第341話 捨て身の一撃

 俺だってダンジョンに入ってレベル上げとかしたいのにさ……。


「気にすんな春樹。こいつはいつもこうなんだ。おい、千春!今のは春樹がお前に怪我させないように気を遣ってくれたんだよ!春樹、遠慮すんな、お前の悪い癖だぞ。相手は【剣聖】だ。殺すつもりでやるくるらいで丁度いいぞ」


 幸也さんが庇ってくれる。

 でも向こうはもう構えを解いている。


「もういいよ。大体わかったし」


 よく考えれば【剣聖】相手に自分の実力を試すチャンスだったのかもしれない。

 しかし最初から勝てないと諦めてそのチャンスを不意にしたのは俺だ。

 嫌な言い方をされたけど、中身がない突きなのは確かだった……。


「むむむー。……流石は春樹さんです!」


「え?」


 何かを思案した渡辺さんは、急に笑顔になって俺を褒めだした。


「まさか【剣聖】を一撃で倒してしまうとは!早速拡散しますね。明日の一面は『日本最強は本当は槍使い』だった!で決まりです」


「は?何言ってるの?なんで私が負けたことになるのかわからない」


 それね。


「勝負と言ったのは貴女でしょう?それなのにもうやめたとリングを下りたのです。負け以外のナニモノでもない。負け犬、いえ、負け剣はさっさと帰ってください。春樹さんは貴女と違って忙しんですから。さ、行きましょう春樹さん」


 負けケン?


「はぁ、わかった、わかった。やればいいんでしょ。今度はスキルも使っていいよ。待っててあげるから。本気で来なよ」


 お?

 よし、今度は何も考えずに全力の……。


「はあ?何を言ってるんですか?負けた方が勝手に決めないで下さい。さっきの負けを無かったことに出来るとでも?もう一度勝負して欲しかったらそれなりの態度ってものがあるのでは?まずは土下座でしょう、ど・げ・ざ!這いつくばって春樹さんに許しを請いなさい!」


 渡辺さん、キレキレですね。

 二重の意味で……。

 これにはさしもの『剣聖ちゃん』も困惑して仲間の二人に視線で助けを求める。

 『青影』はこれに対してヤレヤレと両手を横に広げて呆れたのポーズ。


「外野が兎や角言ってもしょうがないだろ。二人ともようやく、やる気になったんだ。勝負はこれからだ。なあ春樹?」


 幸也さんとは付き合いは短いけど、何故か俺のことはよくわかるらしい。


「お願いします!」


 再び剣聖ちゃんに向けて構える。


「春樹さん……。この人達を相手にする意味なんてないんですよ?」


 本当に?

 意味はあるんじゃないか?

 相手は日本一、いや、世界でも指折りの実力者。

 本気で50階層を攻略しようなんて馬鹿なことを言ってる人だ。

 俺の槍がどこまで届くのか知りたい。


「何言ってんだ?好きな女の前で馬鹿にされたまま引き下がれるかよ」


「むむむむ」


 幸也さんの言葉に渡辺さんも引き下がる。

 そうだね。

 俺の為にあんなに怒ってくれたんだ。

 お陰でもう一度チャンスがもらえた。

 カッコいいところを見せれるとは思えないけど……。

 せめて全力を。


「行きます!」


「準備が出来たならすぐ仕掛けてきた方がいい。モンスターに言葉に通じない。奇襲が基本」


 平松流にはそういうのないんで。

 『剣星ちゃん』は構えもしないが、すでに声は掛けた。

 正々堂々の勝負。

 小細工はいらない。

 ただ速く!

 ただ真っ直ぐに!

 相手の体の中心を突く!


「あっ……」


 驚いたのは誰だったのか……。

 渡辺さんか、幸也さんか、『青影』か……。

 『剣聖ちゃん』ではなかったと思う。

 あるいは俺だったのか……。


「あれ?」


 遅れて驚いたのは『剣聖ちゃん』だ。

 俺の全力突きは呆気なく躱され、横を通り抜けると同時にの一撃をもらった。

 驚いたのは手に持っていた木刀が折れていたからだろう。


(痛……、くはないな)


 腹を摩ってみるが何ともない。

 驚きの耐久値220で、木刀で殴られたくらいでは何ともないのだ。


「ちょっと強めに打ち込んだのが良くなかったかな?それにしても変な手応えだったね。防御スキル?ステータスアップのバフかな?踏み込みもすごく速かった。しかも今度のはちゃんと中身のある良い突きだったよ。でも私の勝ちだね」


 勝ちだね、は渡辺さんに向けてだ。

 煽られて『剣聖ちゃん』もカチンときてたみたいだね。


「自己強化のバフか。今の、青よりも速かったんじゃないか?」


「え?……ああ、そうか。でもあの突きはないんじゃない?捨て身の攻撃に見えたけど?躱されたら終わりだよ?」


「あれでいい。勝つためにはアレしかなかった。防御捨てて一撃に全てを賭ける。最初から結果は見えていた。別に長引かせて何を学ぶのでもよかったんだろうけど、勝とうとしたことに意味がある」


 褒められてるのかな?


「まあ捨て身とか、50階層に突っ込もうとしてる奴等に言われたくないだろうけどな」


「僕等は勝つよ。100パーセント勝てる準備が整うまでは50階層には行くつもりはないし、今日はその為に来たんだからね」


 そうだった。

 この人達は渡辺さんを『ブルーオーシャン』に勧誘に来たのだった。


「そうだった。渡辺霞、俺と勝負しろ!」


「私と戦いたかったら、まずは地上で平松さんに勝ってみせてください。そうでなければ同じように私との対戦を希望している他の冒険者の方達に示しが付きませんので。それと私は貴方達に協力するつもりもありません。何度来て頂いても結果は同じです。もう来ないでください」


 断るのか……。

 あの『ブルーオーシャン』だよ?

 まあ渡辺さんは協会の職員だし、あまり冒険者業には興味がないのかもしれない。


「そう言わずに話だけでも聞いてよ。新しい情報があるんだ。50階層のボスの情報だよ?それと5人目の仲間のスキルもわかった。知っている人なら教えて欲しい」


「なんだ5人目って?明日香の代わりに渡辺を入れて5人だよな?」


 幸也さんは知らないらしい。

 49階層までのサポートメンバーとして渡辺さんを欲しいって話なんじゃないのかな?

 それを自分の代わりだと勘違いして『ブルーオーシャン』を飛び出してきたみたいなんだよね。

 そして噂通り『天空の女王』がもう飛べないのなら、5人目は必要になってくるはずだ。


「海先輩はいかない。行くのはここにいる4人ともう一人……」


「千春!その話は彼の前ではやめよう。記憶喪失は本当みたいだけど、いつ戻るかわからないんだ。警戒した方がいい」


 警戒されてますね。

 誰にも言わないから教えて欲しいです。

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