斬】が飛んできた。

 危ない今のはギリギリだった。

 もう一発撃たせて接近戦に持ち込もうか。

 レイスの弱点はか考えてもわからなかったので、今回からはあの時の再現をしてみようと思う。

 確か、ここで『ドリル抜き手』を使ったんだったか?

 十分に距離を詰めて……。


「あれ?『剣聖ちゃん』、髪切った?」 



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