第292話 女神様はちゃんと仕事してました

「そうだったら?別に関係ないでしょ」


 態度悪っ!

 疑いは晴れたけど相川の心は晴れていなかったせいか、明後日の方向を向いて目も合わせずに答える。

 体育教師が謝らなかったからですね。


「夏希ぃー!」


 腕を振り上げる熊親父。

 危ない!

 平松流には盾技がない。

 ……そう思っていた時期が俺にもありました。

 ※平松流十文字槍術は両手で扱う槍の流派です。


(奥義、人間盾!)


「相か、どわっ」


「うわっ」


 ドンッ、ガタガタッ。

 あれ?

 勢いよく総司が熊親父に体当たりして二人が倒れた。

 玉突き事故だ。

 ゴーレムみたいに手足は取れてないからセーフだね。

 取れていてもダンジョンに連れて行けば繋がるのでセーフということで。

 相川と熊親父の間に総司を割り込ませようとしたんだが、総司も同じことを考えていたらしく、ちょうど一歩を踏み出そうとしたところで背中を押してしまった。

 結果として二人分の力が加わった体当たりを熊親父にお見舞いしてしまったという訳なので、……事故です!

 くんずほぐれつ、相馬さんが喜びそうな展開だが奥義は失敗。

 流石は奥義、簡単には体得できない!

 まあ必要もなかったんだけどね。

 熊親父の手は振り上げられただけで、下ろされることはなかったのだ。

 カッとなって振り上げたけど冷静さを取り戻したのか、ちょっと驚かせようと思っただけのか、何れにしても娘に手を上げる気はなかったようだ。


「総司、大丈夫?」


 娘が駆け寄るのは総司の方。

 総司の手を取り立ち上がらせる。


「何をするんだ!」


 すいません。


「それはこっちのセリフでしょ!娘を殴ろうとして!私はカンニングなんてしてない!娘を信じられないなんてサイテーだよ!」


 あらら。

 そもそも学校側からなんて聞かされてここに来たのかもわからないし、確認のつもりで言ったのかもしれない……。

 この子は絶対やってませんって言いながらここに入ってくるのも難しいだろう。

 それにあの返事も卑怯だったと思う。

 心配して来たのにあんな態度なら怒りますよ。


「やってない?ハッ!そうか。コイツがカンニングしたのに巻き込まれたんだな!さっきコイツの謝る声が聞こえたぞ。そうなんだな?」


 これもタイミングが悪かったね。

 総司がデカい声で謝ってたのは廊下まで聞こえていたらしい。


「違う!総司は私の代わりに謝ってくれたの!」


「カンニングをしてないならなんで謝るんだ?お前、やっぱり……」


 あー、『やっぱり』はダメだよ。


「やっぱり?……もういい!顔も見たくない!このク〇親父!」


 マ!

 相川は生活指導室を飛び出す。


「相川!」


「な、夏希、待ちなさい!」


 総司が相川を追いかけて、熊親父も後を追おうとするが……。


「待ってください!誠に申し訳ありませんでした!私がお嬢さんのカンニングを疑いました。ですが、それは間違いでした。お嬢さんはカンニングなどしておりません。それだけは誤解なきよう!本当に申し訳ありませんでした!」


 体育教師が急に熊親父に謝罪をして止める。

 流石に土下座ではないが、90度の深いお辞儀だ。

 さっきはプライドが邪魔してか、相川には謝れなかったけど、悪いとは思っていたようだね。

 あとで相川に教えてあげれば多少は気が晴れるかな?


「間違い?じゃあすぐに追いかけないと!」


「お待ち下さい。私は学年主任を任されている者です。私も彼女を疑ってしまった。私からもまずは謝罪を。申し訳ありませんでした。……先程、夏目君が謝っていたのは娘さんの普段の授業態度についてです。今回カンニングが疑われたのもそのせいですね。そのことについて少しお話を聞いて頂けませんか?伺いたいこともございます」


 立ち上がった学年主任が再度熊親父を呼び止める。


「じゅ、授業態度ですか?しかし……」


 扉の方を気にする熊親父。


「娘さんならに任せておけば大丈夫でしょう。春日野君、二人をお願いします。彼ならば滅多なことは起こらないでしょう」


 え?俺?


「彼ですか?いや、しかし……」


 ね?

 総司に任せておけばいいんじゃない?

 どうせ行先はダンジョンだし。


「確かに、彼ならば大丈夫だ」


「私も気になることがあります。相川さんから是非お話を聞きたい。さ、春日野君行きなさい」


「会長、お疲れ様でした!」


「すまん、春日野、頼む」


 教師からの謎の後押し。

 オウボウだー!

 それとやっぱり変なの混じってるよね?

 さっきと違う教師のような……?

 しかも体育教師まで俺に行けと言う。

 担任を見るけど首を傾げている。

 坂本先生にもわからないみたいだ……。


「娘さんのことで以前からお会いしたいと思っていたのですが、中々学校には顔を出して頂けず、我々も困っておりました」


「はあ、申し訳ありません。水木さんとは顔を合わせ辛くて、イベントごとには……」


 熊親父が中心の席に座って圧迫面接が始まったので、俺は失礼しよう……。

 あ、霞さんから電話だ。

 普段ならもうダンジョンについている時間だからね。

 心配して連絡をくれたみたいだ。





「……っていうことがありまして」


 千葉支部に着いて、霞さんに遅れた理由を掻い摘んで説明した。


「はえー、その方法なら私でも資格試験受かるかしら?」


 まだ仕事中なので隣の受付の白石さんも聞いていたのだ。

 その前には『今から始める飲食店』と『お勧めキッチンカー』という雑誌が置かれている。

 『ダンジョンゲート』にキッチンカーは入らないと思いますよ?

 組み立て式のキッチンカーとかいくら掛かることやら……。


「その手の試験は事前の講習で習ったことがそのまま試験にでるので、合格率はほぼ100%と聞きます。普通に受験しても大丈夫ですよ」


「そうかしらー?心配だわー。私、筆記試験って苦手なのよー」


 霞さんの言う通り、ほぼ100%なら大丈夫だろう。

 でも折角【治療術士】になったのに協会をやめる気なのかな?

 白石さんは佐藤さんと一緒にトリプルランクの申請もしたし、今日は広報の人が来て取材も受けたみたいだけど……。


「それにしても、あのク〇教師がね。まあ許さないけど。まったく、今日は大事な日だったのにとんだ邪魔が入っちゃった」


 マじゃない!?

 大事な日?

 相川は何か予定があるのか?

 何かあるならは取りやめた方が……。


「そうですね。気分直しに『』が食べたいところです」


 来てしまった……。

 霞さんからのキーワードだ。

 『オムライス』、そう、今日は二人に40階層のを仕掛ける予定だったのだ。


「偶然ですね。今日は『オムライス』の予定なんですよ。材料は余分にあるので渡辺さんも食べていって下さい」


 なんという偶然。

 今日の賄いは総司特製のオムライスらしい。

 これは大成功の予感ですね。

 総司よ、俺の分もある?


「春日野さーん、テストどうでしたー?」


 おや、『ダンジョンゲート』から誰か入ってきた。

 声を掛けてくれたのは茜さん。

 【刀使い】の黒ギャル受付嬢だ。

 地上から来たから今日は腰に刀は無いね。

 窓口を引継ぐ時間だ。

 そんな茜さんの今日の相方は山田さん。

 新しく千葉支部に転属になった女の人だね。

 ちょっと幸の薄そうな感じの、色白で線の細いお姉さんです。

 気配も薄い色で感じにくいけど、水色。

 薄いということは斥候職持ちだね。


「もう何教科か残ってますけど、前回よりかなりいいのでライセンスは返って来そうです。ご心配をお掛けしました」


「それは良かったですね。でもそろそろ受験のことを考えて、ダンジョンに来るのは控えた方がいいです。あ、でもそれだと霞さんに会えなくなっちゃいますし、私にも会えませんね」


 受験のことを考えたら、ますますダンジョンに来ないといけないんですよ。

 いや、それがなくても二人に会いに来ます!


「むむむ。さ、春樹さん。そろそろ行かないと門限までに帰れませんよ」


 霞さんに促されて倉庫へと向かおう……。

 成績良かったので門限の方もどうにかなりませんかね?





「何その荷物?」


 総司が大仰な荷物を用意してる。

 テント用のシート、いや、ポスターかな?グルグル巻いた紙が数本。

 来年のカレンダーとか?

 カレンダーといえば総司の部屋にある【軽装士】のお姉さんのカレンダーだけど、その【軽装士】さんの動画チャンネル復活したみたいだね。

 新ダンジョンの配信するって、申請の動画を上げていた。


「ん、ちょっとな」


 邪魔にならないといいけどね……。

 5時を過ぎてすぐに霞さんが来てくれたので、まだ日は沈み切っておらず明るい。

 今回のサプライズは二人を驚かせたらすぐに戻って来る予定だ。

 マンティコアとは戦わない。

 なので暗くても大丈夫なのだが、大きな荷物を持ち込まれると脱出に手間取るかもしれない。


「準備完了です。お願いします!」


 やや気合の入った様子の霞さん。

 サプライズ大好きだからね。

 まあ霞さんが何も言わないなら荷物も問題ないだろう。


「【ゲート】」


 右手を差し出して【ゲート】使ったが、実際に出したのは『』。

 最後に『左手のゲート』を使ったのはみんなで30階層作戦の際の25階層。

 なので今日の行先は30階層、……総司と相川は

 だが、残念。

 サプラーイズ!

 この『右目のゲート』は行先は40階層なのだ。


(女神様はちゃんと仕事してました)


 始めて40階層に行った後、マンティコアの毒に犯されている時にの夢を見た。

 女神が俺の右目を覗き込んでいたので、その時に『特殊スキルの進化』または『特殊スキルの成長』が起こったのだろう。

 その後から『右目のゲート』が出せるようになったのだ。

 これによってことになる。

 つまり、『右目ゲート』と『左目のゲート』間でもワープが出来るようになったのだ。

 今までは『右手のゲート』が帰るために倉庫に固定されていたけど、両目の方の『ゲート』はに設置できる。

 夢で見たのような使い方も出来るね。


「春樹さん?」


「あ、すいません。【索敵】。……大丈夫。行きます」


 40階層に移動する。

 崖の上は遮蔽物がないからか明るいね。

 あとは総司と相川をあまり前に進ませないように……。

 ダッと、俺の次に入ってきた霞さんが走り出した。


「ここです!この角度!」


 呆気に取られているうちに、40階層に入ってきた総司と相川も走り出して霞さんのところに向かう。

 霞さんはマンティコアのポップ地点に槍で印をつけている。


「霞さん!危ないです!総司!ここ40階!相川!これサプライズ!」


 叫ぶ。

 何が起こってる?

 マズい、マズい……。


「逆サプライズです!!今から私達3人でマンティコアを倒すので、春樹さんは手出し無用に願います!」


 逆サプライズ!?


「なんじゃそりゃーーー!」


 夕日に俺の叫びが木霊する。

 総司と相川が抱えてきた荷物を敷いていく……。



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