第57話 妻から愛されていない自信
時を遡ること――夕刻。
(こんな男と血の繋がりがあるなんて……)
思わず神に抗議したいほど、アースクロットの説明はエオールの不信感を煽るものだった。
(この男を使わなければ良かった)
他に人材がいないにしても、この男だけは避けた方が良かったのだ。
せっかく治まっていた頭痛が、ぶり返してしまいそうだった。
アースクロットの説明は簡単明瞭。
そして、ふざけていた。
夫婦で会話をちゃんとした方が良いと余計なお節介を焼いたアースクロットに対して、ラトナは今からエオールに会いに行くと啖呵を切ったらしい。
本当は付き添いたかったそうだが、仕事が残っていたので、アースクロットは早々に退出。
馬車代がないということで、アースクロットが工面してきたから、きっと今日中にでも、ラトナは別邸に駆け付けるだろうということだった。
(そんなはずあるか)
話し合いの機会なら、今までだっていくらだってあった。
エオールだって最低限はラトナと話したいと考えて、手を尽くしてきたつもりだ。
それがアースクロットの説得如きで、彼女の心が一変するはずがないだろう。
大体、ラトナが馬車代を素直に受け取るはずがないのだ。
彼女は今まで欲しいものを尋ねても、腹立たしいくらいに「恐れ多い」と首を横に振るだけだったのだ。
「エオールに会うため」に、よく知りもしないアースクロットの金を使って、別邸になど乗り込んで来るはずがない。
(じゃあ、また徒歩で?)
そこまで、彼女がエオールのために頑張る理由なんてないはずだ。
(虚しい)
……けど、エオールは彼女に嫌われている自信だけはあるのだ。
(嫌われて当然のことをしたのは、私だからな)
「ほらほら、陛下直属の仕事は落ち着いているんでしょう? だったら、貴方は早く別邸に戻らないと、ラトナさんに会えないよ」
「お前の言うことを、信じろと?」
「でも、ラトナさんは僕に「行く」って言ったんだ。腹は括ったとか? ああ、そういえば、フリューエル家のことを気にしていたな。多分、貴方と彼女の昔の噂でも耳にしてしまったのだろう。……嫉妬だな。愛されているんだよ」
「待て。おかしいだろう? フリューエル家? どうして、そんな大昔のことを彼女が?」
それは遠い……子供の頃の話だ。
エオールはフリューエル家の長女を許嫁にする予定があった。
貴族社会は政略結婚が当然で、権力を分散させるためにも正統御三家と王家との間で、婚姻を繰り返すのが常だったのだ。
エオールもその規則に従って、彼女を妻にする予定だった。
……が、それはエオールが八歳の時に、ご破算となった。
血が濃すぎるために、逆に能力の制御や暴走などが目立つようになったことが明らかになってきたからだ。
だから、最近は極力血縁関係のない者との婚姻を結ぶような流れとなっている。
(ああ、本当に助かったな。あのままアイツと結婚なんてしないで済んで良かった)
血縁なんてそんなものを抜きにしても、フリューエル家の長女を娶るなんて有り得ない話だ。
(アイツには昔、嵌められた上に、女装までさせられたんだぞ……)
出来ることなら、彼女には関わりたくないし、絶対に弱みなんて握られたくないのだ。
しかし、今では知ることも少なくなったそんな昔話を、どうしてラトナが知っているのか?
(それで、フリューエル家を意識して、私と話をつけに別邸に来るって?)
馬鹿馬鹿しい。
嫉妬なんてしてくれるような可愛げがあるのなら、レイラとのことが発覚した時点で、殴り込みをかけられているはずだ。
「……ああ、もういい。とにかく、アースクロット。今、彼女が何処にいるのか分からないのか?」
「視ろって?」
「彼女の居場所が分からなければ、時間をはかることもできないからな」
とりあえず、一度アースクロットの言葉を肯定して、ラトナの居場所を確かめようとした。
(また何かに憑りつかれたのか、影響を受けているのか……)
彼女に対して申し訳ないことをしたという後ろめたさが、いつも、エオールの行動力を鈍らせてしまうのだ。
「はいはい、分かったよ。やってあげるって。従弟殿は本当に心配性だな。まっ、いいけど」
仕方ないなあ……と、ぼやきながら、アースクロットは能力解放のため眼を閉じた。
――千里眼。
万能ではないが、使役する動物や鳥などの目を通して、標的の人間の位置を正確に探ることができる能力。
一瞬、意識を他に飛ばしていたアースクロットが再び目を開いた時、しかし、彼は小首を傾げていた。
「ん?」
「何だ?」
「あれ? おかしいな。馬車が向かっているのは別邸とは逆方向だ。ここって確か……フリューエルの」
がたっと、激しく音を立てて席を立ったエオールは、アースクロットの胸倉を掴んで速攻で立たせた。
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