魔王編④

誰もいない某公園。

遠くで車が走る音やガラスの鳴き声が響き、ブランコに一人座る俺の惨めさを増長させる。


「はぁ。……ん?」


ため息をつき下を向くと、何故か、今朝と同じように俺の股間が膨らんでいた。

嫌な予感がした俺は周囲を見回した後、ズボンのチャックを下ろした。


すると、そこからキラキラした光が溢れ何かが飛び出した。


「わぁ」


その正体はやはり、あの時の魔王だった。


「お前、また性懲りも無く―――」


しかし、彼女はこちらを見向きもせず、沈鬱な表情でトボトボと歩き俺の隣のブランコに腰を下ろす。

今朝の覇気は消え去り、そのただならぬ様子の彼女に俺は思わず声をかける。


「どうしたんだ」


「……話を、聞いてくれないか」


「……話?まぁ、いいけど」


消え入りそうなか細い声で呟く彼女に耳を傾ける。


「ああ、その前に、今朝はすまなかったな。我がいる世界で諍いがあって、冷静さを欠いていた」


「どういうことだ?あんたは、この世界を支配しに来たどこぞの魔王なんだろう?」


「違うのだ。我は、元々魔王になり世界を支配する気など全く無かった。しかし、魔王は代々、世襲制によって決められるもので、この道を避けることなどできなかったのだ。だから、せめて争いのない平和な世界を作ろうと思い努力したが上手くいかない。異種族間の差別、格差、権利、その他諸々、何をやっても駄目だった」


「魔王なんだから、力と恐怖で皆を言いなりに出来たんじゃないか」


「そうだ。だが、我は」


何かを言い淀んだ彼女は意を決したように再び口を開く。


「我はただ、普通の世界で普通に生きたいだけなのだ。皆と共に世の為に働きながら、陽の光の下で花を慈しみながら、たまには酒を酌み交わしながら、慎ましく生きていたいのだ。そのためには、野蛮な振る舞いは避けねばならぬ。しかし、味方からは腑抜けと罵られ、敵はこれを好機とみて我らを討ち滅ぼそうとした。……だから、いっそ新天地でやり直そうと思ってな。つい、熱くなってこの世界を支配するなどと馬鹿なことを言ってしまった」


そして、沈黙が訪れる。


「……くだらない話を聞かせてしまったな。迷惑をかけてすまない。さぁ、そろそろ帰るか―――」


こちらを向いた彼女の表情が驚きに変わる。そう、俺の頬には涙の川ができていたのだ。


「わかる」


「な、何故泣いている」


全く違う世界の全く違う生き物なのに、同じ悩みを抱えていたなんて。


「俺の普通は、この世界にとっての普通じゃない。でも、もう諦めて全てを受け入れるしかないと思っていた。それでも、お前は長い間、自分の力でそれに抗おうとしていた。立派だよ」


「……そんなことはない。我は、世界にとっての異物なのだ。そんな生き物が対抗しようとしても、皆にとっての迷惑でしかない」


「違う!」


思わず熱くなり大声を出すと彼女は身をすくめる。


「この世界は確かに残酷だけど、自分の行動次第で覆すことだってできるんだ。それが上手くいっていないのは、ただ試行回数が足りないってだけだ。100回やって上手くいかなくても101回目は上手くいくかもしれないじゃないか」


「我はもう疲れたのだ。どれだけ繰り返せばいい。幻かも知れぬ僅かな光を追い求め、苦しみ、悲しみ、それでも進み続けるなど、狂っていなければ到底できぬだろう」


彼女は全てを諦めたように、というよりは疲れ切った様子で言葉を紡ぐ。


「我も、皆のように時代の風潮に則って生きていける生き物ならよかったのにな。他者を食い物にして無神経に笑いながら生きていき、他者によって討たれるのだ。ただ、それだけの人生ならどんなに楽だったのだろうか」


「いや、例えそれが事実だったとしても、それでも、それでもと生きていかなきゃ。俺らが"そういう"生き物として生まれてしまった以上、そうしないと後悔と言い訳を重ねて何も変わらない日々を過ごすことになるんだ。そうだろ?」


「言うのは簡単だ。だが、お主だって、それが出来ないから、ここでそんな顔をしていたのだろう」


「ああ、そうだよ。でも、そう思いながら生きていかないと耐えられないんだ。目の前の現実が俺の物語だなんて、受け入れられないんだ」


この日常を楽しもうと努力もした。

いや、現に楽しんでいる自分だって確かに存在した。

椎名との関係も良好になり、他のことに目を瞑れば未来に希望を持つこともできた。


それなのに、日々のイかれた出来事が俺の平穏を悉く奪い去っていくんだ。


「……まぁ、俺らが理想とする普通なんて、何処を探したって存在しないのかもな」


「―――それなら、二人で理想の世界を作ってみないか」


「作るって、どうやって」


「ここには勇者も魔法使いも魔物もいない。それなら、何に怯えることもない平和な空間で過ごすことも可能なはずだ」


「でも、向こうの世界のことは、いいのか」


「誰も気にしてないさ。むしろ、我がいなくなって、誰もが清々としているだろう」


そう言いながら自嘲気味に微笑む彼女の横顔には少しの寂しさが混ざっているように見えた。


「それでいいなら、いいけどさ。でも、普通の世界を作るったって、どうするんだ」


「いや、お主は何もしなくともよい」


「でも、お前がこの世界に馴染めるようには―――」


「その必要はない。我の能力で何とでもなる。それよりも、まだ互いの名前も知らないだろう」


「あ、ああ」


先程とは打って変わり堂々とした彼女の態度に口を挟めなくなってしまう。

確かに、今朝の登場時に彼女は名乗っていたが、もう記憶に残ってはいない。


そして、ブランコから立ち上がり毅然とした様子でこちらを向く彼女。

それに応じ、俺も立ち上がり彼女に対峙する。


「我の名はグンネヒルド・ブリュンスタッド・リ・マリアンヌだ。まぁ、マリアンとでも呼んでくれるといい」


「どうも。あ、俺の名前は四十竹優です。これから、よろしくどうぞ」


互いに腕を差し出し、固い握手を交わす。

これからどうなるのかはわからない。

しかし、逃れたい現実の中で唐突に訪れた非現実に、俺の胸中には何か熱い感情が湧き出ていた。

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