第2話 少年は暇を持て余す
季節が巡り、ルーキスが十歳の誕生日を迎えた頃を境に、ルーキスは両親に内緒で町を抜け出し近くの森へ行くようになっていた。
住んでいる町は海沿いの崖の近くにある小さな町だ。
白い石畳で舗装された道を、潮風を感じながら、今日もルーキスは海とは反対側にある森へと向かって行く。
この町だけがそうだと言うわけでは無いが、娯楽の少ないこの世界は子供には退屈でしかなかった。
父の所蔵していた本は大体読み終わってしまったし、近所の子供と遊んでおいでと言われてもルーキスの魂は転生した老人、大人だ。
手放しで喜んで遊べるはずもなく、いつしかルーキスはこっそり町から抜け出して森で一人、魔法の鍛錬などをして暇な日中を過ごすようになっていた。
（若いって良いなあ。腰は痛くならないし、疲れても直ぐ回復するし、脂っこいモノ食べても胸焼けしないし）
そんな事を思いながら森の中で火を起こし、小腹が空いたルーキスは仕留めた猪型の魔物の肉を焼いて食している。
そのルーキスの背後には彼が仕留めた馬ほどの体高を持つ猪型の魔物が力無く横たわっていた。
（以前の体よりも魔法が体に馴染むなあ。体内に貯蔵出来る魔力量も日に日に増していくし。これから魔法使いとしてもやっていけそうだ。でもやっぱり、近接の方が好きなんだよなあ）
森に入るには適さない白い半袖のシャツと黒い短パン姿のルーキスは、焼いた猪型の魔物の匂いに釣られてやってきた狼達の気配を察知すると、口の中の肉を飲み込み「よっこいしょ」と呟きながら立ち上がった。
「腹減りかい？ 食べるんならそこの猪だけにしときな。コッチに来るなら容赦はせんぜ？」
可愛らしい顔と、声変わりも始まっていない可愛らしい声でルーキスは自分と猪の亡骸を取り囲み、木々の間から続々と姿を表す狼達に言い放ち全身に魔力を巡らせた。
特に拳に魔力を集中させてルーキスは臨戦態勢に移る。
しばらくの沈黙の後、狼の群れから比較的小柄な若い狼がルーキス目指して駆け出した。
それを合図にするように、ほかの狼達も一斉に駆け出す。
一頭や二頭ではなく、ざっと確認出来るだけでもルーキスに向かって、飢えた狼は五頭程牙を剥いて駆けていく。
そんな状況においてもルーキスの顔には笑みすら浮かんでいた。
最初に駆け出した狼がルーキスに飛び掛かる。
その狼に向かって、ルーキスは拳を固め、大きく開いた口に向かって突き出した。
本来なら噛まれて終わりの状況だが、ルーキスは魔力でもって身体を強化、拳の速度も子供の放つそれでは無い。
ルーキスは易々と狼の頭を拳で砕くと、その肉塊を掴み、次に飛び掛かってきた狼目掛けて投げ付け、吹き飛ばす。
仲間を殺され、逆上する狼達だが、目の前の人間の子供がただ者ではない事を理解したか、吹き飛ばされた仲間が死んだ仲間の亡骸と木に挟まれて気を失ったのを見て、唸りながらではあるが次第にルーキスから遠ざかっていった。
「おいおい、そっちが売ってきた喧嘩だろ。まあ逃げるなら追わんから、さっさとどっか行け」
血塗れの拳を水の魔法で洗い流し、目の前の狼達にそう言うと、ルーキスはその場に座り込んだ。
それを好機と見てか、ルーキスの真後ろにいた狼が駆け出す。
だが、その狼がルーキスの元に辿り着く事は無かった。
突然足元の地面から飛び出してきた岩の杭に全身を串刺しにされたのだ。
「まだやるかい？」
後ろを振り返る事なく、ルーキスは意地の悪い笑みを浮かべて目の前の狼達を眺める。
そんな時だった。
森の木々の間から、一際大きな狼が姿を見せた。
恐らくは狼達の親玉なのだろう。
その体高は他の狼達と比べ物にすらならず、ルーキスの討伐した大型の猪にすら迫って見えた。
その巨大な狼がルーキスを上から睨みつけるが、ルーキスはお構いなし。
すると、巨大な狼が遠吠えを一度放った。
その遠吠えを合図にするように、狼の群れはルーキスに背を向け、森の奥へと帰っていく。
「おい、この猪はやるから持って帰れ。俺一人では食い切れんからな」
人の言葉を理解しているのだろう。
群れの仲間が無事離れるまでルーキスを睨んでいた親玉は一瞬「何言ってんだコイツ」と心底理解出来ないと言いたげな表情を浮かべ、首を傾げた。
それを見てルーキスは立ち上がると、巨大な狼に背を向けて手を振りながらその場を離れていく。
今日の暇つぶしがてらの鍛錬はどうやら終了らしい。
毎日、というわけでは無かったが。
ルーキスはこうして森に入っては襲ってくる魔物達と戦い、体を鍛えて過ごしていた。
というよりはそうする事くらいでしか暇を潰せなかったのだ。
（近くに絶好の狩場がなければとうに家出していたかも知れないなあ）
そんな事を思いながら、ルーキスは自宅に帰り、迎えてくれた母の笑顔を見ながら、せめて成人するまでは一緒にいるかと半ば諦めるように微笑んだ。
そんな生活を繰り返し、気が付けば数年が経ち、ルーキスは遂に十六歳の誕生日を迎えた。
この世界における成人の歳を迎えたのだ。
そしてこの日、ルーキスと同じくして成人を迎えた新成人は町の教会にて集まり、成人の儀を執り行った。
成人の儀と言っても仰々しい祈りを行うわけでも、魔物を狩に行くという物騒なものでも無い。
ただたんに神父のありがた〜いお話を聞いて神前に祈って終わり、という簡単なもの。
その成人の儀を終え、家に帰ったルーキスを待っていたのは成人祝いの準備をしていた両親だった。
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