第340話 中身がない突き

「お出迎え。気が利く。連絡したの?」


 千葉支部に到着すると玄関にはいつものように渡辺さんがいる。


「まさか。連絡したら逆にいなくなっちゃうでしょ?だから別の誰かを待ってたんでしょ。この寒いのにね」


 渡辺さんは寒そうにしている。

 いつもはそんな素振りさえ見せにない。

 ただ俺が寒いだろうと気を使って早く中に入るようには促すけど……。


(どうしてそこまでしてくれるんだろう?)


「おいおい、春樹。愛されてるな」


「え?ハルキを待ったの?この寒いのに?」


「逆にそれ以外ないでしょ。ねぇ?……あれ?君、面白い顔するね。それはどういう感情の時にする表情なのかな?」


 面白い顔とか失礼じゃないですかね?

 どうやら『剣聖ちゃん』と『青影』には俺は良く思われてないらしい。

 前に一回あったことがあるみたいだけど、一体何をしたのか……。


「それがわかんねぇって顔だな。行け、春樹。行って手でも握って温めてやれ」


「古典的きすぎる。でもそれで渡辺霞がどういう表情をするかは見てみたい」


 俺達を乗せたワンボックスカーが支部の玄関に横付けする。

 前後に止まった三台の車から素早く警護らしき人達が下りてくる。

 それよりも早く飛び出して……。

 

「え?春樹さん?どうして?」


「霞さん!この寒いのに何やってるんですか!?」


 手を握るのは流石にレベルが高いので、手を支部の中に連れていく。

 手はすごく冷たい。

 そのまま『ダンジョンゲート』に入る。

 千葉支部は外の気温に関係なく年中春の気候だ。

 温まるとまでは行かなくても、寒いと感じることはないだろう。


「春樹さん。どうして『ブルーオーシャン』と一緒に?」


「どうしては俺のセリフですよ。俺が来る時間までもう10分はありますよね?こんなに冷えて……」


『愛されてるな』


『逆にそれ以外ないでしょ?』


 手を離すタイミングを見失って、握ったまま。

 奇しくも手を温める形に……。


「春樹さん……」


 なんだかいい雰囲気に……。


「大変大変大変っすー!フォーメーションXYZっす!敵襲っす!平松さんは出動っす!」


 地上から冬月さんがやってきたので、慌てて手を離す。


「もう、新人ちゃん!何やってるの!いいとこだったのに!」


 受付から声が掛かる。

 白っぽい髪で日焼けした肌のザ・ギャルと言った感じのお姉さん、茜さんだ。


「うえー、面倒だな」


 隣には平松さんもいる。

 しかしまた避難訓練か。

 俺はどうしたらいいのかな?

 いつもは、倉庫から出ないようにって言われているけど、『ダンジョンゲート』の目の前だし、地上に戻った方がいいか?


「なるほど、そういう顔をするのか……」


 いつの間にダンジョンに入ってきていたのか、『剣聖ちゃん』がいた。

 そして二人も入ってくる。


「よかった、逃げられたかと思ったよ。渡辺さん、話があるんだ。春樹君も一緒にどうかな?」


「待て、その前に俺と勝負しろ!」


 そういうのは平松さんとやってください。


「幸也、後にしてよ……。千春、どう思う?」


 お?例の強さがわかるってやつですか?

 渡辺さんはレベルいくつなのかな?

 幸也さんは最後に見た動画ではレベル49だったはずだけど……。


「前よりもずいぶん弱くなってる。こんなことあるんだ……。記憶がないっていうのは本当みたい。先輩にはどう見える?」


「ええ?そっちか……。うーん、少なくとも僕に対しては敵意はないね。寧ろその逆だと思う。悪いことは考えてなさそうだね」


 まあファンなので。


「なんですか、貴方達は?話があるなら私が聞きます。この人には近づかないでください!……春樹さん、地上に出ていてください」


「待った。ハルキにも用はある。それに太刀筋も見たい。私と勝負しよう」


「え?いいんですか?」


 青さんが『日本一の冒険者』なら、『剣聖ちゃん』は『日本最強』。

 その最強が稽古をつけてくれるなら是非もない。


「春樹さん!いけません!勝負なら私が受けます!目的は私でしょう?」


 おや?戦いたいのかな?

 渡辺さんも『剣聖ちゃん』のファンと見た。

 これは意外とあっさり勧誘されてしまうのでは?

 でもそうなったら渡辺さんも50階層に行くことになるのかな……。

 それは……。


「まあ、まったくしょうがないね。とりあえず場所を変えよう」





「じゃあ行きます」


 なんだかんだあったけど、俺の方からお願いして『剣聖ちゃん』に一手指南して貰ることになった。

 『2階層のゲート』への道とは逆の方にきて、誰もいない場所までやってきた。

 ギャラリーもおらず、ここにいるのは『ブルーオーシャン』の3人と渡辺さん、それと俺の5人だけだ。


「どうぞ」


 どうぞと言われてもね。

 隙が無い……。

 いや、隙とかわからんけど。

 俺の武器は練習用の槍、対して『剣聖ちゃん』が持っているのは普通の木刀だ。

 リーチの差を活かして……。


「春樹、やっちまえー!」


「そっちの応援するの?後で言われるよ?」


「どうせ勝てないんだから、応援するなら負ける方だろ」


「むむむー」


 渡辺さんはまだ納得がいっていないのか、難しい顔をしたままだ。

 難しいことを考えてしょうがないので、とりあえず突いてみる。


「全然、ダメ!もういい……」


 強めについたつもりだが、カンッと軽く弾かれて怒られる。

 すごい睨まれてる……。


「えっと……」


「何の意味もない突きだった。中身がない突き。言われたからただ突いただけ。これは勝負って言ったはず。勝つ気がない相手と戦っても意味がない。貴方、槍の練習もそうなんじゃないの?ただ言われたことをやっているだけなんじゃない?それで練習したつもりになって、それだけ……」


 そんなことはない、はず……。

 中身がない……。

 練習した気になってる……。

 記憶が無くなってから1ヶ月、何かしないとという思いで平松さんに槍を習い始めた。

 もし記憶が戻らなかったら、このまま冒険者をやめてしまうんじゃないかと思って……。


「おい、千春!」


「本当にステータスだけが高い感じだね。ガッカリした。そのステータスも人に上げてもらったものでしょう?そういう突きだった。20階層台で遊んでるトリプルランクの人達と一緒。いいえ、あの人たちは自分でレベルを上げた分、貴方よりはマシね」


 お前に何が分かるのか。

 【剣聖】なんて恵まれたジョブを持つ人間に……。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る