第291話 平松流勉強術

『私、大学行く!』


 夏休みが明けて、吸血娘騒動があった頃だろうか?

 相川に相談があると言われて話を聞いた。

 普段の成績をなんとなく予想できた俺は、今から間に合うのかと問う。

 まあそれでも行ける大学はあるかと考えていたところに相川から思いがけない返答が来る。


『裏技があるの!ハル君にも教えてあげるから一緒の大学行こ、総司もね!』


 ステータスが作用するのは力の強さや頑丈さだけではない。

 敏捷のステータスで上った自分のスピードに追いつく目の良さ、そして思考の速度までも上がっているだろう。

 しかしこれらはダンジョンの外に出てしまえば発揮することは出来ない。

 だが、一つだけ失われないものがある。

 記憶だ。

 思い当たることはある。

 ダンジョン内で『赤影』の動画を一度見ただけで、森の中の地形や『ゲート』の位置を正確に覚えていたのだ。

 それに、スーパーモードやハイパーモードを使った時のことはダンジョンの外でも鮮明に思い出すことが出来る。

 しかも周りがゆっくりになった状態をだ。


『ダンジョンで見た夢は忘れないでしょ、それと同じだよ』


 それはダンジョンが見せる不思議な夢の特性もあるが、そこにステータスも作用しているのではないか、相川がそう考えたどうかは定かではないが、実際に記憶力は上がった……。

 もちろんステータスの補正で思考速度が上がるので勉強そのものの速度も上がる。

 ダンジョン内では記憶力だけではなく、地上より効率的な勉強が出来るのだ。

 しかし地頭が良くなるわけではないので、総司の取った作戦は教科書丸暗記作戦だったという訳だ。

 まあ近接職と魔法職ではステータスの差があるので、総司の成績が低かったのはしょうがないね。

 同じくレベルの低いバイト娘の二人も効果を実感できたのは総司と相川、両方のバフを受けた時だけだったらしい。


『これぞ平松流勉強術だね』


 相川も中々わかってきたみたいだね。

 これぞ平松流。

 すごい、やってよかった平松流!

 これ平松流でやったところだ!

 結果としてテストの成績は今までで最高。

 俺がテスト期間中、山登りばかりしてると思った?

 ちゃんと勉強してたんです。


『これは公表は出来ませんね』


 テストの結果だけを見れば、東どころか東西南北中央と、どこの大学でも行ける成績ではある。

 しかしこの勉強方法、ズルだよね?

 ステータスが高ければ高いほど効果が出るし、ダンジョンに居られる時間が長いほど効果が出る。

 3年間必死で勉強してトップを取っていた生徒会長に、二、三ヶ月ダンジョンに籠っていただけの相川が勝ってしまうのだ。

 ズルもズル、平松流である。

 でもこの方法、意外なことに知られていないのだ。

 あの雨宮先生でも気がついていない。

 ステータスが低ければほとんど実感できない上に、テストが大事な高校生の内にはレベル上げもままならないからね。

 態々ダンジョンに来てまで勉強す奴はいないし、そもそも気が付いても他人には教えない。


『では皆さんの受験が終わったら雨宮先生にお伝えして検証してもらいましょう。それまでは口外無用ということで』


 霞さんでもこうなのだ。

 知っているのは俺達3人に霞さん、それとバイト娘の二人だ。

 どこかのタイミングであの二人のレベルも上げてあげたいんだけど、【吸血】スキルの問題が解決してないんだよね。

 斯して、平松流勉強術は秘密裏に運用されることになりましたとさ。





「I is、で始まる英文を書け。先生わかりますか?」


 難しいの問題はまず体育教師に振る。


「Iの後はamだろう……、なんだこの問題は、わからん」


「I is the ninth letter of the alphabet.『I』はアルファベットで9番目の文字です」


 答えられない体育教師を見るや、すかさず相川が答える。


「じゃあ、この問題は総司」


「C!これぐらい俺にもわかるぞ!」


 簡単な選択問題なんかは総司振って、総司の疑いも晴らしておく。

 じゃあ次は総司、ってなったらマズいからね。


「あれ?発音が悪かったですか?じゃあ学年主任、お願いします」


 リスニングの問題は学年主任や担任も巻き込んで正しい発音で行ってもらう。


「あ、この問題、私が間違えたヤツだね。ちゃんと覚えたよ」


 間違えた問題もちゃんと復習済み、エライ。


「英語のテストは以上ですね。先生方、相川にカンニングはありましたか?」


「ぐぬぬ……」


「全問正解です。不正はありませんでした。お見事です」


 言葉に詰まる体育教師と素直に負けを認める学年主任。


「そうだ、答え合わせ!テストが戻ってきて答え合わせをしたから答えを覚えていたんだ。これは無効、無効だ!」


 体育教師はまだ負けを認めないね。


「先生、テストっていうのは生徒に学力が身に付いているか調べる為のものでしょう?例えテストが終わった後だとしても、問題を出されて答えられるならそれは身に付いているということ。相川は自分が間違った問題も答えられました。これ以上のことはないのでは?」


「いや、それは……」


 おや?まだ負けを認めないか?


「では次の教科に行きましょうか。まだ返ってきていない教科がいいですか?政治経済かな?」


「な、待ちたまえ。先程の英語といい、君は全教科の問題を覚えているのか?」


 政治経済のテストを作った先生が慌てたように立ち上がる。


「まあ大体は。なんなら相川に問題を出してもらって先生達に答えてもらいましょうか?ギャラリーを呼ぶのもいいですね」


 ブラフですね。

 英語は偶々昨日返ってきたから覚えていただけだ。

 昨日は打ち上げに行く前にダンジョンで返ってきたテストの確認をしていたからね。

 俺は100点で相川は90点だったから、総合点では負けるわけないと思ってのに、まさか他は全部100点とは……。


「もういいでしょう。これ以上は私達が恥を掻くだけです」


「そうですね。流石は、と言ったところだ。やはり我々も……」


「先生もそう思いますか。私は最初に話を聞いた時に……」


「女性陣もいます。その話はこの後にでも……」


 体育教師以外からの疑いは晴れたみたいだね。

 なんか別の話をしているし。


「チッ、もういい。帰っていいぞ。ホラ、さっさと行け!」


 体育教師も折れた。

 じゃあ、ダンジョンに帰ろうか。

 霞さんが待ってる。 


「カンニングしてないってわかったんなら謝んなさいよ。土下座よ、土下座!」


 あらら。

 一時間以上やっても無い罪で詰められてたからね。

 お怒りのご様子です。


「あ、相川さん!なんてことを言うの!」


「相川ー!キサマ、調子に乗るなよー!!」


 アワアワする担任の坂本先生と激高する体育教師。

 他の先生は……。

 いい顔はしてないね。

 幸いなことに相川の言葉は体育教師に一人に向けられたものだった。

 しかし、他の先生達もカンニングを疑っていたのだ。

 すでに負けを認めたので、一緒に土下座しろと言われたらするしかない状況……。

 こんな顔にもなる。


「春樹君、なんとかして!」


「ハンッ。ハル君は私の味方に決まってんでしょ」


 担任が俺に助けを求めるが、相川はそれを鼻で笑う。


「相川、お前が悪い」


「え?」


 これ以上は良くないだろう。

 カンニングはしていないが不正はあった。

 いや、身に付いているのだから不正ではないんだけど、条件が公平ではないから不正を疑われたのだ。

 ここは引いておくべきだろう。

 相川に全面的に味方するのは総司の仕事だし。


「普段の授業態度が悪いから疑われるんだ。俺だってお前が俺より成績がいいなんて納得いかん」


「はあ?ハル君はテスト前なのに山登りとか言って意味不明な遊びしてからでしょ?」


 ぐぬぬ。

 口の減らない奴だ。

 その山登りの成果が待ってるから覚えてろよ?


「いいから先生達に謝れ」


「すいませんでしたー!」


 総司が大声で謝って、相川の頭に手を乗せて下げさせる。

 いい判断だ。


「ちょっ、総司まで!」


 俺も隣に立って頭を下げると、担任の坂本先生も深々と頭を下げる。

 よし、もう一押ししておこう。


「相川は今まで家庭の事情で勉強する時間が取れませんでした。そのせいでクラスメイトともうまくいかないで学校では孤立していました。でも今は違う。家を出て自分の為に生きています。最近は大学に行くって一生懸命勉強していますし、クラスメイトとも仲良くできています。どうか先生方も応援して頂けませんか?」


 平松流の奥義、口車。


「そういう事情でしたか……。相川さんのことは会議でも何度か話題に上がって気に掛けてはいました……。また私達の負けですね。相川さん、疑って申し訳ありませんでした」


「スマン相川。疑ったことを謝る」


「いや、やってないという言葉を信じられなったことを謝る」


「いやいや、流石会長。申し訳ありませんでした」


 学年主任が謝ってくれたのをきっかけに、他の先生達も謝罪を口にする。

 ん?なんか変な人いなかった?

 体育教師はだんまりだけど、もういいだろう。

 さっさと……。


「失礼します!……あ、夏希!お前、カンニングしたって本当か?」


 熊親父登場。

 終わったと思ったら、ややこしいことに……。



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