第56話 まさかのエオール登場です

(これ、殺されちゃうやつですよね?)


 人生終了のお知らせかと、私は抵抗することも出来ずに、彼の出方を呆然と窺っていたのですが……。

 ちゃんと燭台に灯を入れてから、折り目正しく話し始めるあたり、意外にきちんと出来た人のようです。


「俺の名前はアデル=フォン=グレイサス……」

「アデル様?」

「そうだ。まあ、格下相手に名乗る必要もないから、端折って話すことにするが……」

「いや、別に端折らなくても」


 精々、話を引き伸ばすしか私の生存方法もないのですけとね。

 けど、彼は私の言葉など受け付けず、一方的に話し始めてしまいました。


「お前も知っての通り、俺はフリューエル家の嫡男。そして、お前が逃げ出した相手は俺の姉様だ」

「……へっ?」


 何の迷いもなく「知っての通り」って前置きされても、何一つ私は知らないのですが?

 この仮面舞踏会を主催しているのが、フリューエル家。

 アデルはミノス家と肩を並べている、名門貴族の嫡男?


(つまり、その名門貴族の娘さんがセーラ様の愛人ってこと?)


「ほら、俺はきちんと名乗ったぞ。次はお前の番だ」


 アデルは腕組みをして、私の向かい側にどかっと腰をかけました。

 すべてを白状するまでここから返さないという、彼の力強い意思を感じます。


(困ったな。下手に喋ってしまったら、それこそエオール様と円満離婚をするどころか、慰謝料まで請求されてしまいますよ)


 弱り切って黙りこんでいると、アデルの手が私の方に伸びてきました。

 拷問されるのかと思いきや、私の背後を彼は平然と指差したのでした。


「今は、そこにはいないみたいだが?」

「何が……でしょう?」

「背後の女だ。お前に憑いていた奴。あれは普通の霊体じゃなかった」 

「背後?」


 振り向いてみましたが、セーラは消えています。

 まあ、彼女がいないのなら、そんなものは知らないと白を切ってやり過ごせば……。


「誤魔化そうとは思うなよ?」


 ……釘を刺されてしまいました。

 彼には、私の考えが読めるのでしょうか?

 知らぬ存ぜぬが通用しないくらい、粘着質な人なのかもしれません。


「一体、お前は何者なんだ? 姉様に訊いても教えてくれないし。さっきのだって憑依だろう? あんなことまでして一体?」

「見間違いなのでは?」

「莫迦にするな。俺は正統御三家の一つ、フリューエル家の人間だ。霊視を間違えるはずがない」


 うわー……。

 平然と言ってのけられましたよ。

 不遜というか、若いというか……。


(確かに、若そうだけど……)


 至近距離で顔を拝んでいると、整った顔立ちですが、何処となくあどけなさが残っています。

 もしかしたら、エオールより年下なのかもしれません。


「ああ、だから、お前のような怪しい女を屋敷に入れるなって、姉様には忠告したのに。まあ、結果的になるようになったのは、怪我の功名だが……」

「怪我の功名?」

「本当に分からないのか?」


 セーラの時も思いましたけど、貴族様って説明が下手なのでしょうか?

 一人で暴走して、アデルは私の無知に驚愕しています。


「私は何も知りません。先程、貴方様のお姉様が縛り上げていた男の人だって……」

「あれは、陛下のお命を狙っていた者の一人だ。今日のような舞踏会。王宮ではなく、我が家で催した理由の一つは、そいつを捕らえるためで……って。……ん?」


 ようやく、彼も何かを察したみたいです。


「お前、何も知らないの一点張りだが、まさか本当に何も知らずに、あの方と踊っていたんじゃないよな?」

「何も知らずに憑依されて、踊ってましたけど? そもそも、私はここに人殺しの愛人さんがいると聞いて……」

「人殺しの愛人? 説明が下手すぎて、さっぱり分からん。この仮面舞踏会がどういった趣旨で開催されたのかも知らないのか?」

「……趣旨って? 舞踏会って男女がくるくる回る以外に一体何の目的が?」

「どこぞの田舎娘か、お前は? いや、田舎娘でもそのくらいの知識はあるか」

「それは認めます」

「認めるのか?」


 私が堂々と頷くと即座に突っ込みが返ってきました。

 毒舌ですが、意外に面白みのある人なのかもしれません。


「この舞踏会は、そもそも……」


 アデルが一層沈み込んだ……というより、この世の終わりのような沈痛な面差しで、口を開こうとした矢先……。


「一体、ここで何をしているんだ? アデル殿」


 ぎいっと扉が開いて、その人は息を切らしながら、ずかずかと室内に入って来ました。

 暗がりでも分かる黄金の髪と、嫌味なくらい似合っている純白の正装。


「なっ!?」


 アデルは純粋に驚いていましたが、私は驚くどころか、血の気を失って倒れそうでした。

 瞬き二つ分にして、素早い移動。


 ――エオールが私を庇うように、立ち塞がっていたのでした。

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