第289話 本物の方の聖女

「じゃあ、みんなのトリプルランク昇格を祝して、カンパーイ!」


「「「「「カンパーイ!」」」」」


 無事に地上にたどり着き、みんなで30階層作戦が終了した翌日。

 俺達とは反対側の席にいるアネゴさんの音頭で作戦の打ち上げが始まった。

 ちなみに今日はちゃんと学校には行ってきて、今は夕方だからね?

 本部近くの、お酒も提供している飲食店なのだが、当然俺たちは酒は飲まない。

 夕食を食べたら遅くなる前に帰る予定だ。

 お酒をいっぱい飲む人たちは一番遠くになるように気を使われているね。

 アネゴさんと同じく、ミアさんも一番遠い席です。


「春樹さん、筑前煮がありますよ。追加で注文しましょう」


 俺の隣は霞さん、反対側は壁だ。

 向かいに総司、相川、白石さんが座っている。


『さとうさぁーん、これ美味しいですよ』


『あ、こっちもこっちも。ハイ、アーン』


 佐藤さんは相変わらず女性陣に囲まれてますね。

 ロボ子さんはちゃっかり隣の席を確保したのに周りに気圧されてか、話せてませんね。

 心の中で応援しておこう。

 同じく本堂さんのところの男性陣も別々に座っていて、女性陣に囲まれている。


『えー?【双剣士】出てたんですか?もったいなー。私、上位は絶対【双剣士】になるって決めてるんです。普段どういう風に戦ってるんですか?』


『トリプルおめでとー。あー、新ダンジョンの調査羨ましいなー』


『必ず追いつく、だから先に行っていてくれ』


 今日の参加者は作戦に参加した人だけじゃないね。

 普段、野良のパーティーで一緒に周っている女性冒険者たちが何人か来ている。

 ココア大好きココ姉さんもいるけど、このお店にココアは置いてないね。

 ココアさんと言えば、バイト娘二人は作戦期間中に雨宮先生に連れられて各ダンジョンの【料理士】のお店巡りをしてきたらしい。

 3連休で学校も休みだったからちょうどいいね。

 今日は白石さんが晩御飯を作ってから来てくれたので、今頃二人も千葉ダンジョンで食事中だろう。


「むむむ。春樹さん、筑前煮が来ましたよ。ハイ、アーン」


 おっと、向こうの席に触発されたのか、霞さんが筑前煮を食べさせてくれる。

 相川が、えぇ?って顔したが問題ない。

 ここはダンジョンじゃないんだから、モンスターが押し寄せて来るってことはないんだ。

 イチャイチャし放題ですよ。

 君も総司にアーンして上げなさい。


「頂きまッ、グエッ!」


 食べようと口を開いた瞬間、誰かに壁に押し込まれた。

 しかも俺と霞さんの間に割って入って来たぞ。


「おいしー。霞ちゃんが食べさせてくれたから美味しさ2倍だよー」


 誰?狭いんですけど?

 俺をグイグイ壁に押し付けてくる。

 でも、柔らかい……。


!?どうしてここに?」


 みゆき?

 霞さんは驚いたあと、後ろを確認した。

 視線の先にはカウンター席に座る黒いスーツ姿の人たち。

 今日は50人以上いるから貸し切りのハズなのに?

 あっ、この人のか……。


「「ええーーーっ!?」」


 総司と相川が驚きの声を上げる。

 驚きの声を上げるのも無理はない。

 この人、『』だ……。


「あれ?聞いてなかったの?最初から参加予定だったよ?ちょっと急患が入って遅れちゃったけどね。みんなー、トリプルランクおめでとー、カンパーイッ!」


「「「「「カンパーイ!」」」」」


『ぎゃっはっはっは、おかわりー』


 グイーっといったミアさんがおかわりを要求する声が聞こえてくる。

 顔はもう真っ赤ですね。

 『聖女様』もグイーっといったけど、それは俺の飲み物、じゃなくて霞さんのか……。

 ジュースですね。


「ここの筑前煮おいしいね。私、筑前煮好きなの」


 ほう、気が合いますね。

 俺も好きっていう設定です!


「むむむむ、そこをどいて下さい。春樹さんが苦しそうです。こっちが空いているのでこっちに座りなさい」


 いやいや、お気遣いなく。


「じゃあ、霞ちゃんが一個そっちにズレて、ホラホラ」


「むむむむむ。しかたありませんね」


 壁と桑島さんとの間に挟まれて、くるしそうにしていた俺を見かねたのか、霞さんの方が折れてしまった。

 霞さんが一個横に移動して、『聖女様』は霞さんが座っていた席に着く。

 俺は壁と『聖女様』の間から解放された、……残念です。

 俺が真ん中の席になるのはダメですか?

 ダメですね、はい……。


「く、く、く、桑島さんですよね?俺、大ファンなんです。クラスにも桑島さんに憧れて憧れて冒険者になったって奴もいて……。あっ俺、夏目総司って言います!」


 お前は【軽装士】のお姉さんの大ファンだろう……。

 そういえばクラスの不良少年こと南は桑島さんのファンなんだよね。

 1年の時にバイクで転んで骨折したのを治してもらったんだとか。

 そんな自慢話をしてたね。


「あら?貴方が総司君ね。じゃあお隣は夏希ちゃんね。私、霞ちゃんと同期の桑島美雪って言います。よろしくね」


 白石さんとは面識あるのかな?

 挨拶はお互いにどうもって頭を下げたくらいだ。


「むむむむむむ。どうして知っているんですか?」


 それね。

 俺のことも知ってるのかな?


「ムが多いね?今日の会のことを聞いた時に教えてもらったの。もちろん、のこともね」


 おや?

 コレって俺のことですか?

 一瞬こっちを見ましたね。

 いやいや、顔小さいですね。

 ほぼ毎日CMで見てるけど、本物は違うね。

 グラビアアイドルもかくやというプロポーション。

 顔は小さいのにとっても大きいです。

 『例の聖女』とは違う、本物の『聖女様』だ。


「む。ならば説明の必要はありませんね。彼が私の婚約者、春日野春樹さんです!」


 キラーンっと伝家の宝刀、左手の薬指にハマったシルバーのリングを見せつける。


「ムムムムムムム!よくない、よくないよ、霞ちゃん。霞ちゃんのやってることは犯罪だよ?」


 ムが多い!


「すでにお互いの両親に顔合わせは済んで結婚は承諾済みです。第一、春樹さんは18歳で、成人済み。法的にはなんの問題もありません」


「そういう問題じゃないんだよ?世間様が許さないんだから!」


 そうですね、だから秘密にしてる訳ですし……。


『そうだそうだ!言ってやれー』


『オウボウだー!』


『一人だけ幸せになれると思うなー』


 ヒートアップする桑島さんに周りも参戦。


「………」


『で、でも、30階層に連れて行ってくれたから許ーす!』


『そうそう、大事なのは愛、愛だよ!』


『高校生、初心者冒険者、閃いた!』


 しかし、霞さんの一睨みで外野は味方に周る。


「今回だってこの子達を30階層まで連れて行ったんでしょ?冒険者に危ないことはさせないって言ってた霞ちゃんはどこに言っちゃったの?コレのせい?コレのせいなんでしょ!」


 うーん。

 桑島さん、普段こんな感じなのか……。

 テレビとかで見るときはキリッとした感じなのにね。

 霞さんのことも『ちゃん』付けで呼ぶんだね。


「コレ呼ばわりは感心しませんね。私の婚約者フィアンセです。敬意を持って接してください。……春樹さん、時間もあります。気にせず食事をして下さい」


「あ、はい……」


 霞さんが桑島さん飛び越えて俺に話掛けてくる。


「ムムムムムムムム!まだ話は終わってない!ちゃんと私を見て!コレのことは会長も探してるんだからね!バレたら……」


 ドンッ!

 ひぇっ。

 霞さんが机を叩いた……。

 お店が静まり返る。


「会長?私が二番目に嫌いな言葉ですね。その名前は出さないで下さい……」


「で、でも何て呼んだら?」


 あまりの剣幕に桑島さんも尻込みする。


「そうですね。便宜的にアレと呼びましょうか。もちろん公の場以外では、です」


 霞さんがこんなに怒るなんて珍しいね。

 『例の聖女』のこともあるし、その会長はすごい悪いやつに違いない。


「んだ?なんだ喧嘩か?いいぞ、もっとやれー。ぎゃははは。お、春樹じゃん?飲んでるか?」


 騒ぎを聞きつけてか、酔っぱらったミアさんが乱入して来た。

 よくない空気だったから助かったかも……。

 立ち上がった黒服さん達も座り直したね。


「飲んでませんよ。ハル君はそっち。こっちは総司です!」


 でも酔っぱらい過ぎてて、相川もドン引きです。


「あれ?春樹が二人いる?平松流分身の術ーってか?ぎゃははは。ん?飲んでないじゃないか。オレの酒が飲めねぇってのか?……なんてな。ぎゃっはっはっは」


 大丈夫かこの人……。

 え?いつもこう?そうですか……。


「春樹さんが二人……。偶にはお酒もいいかもしれませんね」


「むぅ。私も飲む、飲まなきゃやってられない!ビールッ!」


 『聖女様』でもお酒は飲むんだね。


「オレ、日本酒ー。温かいのー!」


 もう10月、夜は冷えますからね。


「私、パフェー。メニューの上から持って来てー」


 冷えますからね?

 その後、酔った桑島さんに絡まれたりしたが、これはこれで……。

 本堂さんとか、他のお酒の入っていないお姉さん達とも色々話せたから打ち上げに参加してよかったね。

 あ、霞さんはお酒飲まないで時間になったら俺達を返してくれました。

 でもその後、桑島さんのお家に移動して二人で飲んだみたいです。

 夜の電話も桑島さんから邪魔されて怒ってましたね。

 ちなみに翌日、ミアさんの姿は見ませんでした。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る