第297話 聖女様はメインヒロインフラグ【桑島美幸】その1

SIDE:桑島美幸(『聖女様』)


「うむ、話は分かった。では調整するので……1ヶ月後だね。この日なら大丈夫そうだ」


 会長に外出の調整をしてもらおうと話をしたところ、次回の私的な外出は1ヶ月後だという無慈悲な宣告を受ける……。


「明日、明日は休みなんです。電車一本の場所にちょっと行ってくるだけなので、どうにかなりませんか?」


「君が電車に乗るなんてとんでもない。自分の立場を理解してくれたまえ。それに今からじゃ護衛の調整が利かないからね。今日は親睦会があるから明日は自宅待機をお願いする。以前からそう決めていたじゃないか。普段、君についている者たちが省庁の垣根を越えて交流する大事な会でもある。どうか息抜きはそこでしてくれたまえ」


 親睦会ではお酒が入る。

 護衛のことを考えれば、全員が参加するには私が翌日に部屋から動かないことが条件となる。

 明日の事なので当然護衛の調整は利かない……。

 何より先日みんなとの打ち上げに参加するために、護衛の人達の予定を変えてもらったばかりなので我儘は言えない……。


「わかり、ました……。失礼します」


「ああ、桑島君。親睦会には私も参加するので一緒に……」


 会長は悪い人では……、違うかな?

 悪い人だが私には優しい。


「あれ?山田さん?山田さんじゃない?久しぶりー。元気だった?」


「おお、桑島さん。お久しぶりです!いつ以来でしょうか?今やすっかり有名人ですね」


 会長への面会待ちのソファーに懐かしい顔を見つけた。

 昔、地方でレベル上げをしていた時にお世話になった人だ。

 色白でカワイイ子なのに、仕事もできるし、ダンジョンでも頼りになるのだ。


「今は千葉にいるんでしょ?あそこ、私の同期がいるの。霞ちゃんっていうんだけどね……」


「ひっ!……あ、あの、どうかここで会ったことは誰にも言わないでください。お願いします!どうか……」


 再会を喜んでいてくれたのに、一瞬でその笑顔が曇ってしまった。


「山田さーん、お入りくださーい」


「し、失礼します。桑島さん、秘密でお願いしますね!」


 会長室に呼ばれてソソクサと行ってしまった。

 最後にもう一度振り返って念を押して……。

 霞さんの名前を出した途端に焦った山田さん、そして会長への面会……。

 色々繋がってしまう。

 会長は千葉支部を調べている。

 きっと山田さんは会長が送り込んだスパイに違いにない。

 本部から送り込むと疑われるから態々地方から送り込んだのだろう。

 あんなに怯えるなんてただ事ではない。

 顔色も良くなかった。

 きっとやりたくもない仕事をやらされて心身ともに疲れているのだろう。

 やっぱり会長は悪い人なのだ。


(男なんてみんなサイテー!)


 男の人は嫌いだ。

 私は小さい頃から男の子に、胸のことで牛とかお化けとか揶揄われてきた。

 中学に上がった頃からは厭らしい目で見られるようにもなった。

 それは同級生だけじゃなくて教師たちからも……。

 怖い目にもたくさんあったし、そのせいで色目を使っているとか、同性からも白目で見られることも多かったせいで碌に友達もいない。

 学生時代は近寄ってくるのはそういう人ばかり。

 何とか目立たないように努めて、大学生活も残り僅かという頃……。

 就職活動をしている時に、冒険者協会の試験で彼女に出会った。


(霞ちゃん。本当の『聖女様』……)


 私は今でこそ『聖女様』なんて呼ばれているが、全て彼女のお陰、彼女の受け売りなのだ。

 私の一人でも多くの人を救いたいなんて大仰な発言がテレビで取り上げられたこともあったが、それも霞ちゃんの真似にしか過ぎない。

 あの日、ゴブリンの死骸を見て吐き出してしまった私を無理矢理立たせて10階層まで連れていってくれた……。

 最初は何てヒドイヤツなんだって思っていたけど、あれがなかったらその場で不採用。

 10階層には行けず【治療士】のジョブも得ることは出来なかったのだ。

 筆記試験は散々だったはずなのに結果は見事にジョブ採用。

 霞ちゃんと同僚として働けるようになったのはよかったけど、それも束の間……。

 第一次ダンジョンブーム。

 あの当時のことは思い出したくもない……。

 毎日人が死んで職員達ももはやそれが普通だと諦めていた中、霞ちゃんだけが冒険者を心配して戦い続けていた。

 私はただそれを見ていることしかできなかったのに……。

 彼女が限界を迎えた後に、その仕事を引き継いだだけなのに……。

 『聖女様』だなんて分不相応な呼ばれ方をしている。

 あの頃、私は彼女は無敵の人なんだと思っていた。

 男の人よりも強くて、私に絡んでくる冒険者もちょちょいとノしちゃう彼女に幻想を抱いていた。

 だから霞ちゃんに限界が来るまで、その辛さに寄り添ってあげることが出来なかった。

 彼女の本当の苦しみに気が付いたのは、ちょうどさっき会った山田さんと一緒にダンジョンに潜っている時だ。

 彼女が千葉に移った後、本部で彼女の代わりに戦うために、私には力が必要だった。

 何日もダンジョンに泊まり込んで、毎日吐きながらでも頑張れたのはダンジョンが見せる夢が原動力となっていたからだ。

 霞ちゃんがいかに苦しんできたかの夢……。

 霞ちゃんは一つも悪くないのに、ごめんなさい、ごめんなさい、と一人部屋の片隅で泣きながら謝り続ける彼女の姿を見せられて、彼女も私と同じ普通の女の子なんだということに気が付いた。

 それが無かったら私はレベル30まで頑張れなかったし、【聖女】というジョブも得られなかっただろう。

 今の私があるのは全て彼女のお陰。

 だから本当に『聖女様』なんてと呼ばれるべきなのは、彼女であるべきなのだ。


(いいえ、私なんかが聖女なら霞ちゃんは女神様だよ!)


 霞ちゃんのお陰で友達もいっぱいできた。

 ミアちゃんやアネゴちゃんたち本部の女性冒険者達だ。

 この前の打ち上げは楽しかった。

 【聖女】になってからはみんなとお酒を飲んだの初めてだったかもしれない。

 普段虐げられている生産職や不遇職の彼女たちをあんなにも笑顔にできるなんて、やっぱり霞ちゃんは女神なんだと思った。

 会が終わった後も、霞ちゃんが家に来て泊っていってくれた。

 一緒のベットで寝て、色んな話をした。

 久しぶりの幸せな時間……。

 久しぶり……。

 最近霞ちゃんは家に泊まりに来なくなってしまった。

 私が本部に閉じ込められてからは心配をしてよく泊まりに来てくれていたのに……。

 原因はわかっている。

 最近できたとかいう婚約者の存在だ。


(春日野春樹!!)


 打ち上げには春日野春樹を見極めるために参加したといってもいい。

 もちろんみんなをお祝いしたいという気持ちはあったけど、それよりもあの霞ちゃんが好きになった人っていうのがどういう人なのか見てみたかった。

 いい人なら諦めも付く、でも悪い人なら……。

 そう思い、参加した。

 嫌がらせで霞ちゃんとの間に割って入り、壁に押し付けたり、踏んづけたり、霞ちゃんに見えないように抓ってみたりしたけど、春日野春樹はニコニコしているだけ。

 

(アレは変態に違いない!)


 聞けば高校生、霞ちゃんは若さに騙されているのだ。

 女神たる霞ちゃんには相応しくない!

 私が、親友の私が何とかしなければ……。





「どうなさいました?『聖女様』」


「あ、いや、ちょっとコンビニに行こうかなーって思いまして……」


 たいして楽しくもないどころか、男の人に囲まれて不快でしかなかった親睦会を乗り切った翌日。

 なんとか外へ出れないかと、意を決してエレベーターホールまで来たけど、警備の人に止められる。

 私の護衛はお休みだけど、本部ビルの居住区格にいる警備の人たちだ。


「買い物なら私が代わりに行って参ります。部屋までお持ちしますので、『聖女様』はお休みください。何を買ってくればよろしいでしょうか?」


「ごめんなさいね。えーと……」


 二人の警備員の内、女性の方が買い物を買って出てくれたため、脱出に失敗する。

 適当なお菓子とアイスをお願いして部屋に戻るフリをする。

 どうしたものか……。


「……何してるの?」


 ビックリした!

 一人になった警備がトイレに立たないかと伺っていたら、いつの間にか『剣聖ちゃん』こと、千春ちゃんが後ろから声を掛けてきた。

 彼女は私の隣の部屋に住んでいるのだ。


「あ、千春ちゃん。今日はお休みなので出かけたいんですけど、許可が下りなくて……。どうにか抜け出せないかなー、なんて……。あはは」


 ちょっと不思議ちゃんなところなある彼女だけど、出掛けた時には甘い物をお土産に持って来てくれたりする、優しい一面もある。

 悪い子ではないのだ。


「どこか行きたいところがあるの?」


「千葉支部!わっるいヤツがいるから懲らしめに行かなきゃ!」


 悪いヤツと言えば春日野春樹!

 霞ちゃんから話を聞けば聞くほど、彼女に迷惑を掛けるク〇ガキでしかない!

 アイツを懲らしめてその本性をあぶりだしてやるんだから!


「千葉……。付いて来て」


 少し思案したと思ったら、私を部屋に招く千春ちゃん。

 この子の部屋はぬいぐるみでいっぱいだ。

 かわいい物が好きという訳では無く、クレーンゲーム自体が好きなんだとか。

 偶にここから抜け出しては景品の人形を持ち帰ってきている。


「これ着て。髪も後ろで束ねて、サングラスも……。私の護衛のフリをすれば外に出られる」


 黒いスーツを渡される。


「そんな作戦が!持つべきものは良き隣人ね!でも気付かれない?」


「私の場合は出る時はほとんどフリーパス。ここには何人も暮らしているし、護衛も日によって違うから、全員は覚えていない。堂々と胸を張ってれば大丈夫」


 そうかな?

 確かにこの本部ビルの上層には希少な特殊スキル持ちやレアなジョブ持ちが何人も住んでいる。

 家族でも入るのは難しいのに、出るのは簡単だとは聞いている。

 もしかして、さっき私が止められたのは一人だったから?

 ムムム。

 ウエストキツイ……、千春ちゃん、私より背が高いのに。

 それに……。


「あの、スーツ、前留められないかも……」


「は?……チッ。やっぱり猫背で歩いて、胸は隠してね」


 冷たく言われた……。





「千春さん、お出かけですか?」


「ちょっと下まで行くだけ」


「そうですか」


 警備の人は一瞬こっちを見たけどそれだけだった。

 エレベーターのボタンを押してくれる。

 チンッとエレベーターが昇ってきて扉が開くと、中からもう一人の警備の女性が出てくる。

 手にはコンビニの袋。

 もう戻ってきたみたい。

 ドキドキしながらすれ違う。


「ふうー」


「フッ。ちょっと楽しいね。こういうの久しぶり。最近はもう、誰も私の事を止めなくなったから。フフフッ」


 扉が閉まったところで安堵のタメ息付くを私を見て、千春ちゃんが笑う。

 か、かわいいー。

 お隣さんだし、友達になれればいつでも遊そんでくれるかも?

 なら会話を広げないと。


「どうして協力してくれるの?」


「私も千葉支部には用があった。『槍王様』って知ってる?」


「え?うん。彼女に用があるの?」


 『槍王様』は霞ちゃんのことだ。


「そう。……私もソイツを懲らしめにかな?」


 なんですと?


「あの、彼女、悪い子じゃないよ?千春ちゃんに何かしたのかな?」


 恐る恐る聞いてみる。


「殺されかけた、かな?ちょっと冗談で仕掛けただけなのに、明確な殺意を向けられたね。あの時は本当に怖かった……。だからその仕返し。それと……」


 ウフフと妖艶な笑みを浮かべる千春ちゃんにゾクッとする。


「そ、それと?」


「彼女には運命を感じる」


 な、なんですとーーー!!!



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