第293話 逆サプライズ

(【チャージ・槍】!)


 とにかくチャージ槍を開始。

 どうしたらいい?

 やめさせる?

 思考が追いつかない。

 一分しかないぞ。


(【チャージ・槍・武器強化・槍】【チャージ・槍・魔力アップ】【チャージ・槍・腕力アップ】【チャージ・【チャージ・槍・耐久アップ】槍・敏捷アップ】)


 思考加速、スーパーモード。

 もっとだ。

 盾の方も!


(【チャージ・盾・防具強化・盾・上】【チャージ・盾・魔力アップ・上】【チャージ・盾・耐久アップ・上】【チャージ・盾・腕力アップ・上】【チャージ・盾・敏捷アップ・上】)


 ハイパーモード、世界がゆっくりになる。

 どうする?

 あの霞さんが無謀なことをするとは思えない。

 手を出すなと霞さんは言った。

 3人でも勝てる策があるのは間違いない。

 40階層のボスであるマンティコアに勝てる策?

 霞さんはマンティコアのポップ地点を覆う様に何かの棒を地面へと刺していく。

 あれでマンティコアを飛ばせない作戦なのか?

 もしも地面に縛り付けることが出来たのなら、時間さえ掛ければ霞さん一人でもなんとかなるかもしれない。

 でも尻尾蛇の毒攻撃もある。

 『獣化』まで使った相川ならともかく、総司だと蛇の攻撃を防げないはずだ。


(二人を守りながら戦えるのか?)


 地面に何かを敷き終わった総司と相川が、同じように棒を刺していく。

 何だろう?所々に変な模様が描いてある……。


「ダーーンーースーーー、、、いーーくーーよーー!!!」


 ハイパーモード中なので相川の声が間延びして聞こえる。

 バフタイムに入った。

 もうマンティコアが湧くまで時間がないぞ。

 俺も覚悟を決める。

 霞さんを信じる。

 でも危ないと思ったらすぐに割って入るぞ。


「きょーーうーーかーーおーーおーーけーーえーーーでーーすーー!!!」


 総司の付術強化も掛かって3人がバラける。

 マジか?

 霞さんは尻尾の方に、総司は俺の方に来た、それはいい。

 でも相川は一人で頭側に向かったのだ。

 総司が俺の後ろではなく、『左目のゲート』の後ろに入った瞬間にマンティアが湧く。


(蛇!)


 ポップと同時に尻尾蛇の攻撃が霞さんを襲う。

 ハイパーモード中なので、その動きがつぶさに見て取れる。

 大丈夫、霞さんも気付いている。

 いつもの穂先を上にするなぎなたの構えから、ゆっくりと石突が持ち上げられる。

 そのまま石突で尻尾蛇の下顎をカチあげる。

 あれ?この動きは?

 石突とぶつかった尻尾蛇は不自然な加速をして上へと打ち上げられる。


(【受け流し】!?)


 スキルの効果も乗ってありえない勢いで上空にのだ。

 霞さんの槍はそのまま回転して、今度は下から穂先が尻尾蛇の胴体を狙う。

 やっぱり、これ、風車だ!

 胴体が完全に伸び切る、ほんの一瞬を狙いすました一撃。

 霞さんお得意の【受け流し】からの【打ち返し】【スラッシュ】!

 一太刀で尻尾蛇がマンティコアから切り離された。

 霞さんの技術とスキル、そして風車という技の理が組み合わさった完璧な一撃を目の当たりにする。

 これが【槍王】、『槍王様』と呼ばれるに相応しい一撃だ。


「そーーおーーじーー!!!」


 相川の叫びが聞こえたのとほぼ同時、『左目のゲート』の裏から顔と腕を出した総司も何かを呟く。


「ふーーじゅーーつーーーっっっ」


 フジュツ?

 付術?

 

(符術!?)


 、『符』か!?

 総司が突き出した手は真っ直ぐとマンティコアを指差している。

 一斉に起動する。

 【符術士】。

 総司が40階層で得た、新たな上位ジョブだ。

 紙で出来たお札に自分の持っているスキルを込めることが出来るジョブ……。

 その『符』は遠隔で発動させたり、本人以外が起動することも出来るらしい。

 しかして、その最大の特長はが効くことだろう。

 『符』を作るには込めたスキルと同等のMPを消費する。

 総司の最大MPは1680。

 先程『付術』の方のバフスキルを使っていたのでいくらかは残してあるのだろう。

 しかし、残りのすべて使っているとしたら……。

 1500ものMPを使った同時攻撃。

 【チャージ・槍】も真っ青な消費MPから繰り出されるのは総司の最大火力、水魔法の【水圧】によるウォータージェット!

 アイアンゴーレムさえ切り裂く一撃が無数にマンティコアを襲う。

 水柱が上がりこちらまでその水飛沫が届く。

 僅かに出ている夕日が虹を作り出すが、幻想的な光景とは裏腹に中はスプラッターなことになっているだろう。

 やがて攻撃が止むとマンティコアの姿が見えてくる。

 倒れ込んでいるな……。


(やったか?)


 ジョブ選択画面が出ていない。

 速やかなフラグ回収ですね。


「まだ死んでないぞー!」


 前にいる二人に向かって叫ぶ。

 ハイパーモード中なのでかなりの早口だったと思うが、伝わっていることを願う。

 マンティコアはすでに満身創痍だ。

 四本の足は千切れ飛び、這いつくばった状態。

 青い血が胴体からも噴き出している。

 だが羽と頭は無事……。


『ウニュウニャウ……、ホゲッ、グギャッ』


 残った人面の頭部がそれでも魔法の詠唱を始めるが、そこに相川が飛び込んでパンチにキック。

 詠唱をさせない。

 【部分獣化】は腕と足だけかな?

 相川の兜は口元が空いているタイプなので顔が見て取れるが、頭は相川のままのようだ。

 マンティコアは必死に羽を動かし空に逃れようとするが、それは霞さんがさせない。

 ジャンプして背中に乗り込んで羽をこれでもかと切り刻む。

 これはもう逃げられないぞ。

 一通り羽を切り刻んだ霞さんが背中にも攻撃を開始し、最終的には相川のパンチがマンティコアの目玉を貫いたところでジョブ選択画面が出てきた。

 あの娘、結構グロイことするよね。

 終わってみればマンティコアが出現してから1分程……。

 あっという間の出来事だった。


「ジョブ出ましたー!終わってまーす!」


 尚も攻撃し続ける二人に声を掛ける。

 もうやめてー、とっくにマンティコアのHPは……。

 今度はハイパーモードを解除してからなので普通に聞こえているはずだ。


「やっっったーーー!!見たかーーー!」


 相川が空に向かって勝利の雄叫びを上げる。

 それは誰に向かってなのか?

 俺か、父親か、あるいはダンジョンや女神なのか……。

 3人でマンティコアを倒してみせたのだ、俺としては参ったと言う他ない。


「あっ……」


 霞さんがマンティコアの上に倒れ込んだように見えたが、どうやら腕を突っ込んで魔石を探しているだけだね。

 霞さんにもグロ耐性ありです。

 後頭部を狙わないと思っていたら、背中から魔石を目指して攻撃していたということだろう。


「どうよ、春樹?」


 『左目のゲート』に隠れてた奴がドヤ顔で何か言ってくる。

 いや、コイツの魔法ありきだけどね。

 すげえ攻撃だったぞ。


「総司、発動が遅い!」


「あ、いや、この『ゲート』が遠すぎてさ。今度はもっと近くに『ゲート』出してくれよ」


 戻ってきた返り血で真っ青な相川が総司に文句を言い、濡れてすらいない総司が言い訳をする。

 確かに最初の一撃は発動が遅れてたね。

 でも湧いた瞬間っていうのは難しいのだ。

 少しでも早いとあの符術の攻撃は全部外れてたからね。

 俺も何回もやって、それもハイパーモードが使えるようになってからようやく出現と同時にというタイミングを掴んだくらいだからね。

 前回のマンティコアの時も様子見で離れて始めたし、初見での湧いた瞬間を狙えというのは無理があるね。


「どうでしたか?逆サプライズ、大成功でしょうか?」


 マンティコアの上から結構な距離をジャンプしてきた霞さんが、魔石を差し出しながら言う。

 すごいジャンプ力だし、スタッと着地したね。

 そして魔石はデカい。

 これ一個で100万円くらいするかな?

 実際に取り出せる電気の量は30万円分くらいだけど、希少だし、一気に取り出せる電気がうんたらかんたらで、100万円くらいするらしい。

 でももう一階層進めば、普通に出てくるスケルトンが持ってる武器が200万円だから何とも言えないね。

 まあ武器の方は数が出回れば値段は下がっていくんだけどね。

 そう言えば前回の魔石見てなかったんだけど、どこにしまったのかな?


「いやー、寿命が縮みましたよ。大成功です」


「あっはっは。それもあったね。ここ40階層ー!これサプライズー!あっはっは」


「ミアさんにもこれやるのかー。泣かないかな?」


 相川が俺の物真似して大笑いする。

 総司はすでに次のターゲットの心配をしている。

 グヌヌ、こいつらめ。

 しかし霞さんのサプライズのレベルが上がっているのが気になるね。

 これからは仕掛ける時も用心しないと。


「ウフフッ。喜んでくれたようで何よりです。さあ、ジョブを選んでください。、です」


「え?好きなジョブをですか?」


 槍系じゃなくていいの?


「はい。【突撃鎧士】ですよね?春樹さんらしくていいと思います」


 唐突にそんなことを言われる。



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