第八章 聖女と悪女と剣聖とただの人

第296話 幼馴染は剣聖フラグ【剣聖ちゃん】その1

SIDE:星野千春(『剣聖ちゃん』)


「いつ50階層に行くの?」


「千春、今はその話をするじゃないだろう?」


 青先輩が咎めるように言ってくる。

 今日は週に一度のミーティングの日。

 参加メンバーは木下青、今海人、古田幸也、上原明日香、そして私、星野千春の『ブルーオーシャン』の5人だけ。

 ダンジョンに入っていない限りは全員で集まって今後の方針や、次回の冒険の準備状況を確認する。

 今でなくて、いつこの話をするのか?

 この後、『ブルーオーシャン』のサポートメンバーを含めたがあるが、そこですればいいとでも?


「じゃあ、次はいつダンジョンに行くの?」


「「「「………」」」」


 質問を変えたが誰も答えない。

 男性陣3人が明日香先輩を見るが、明日香先輩は俯いたままだ。

 彼女は先月、48階層で大怪我を負った。

 あの時は焦ったけど、幸いなことに一命は留めた。

 でもそれ以来『天空の女王』は飛べなくなった……。


「はぁ。明日香先輩は戦わなくていい。後ろで青先輩に守られてるだけで、付いてくるだけでいい」


「……無理よ、怖いの。ダンジョンに入ったらあの夢を見るに決まってる。奥には、……行けない」


 震える明日香先輩の手を海先輩うみせんぱいが握り締める。

 公表はしてないけど、週刊誌などで言われている通りこの二人は付き合っている。

 明日香先輩は落ち着きを取り戻し海先輩と頷き合うが、実際には何も解決していない……。

 あれから一度だけダンジョンに入ったが、悪夢を見た明日香先輩が帰りたいと言い出して、25階層で引き返した。


「そう、なら4人でも構わない。45階層でレベル上げだけでもいい」


 それなら彼女抜きで行けばいい。


「ダメだ。彼女抜きでの野営は危険すぎる。食料の持ち込みも難しいんだよ?僕たちはチームなんだ。もうしばらく様子を見よう」


 40階層に行って帰ってくるだけでも一週間はかかる。

 30階層以降はサポートチームも付いて来れないので補給も受けられない。

 野営の道具や食料の運搬を考えれば彼女抜きでは難しい。

 青先輩の言う通りではある、だけど……。


「しばらく?しばらくっていつ?」


「しばらくはしばらくだよ。次のミーティングまでは自由でいいだろ?また来週ーってな。あ、千春、俺と旅行にでもいくか?おい待てよ……。なんか最近、アイツ

冷たくね?」


 幸先輩が何か言っているが無視して部屋を出る。

 先週もこの調子で話が進まなかったのだ。

 イライラする……。





「全体会議には出なくてよろしいんですか?」


 車の隣に座った護衛の女が話しかけてくる。

 最近新しく入った女で、名前は……まだ覚えていない。

 私達には複数組織からのかなりの人数の護衛が付いているけど、私一人なら付いてくる護衛は二、三人。

 明日香先輩や美雪さんには常時10人以上付いていて、外出するのにも制限が掛かっているが、私にはそうでもない。

 今、車に乗ってるのも3人だけ。

 動きからして全員自衛隊。

 普段ならこれにマネージャーとかが付いてきて後ろにもう一台車があるところだけど、こっそり抜け出してきたので今日はいない。

 今頃全体会議に出ているはずだ……。

 

「別に……」


 このまま全体会議をしたところで何も話は進まないだろう。

 テレビの出演やら、動画の撮影なんかを勝手に決められるだけだ。

 あれからずっとそんな感じだ。

 私がいなくても問題ない。

 だから逃げてきた。


「どちらに向かいますか?」


 運転手に聞かれる。

 とりあえず車を出してとだけ言っていたので、そろそろ目的地を決めないと。

 何時も護衛についてくれる自衛隊の『熊ちゃん』こと熊田さんが休みなのが痛い。

 こういう時、食べ歩きが趣味の彼女ならなにか甘い物を出してくれるお店に連れて行ってくれるのに……。

 そういえばこの運転手と助手席の護衛もいつもの人じゃないね。


「決まってないならまだお昼まで時間がありますし、少し遠出してみませんか?おいしいカレーを出してくれるところを知っているんです」


「任せる……」


 自衛隊の女性はみんな気が利くね……。





「駐屯地?」


「はい。私たちの所属する横浜駐屯地になります。ここのスープカレーは絶品ですよ」


「ふーん。まあ美味しいならなんでもいいか……」


 カレー自体は中々の絶品だったとだけ言っておく……。





『剣聖ちゃん自衛隊入り!

……か?』


 翌週、ミーティングに持ち込まれたのは今日発売の週刊誌。

 駐屯地に出入りしている私用の送迎車が映っている写真にこの見出し。

 記事の内容は『ブルーオーシャン』不仲説から、先の明日香先輩の怪我、そして私が50階層の挑戦を諦めた『ブルーオーシャン』を見限って自衛隊に入隊するというものだ。


「やられたね。大丈夫だとは思うけど、一応話を聞こうか……」


 笑顔の青先輩。

 怒ってる時の顔だ。


「美味しいカレーを出すお店があるって言われて行っただけ」


「店じゃねぇだろうが!」


 幸先輩が怒鳴るが、事実だからしょうがない。


「別に悪いことはしてない」


「会議サボったろうが!」


 ……してた。


「それだけ?誰かにあった?」


「カレー食べてたら偉そうなおじさんが来て勧誘はされた。自衛隊なら50階層に挑戦できるって」


「それで?」


 青先輩が圧を掛けてくるけど、そんなものは私には効かない。


「そういう話は青先輩にしてって言った」


「はあ。まあ断ったってことだね。それよりも護衛の女性のことが気になるね。最初からそれ目的で横浜に連れて行ったのか……」


 断ってもいないが、青先輩が自衛隊に入らないなら、私も入る必要はないだろう。


「ねぇいい機会だから言っておく。私、50階層には行く気ないから……。誰も帰ってきてない場所なのよ?行ったら絶対死んじゃう……」


 明日香先輩が今更なことを言う。

 命懸けなのはいつものこと。


「40階層もそうだった」


「40階層は海外で成功例があったでしょ!それに十分にレベルも上げてからだったし、青先輩の作戦なら絶対大丈夫って私も納得してた……。でも、これ以上は無理!怖いの!もう嫌なの!……うぅ」


「落ち着こう。大丈夫、全員の同意がない限りは50階層にはいかないよ」


「そうだぞ。明日香が行きたくないなら、俺も反対だ」


 海先輩も50階層には行かない、と。

 最初は実力者と噂のこの人がいるからとパーティーに参加したけど、今はどうでもいい存在だ。


「私、ね。スキルを使って美術品を海外に移送する仕事をしたいの……」


 幸先輩も加わり、3人で明日香先輩を慰め、ようやく泣き止んだところでポツポツと語り出した。


「なんだそれ、初めて聞いたぞ!」


 海先輩も初耳のことらしい。


「政府公認でダンジョンに入るんだから相手の国の許可もありき、安全は国が保証してくれる。元々美術品に興味あったし、冒険者やめたらそっちに進みたいって思ってた……」


「いいと思う」


 明日香先輩に同意する。


「千春!」


 珍しく青先輩が怒鳴ってくる。


「私がダンジョンで見る夢には青先輩以外出てこない。こうなる運命だった。それだけ……」


 そう言い残して私は部屋を出る。

 やめたいならやめればいい。

 私も必要なら自衛隊にだって入ってもいい。


「おい、待て!海はともかく俺もか?オイッ!」


 夢がどれだけ正確か、本当に起こるのかさえもわからない……。

 でもこのままだと高確率でそうなるだろう。

 ダンジョンはそう言っているのだ。


「……何してるの?」


「あ、千春ちゃん。今日はお休みなので出かけたいんですけど、許可が下りなくて……。どうにか抜け出せないかなー、なんて……。あはは」


 部屋を出たところで壁際からエレベーターの方を窺っている『聖女様』がいた……。


「どこか行きたいところがあるの?」


「千葉支部!わっるいヤツがいるから懲らしめに行かなきゃ!」


 千葉か……。


(あっ)


 千葉支部にはがいたはず……。

 支部なら大丈夫。

 いい機会だから会いに行ってみよう。



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