第301話 受付嬢は負けフラグ【渡辺霞】その10
SIDE:渡辺霞(春樹の恋人)
「答えるまでもないと思いますが?」
パーティーへの勧誘は当然NOですね。
この小娘と同じパーティーなどお断りです。
「そう、じゃあ明日からよろしく」
「………」
小娘が……。
「冗談。条件を言ってほしい。どうしたら私と50階層に行ってくれる?」
「ごじゅう?」
何を言い出すのかと思えば50階層?
一緒に自殺してくれる人を探しているのでしょうか?
「そう、そこから話そうか。最近50階層の夢を見るようになった。そこに貴女もいた。だから勧誘しに来た」
「夢?それも冗談ですか?そんな話を信じろと?どうせ週刊誌の言う、不仲やら欠員を埋める為の方便でしょう?どっちにしても私は貴女とはパーティーを組めませんね。他を当たって下さい」
なるほど、『ブルーオーシャン』の不仲はこれが原因ですね。
木下氏の性格からして、確実な勝算がある場合でなければ50階層には挑まないでしょう。
50階層は冒険者どころか世界中の軍隊が手をこまねいている状態。
こんな状態で50階層に行こうなどと考えるのは、人の命を何とも思っていない為政者達とこの小娘のような頭のネジの外れた自殺志願者だけですね。
「貴女の望みを出来るだけ叶える。私に出来ることなら何でも言ってほしい」
「では50階層は諦めてください。貴女のような人でも死んでもらっては寝覚めが悪いです」
「ヘリクツを言わないで。望みはないの?お金ならいっぱいあるし、40階層で上位のサブジョブも手に入るよ?」
「願いならすでに叶っています。貴女が邪魔をしなければ私は幸せです」
そう、私は春樹さんと一緒にいられればそれでいいのだ。
40階層にも到達しているし、後は仲間たちが無茶をしないように支援できればそれでいい。
「まあ今日すぐに良い返事をもらうつもりはなかったけどね。次は青先輩もつれてくるから」
「あの方も貴女と同じ考えなのですか?」
「誰かに先を越されるのは耐えられないんじゃないかな?私がパーティーを抜けるくらいなら、他のメンバーをクビにするでしょ。先輩はそういう人」
自己顕示欲。
あるいは承認欲求でしょうか?
品行方正で知られる『日本一の冒険者』も、その日本一の称号に固執していると……。
この【剣聖】という過剰な戦力を持ちながらクアドラプルの昇格依頼を受けない理由もその辺りでしょうか?
「何度来ようが、誰と来ようが答えは同じです。お話は終わりですね。ではお引き取りを」
「そう、でも帰る前に貴女の力を見てみたい。ちょっと打ち合ってみよう」
何を言い出すかと思えば……。
「……私になんの得が?」
「気にならない?【剣聖】がどれだけ強いのか、貴女がどれだけ強いのか。私は気になるけど?」
︙
︙
「ただの模擬戦。勝っても負けても何もなし。それでいいでしょ?スキルは使っていいよ。もちろん私も使う」
口車に乗ってしまいました。
場所は2階層。
倉庫の裏は神聖な場所なので、この小娘には一歩たりとも踏ませません。
護衛も置いてきたので二人だけです。
会長が新たに置いていった護衛もいたので、その人たちには見られたくありませんからね。
「獲物の差がありますが、本当にその竹刀でいいのですか?」
私は競技用なぎなた、小娘は竹刀を握っている。
「それは自分に返る言葉だから言わない方がいい。レベルもステータスも私の方が圧倒的に高いから文句はない。構えて。合図はいらないよね?」
敵わないのは最初からわかっています。
仮にも『日本最強』。
せめて一太刀と言いたいところですが、それも叶わないでしょう。
しかし敵の強さを知るいい機会ではあります。
(それでも全力でっ!)
【剣聖】は下段に構えます。
いえ、下段に構えているというよりは、剣を下ろしているという状態でしょうか。
片手で持っているだけの状態。
自然体ですね。
それがこの【剣聖】のスタイルなのでしょう。
「っ!?」
私が構えた途端に、何気なく、本当に冷蔵庫にジュースでもといった感じで一歩を踏み出して、そのまま私の間合いに……。
(これはもう見ました!)
下段から私の首筋に迫る斬撃。
自然に、あくまでも自然に腕を持ち上げただけの動作。
一度見たことのある動作だったので、なんとかそれを攻撃だと認識することができました。
これなら受けられます。
そして……。
(不用意過ぎますね!【受け流し】!)
薙刀士のスキル【受け流し】。
薙刀に触れた相手の体勢を問答無用で崩すスキルです。
どんな達人であろうと、重心が少しズレるだけで隙が生じるものです。
……?
効いていない?
いえ、信じられないモノを目撃しました。
【剣聖】の持つ竹刀が手の中で回転しています。
こちらのスキルが発動した一瞬、その一瞬だけ竹刀から手を離していたのです。
スキルは竹刀にだけ作用し、手の中で回転させることでその力を逃がした……、とでも?
(【受け流し】を受け流された?)
ありえない……。
でもっ!
この状態はスキルが不発に終わっただけで、普通に受けたのと同じ。
状況は私が有利。
私が攻撃する番です。
一歩下がり、詰められた距離を再び取りつつ、下段、脛への攻撃。
(【打ち返し】)
カウンタースキル。
倍速の打ち下ろし!
も、当然のごとく受けられます。
ありえない……。
これもありえません。
いつ竹刀を足元まで移動したのか?
攻撃が来てからではなく、こちらが仕掛ける前から動いていたとでも?
(まだっ!)
まだ私の距離。
一歩引いた分、獲物の差でもう一度攻撃できる。
逆側の石突で顎を……。
(あっ……)
私の首筋に【剣聖】の竹刀が突き付けられ、遅れて私の薙刀が彼女の顎の前で止まりました。
一瞬、ほんの一瞬彼女の方が早かった……。
「参り……、ました……」
条件は私の方が良かったはず。
いつの間にか距離を詰められていたことも驚きですが、それ以上に剣速が異常でした。
下段を受けた後に、私の攻撃よりも早く切っ先が返ってきました。
これもありえない……。
(負けて、しまいましたか……)
一瞬の差でした。
私がもう少し早くなぎなたを振るうことが出来ていれば……。
(思ったよりも戦えた?)
思ったよりも【剣聖】との差はなかった……。
妙な剣技やスキルへの対応に戸惑いはしましたが、彼女の動きになれればもう少し戦いようはあるでしょう。
もっと圧倒的な差があると思っていました。
私と彼女の差はほんの一瞬……。
(なのに……)
理解してしまいます。
その一瞬は埋まることはないと……。
この一瞬を埋める為だけに競技者達は一生を掛けて剣を振るい続けるはず。
それでも埋まらないのがこの一瞬。
『北の剣聖』のように努力に努力を重ね、生きているうちにその一瞬を手に出来る者もいるようですが、そこに到達できるのもまた、世界中を探しても一握り。
でもこの娘はその人達とも違う。
星野千春。
この娘は大学に入学し、ダンジョンに入るまでは武道どころか運動部にすら入っていなかったのだとか。
剣を握ったその日にゴブリンを真っ二つにし周囲を驚かせたといいます。
恐ろしいまでの才能……。
最初から一瞬を持って生まれてきた女。
これが【剣聖】。
これが『日本最強』。
これが星野千春……。
「ステータスの差だと思う?もう一回やろうか?」
「いいえ、何度やっても結果は同じでしょう」
私では勝てない……。
「そう?最初の攻撃を防いだところまでは良かったけど、思ったほどではなかったね。でも私は使ってくるスキルを知ってたからかな?まあそれでも岩田さんや熊のオジサンよりは強いみたいだね。流石は【槍王】、かな?」
くっ。
私にも思うところはあります。
距離を詰めてくるのがわかっていれば、右手は引いたままでよかった。
その一瞬さえ……。
いえ、そもそも【受け流し】が受け流された時に、驚いて一瞬遅れてしまった。
その一瞬がなければ最終的には……。
最近純粋になぎなたを振るという機会も少なかったです。
もっと練習を積んでいれば、努力を続けていれば……。
「……用が済んだのなら帰ってください」
勝負にタラレバはありませんね。
何かを賭けた真剣勝負でなくてよかったと思いましょう。
「……また来るね。それまでに練習しておくといいよ。あ、一つ聞いていい?」
「………」
早く帰りなさいと怒鳴りたいところですが、こちらは敗北した身。
答えるかは別として、聞くだけは聞きましょう。
「強力な火魔法を使う冒険者に心当たりはある?」
「日本でですか?海外なら某国の第二王女が有名ですが、日本となると……。上位ジョブで【爆炎術士】を持つ矢吹さんくらいでしょか?」
協会の職員として個人名を出すのはどうかと思いますが、矢吹さんは『天空の女王』と並ぶと称される有名な魔法使いなので構わないでしょう。
「もっともっと強力な術士だね。知らない?」
「わかりかねますね」
「そう、こっちは手掛かりもなさそうだね。じゃあ私も帰る」
この質問に何の意味があったのか、【剣聖】は帰っていきました……。
︙
︙
先の模擬戦、負けはしましたが意味はあったと思います。
これも【剣聖】の策略でしょうか?
なぎなたの練習をしたくなりました。
【剣聖】を見送った後はフォーメーションA、D、Z、全ての解除を確認し、私は休日へと戻ります。
今日はサプライズの打ち合わせ予定でしたが、春樹さんに少し模擬戦に付き合ってもらいましょう。
(倉庫にいらっしゃいますね。模擬戦の前に慰めてもらいましょう)
【剣聖】に虐められたのだと、春樹さんにチクってやります。
後で【剣聖】をぶっ飛ばしてくれるのはもちろんのこと、さぞ優しくしてくれるに違いありません。
むふふ。
私が勧誘されていることを知ったら、ヤキモチも焼いてくれるかもしれません。
あの【剣聖】も意外と役に立ちますね……。
「ただいま戻りましたー。お待たせして申し……」
寝てます。
私が【剣聖】に虐められて辛い思いをしていたというのに、ずいぶん幸せそうな顔をしています。
(むむむむむむ。女神の夢を見ているのでしょうか?)
ニコニコしています。
ズキリと胸が痛みます。
この笑顔が自分以外に向けられていると考えるだけで、カッなって……。
「あつつっ!はっ、夢、じゃない!いたい!痛いです!」
無意識に頬を抓っていました……。
「春樹さん!立ち合いをしましょう!」
他の女の夢を見るなんて、遠藤さんなら浮気と判定するはずです。
お仕置きが必要ですね!
「ええ?急に?まあいいですけど。俺もちょうど霞さんと模擬戦をしたいと思ってましたし……。あ、その前に一つ聞いてもいいですか?」
聞きたいのはこっちです。
一体誰の夢を見ていたんですか?
「……どうぞ」
でも聞くのは怖い……。
お仕置きの後にしましょう。
その方がきっと素直に話してくれるはずです。
「火魔法を使う冒険者に心当たりはありますか?物凄い強力な魔法を使う人です!」
「むむむ?」
先程も同じことを聞かれたような?
まさかその女の夢を見ていたとでも?
どうやら探す必要があるようですね……。
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