魔王編③

結局、皆は俺の依頼に協力してくれる気になったようで、俺たちMNK部の面々は放課後に新聞部を訪れていた。

ここなら普通人間探しのため有益な情報を得られるだろうと期待に股間を、いや、胸を膨らませたのである。


「そういや、新聞部といえばあいつがいるのか」


「あいつ?」


「ほら、俺のことを勝手に新聞にしたあいつだよ。……まぁ、いいや」


アポもノックもなしに遠慮なく部室の扉に手をかけ開く。

新聞が散乱した部屋には、多聞新が一人、居座っていた。


「えっ、はわわ!」


こちらに気づいた彼女は素っ頓狂な声をあげて取り乱す。


「おうおうおうおうおう、お久しぶりですなぁ。あん時はずいぶん世話になりましたわ」


「ま、まさか、あの時の復讐に来たんですか!?」


「せや、カチコミやでぇ」


そんな冗談を言っていると、後ろにいた南出に後頭部を叩かれる。


「なんやワレェ」


「こっちのセリフや!安易に関西弁なんて使いおって、キャラが被るやろがい!」


「おうおうおう、やんのかコラ、東京湾に沈したろかい。なんて話は置いといて、多聞さん、俺のお悩み解決に協力してくれないか」


「えっ、お悩み、ですか?」


事態を理解できず小動物のように震える彼女になるべく優しく話しかける。


「宇宙人、未来人、異世界人、超能力者に興味はありません。普通の恋を探しに来ました」


「は?」


「この学園で普通の人間、普通に何気ない会話ができて性格が破綻していない人物を探しているってことだよ」


「はぁ」


気の抜けた返事をする多聞さん。


「新聞部なら、取材の度にそういう情報はいくらでも収集していると思うんだが」


「あの、僕は不審者特集の担当でして、そういう当たり障りのない人に関する記事は他の部員に任せているんですよ」


しかし、辺りを見回しても部員の一人も見当たらない。


「誰も〜いないじゃん。いないじゃん、まーじゃん」


「あっ、べ、別に部員が一人って訳じゃないんですからね!ただ、みんなは取材に行っているってだけなんですから!」


「ぐはぁ」


突然、後方で野薔薇さんが血を吐き倒れる。


「ちーちゃん!?」


何事かと俺はすぐさま彼女の元へ駆け寄り様子を窺う。


「どうしたんだ!」


「私と違ってツンデレキャラを演じてもいないのに、ここぞという時に完璧なツンデレ構文を披露するなんて、自分の存在を否定された気分だわ」


「いや、大丈夫だって。ちーちゃんは既にネタ要員だから」


「はぁ!?ふざけんじゃないわよ!私がツンデレキャラを担当しないで、誰がツンデレキャラを担当するっていうのよ!」


うむ、放っておいても問題なさそうだ。

気を取り直して、俺は多聞さんに話しかける。


「で、今からでもまともな人間を探し出したいんだが、当てはありそうか?」


「話の展開について行けないんですけど。……まぁ、今からとなると、あそこぐらいですかね」



俺たちは現在、多聞さんの案内でグラウンドの片隅に建てられたプレハブ小屋の前にいる。

そこはマイナーな部活動の部室が集まった場所で皆からは豚小屋と呼ばれている。


「とりあえず、ここから周っていきましょうか」


「入る前から危険信号がビンビンなんだが」


「でも、アポもなしに見学できるところはここくらいしかなくて」


まぁ、この時間に校内を歩き回るよりも確実か。


そうして手始めに訪れるのはオカルト部。

ノックをするも返事はなく留守かと思い扉を開けると鍵はかかっておらず、すんなりと開いた。


オカルトグッズが散乱し日の光だけが差し込む薄暗い部屋の中心に男子生徒が三人、座っている。

彼らは押し黙り、物々しい雰囲気が漂っている。

これは日を改めるべきかと思ったその時。


「なぁ、腰を高速で振りながら心霊スポットを歩いたら童貞卒業できるんじゃね?」


静寂を裂くように一人の部員が呟いた一言は、紛れもない天啓だった。


「待てよ。俺たちは霊感がないんだから、相手が男の幽霊になる最悪のケースも考えられるわけだろ?」


「馬鹿、よく考えろよ。霊感がなく幽霊を観測できないってことは存在しないのと同じだろ。つまり、俺たちに残るのは童貞卒業って最高の結果だけになるんだ」


俺は何気なく彼らの隣の空席に腰を下ろし先を促す。


「ふむ、しかしだ。観測できないということは、童貞卒業の事実すら無かったことになるのではないのかね」


「ふっ、新入りか?愚問だな。この世界は自分の脳の認識によって構成されている。つまり、俺が卒業したと思えばそうなるのだ」


「それなら、そんな回りくどいことをしなくてもいいじゃないか」


「虚構を真実と思い込むためには、強烈な思い出が必要なのだよ」


「なるほど。じゃあ、その時は俺も連れて行って、ぐぇ」


椎名に首根っこを掴まれ、部屋の外まで引き摺られていく。


「お、おい、なんだよ」


「どう見たって普通の奴らじゃないでしょ。次行くわよ」


「ヤダヤダ~」


抵抗する振りをするが、確かにその通りだと素直に従い身を任せる。


次、行ってみよう。



次は、デ部。

部室の扉を開ける前から嫌な予感がする。


「絶対、普通じゃないでしょ」


「いやいや、デザイン部とかの略称だろ」


怪しむ椎名に対して自分に言い聞かせるように言葉を放ちながらノックをし扉を開ける。

そして中を覗くと、ホワイトボードの横で講釈を垂れるワックスで髪をデラデラに固めた男性の下、長机に座った者たちが一心に机に向かい筆を動かしている。

全員、肥満体ではなく一安心だと、室内へ足を踏み入れる。


「ほら、やっぱり何か書き物でもしているんじゃないか」


「はいっ。では次に醜いデブを励まし心の隙間に入り込む言葉を学んでいきましょう。……おっと、キミらは入部希望者かな」


ホワイトボード横にいる部長らしき人物が、こちらに気づく。


「いや、あの、どんな活動をしているのか見学しにきただけなんだが、一体何をしているんだ」


「よくぞ聞いてくれた!私たちデ部は、清潔感のあるデブはモテる、という戯言をあたかも事実として取り扱い分析し、それを情報教材として怠惰でモテないデブに売りつけて金儲けをs「はい、次行きましょ」



次は、家庭部。

家庭科部という部活があるにも関わらず、なぜこのようなものがあるのか。

絶対にまともではない。


「椎名、あとは頼んだ」


「しょうがないわねぇ。その代わり、今度、市役所デートしてもらうからね」


「気が早いなぁ」


彼女を先頭に家庭部へと飛び込む。

そこは、嫌な熱気が篭る女性しかいない空間で、エプロン姿の金髪ドリルヘアーお嬢様が部員に向かい何やら話していた。


「家庭とは戦場なり。教育現場や社会はその事実をひた隠しにしているが、何の訓練もなしに飛び込んでしまえば命を失う可能性だってあります。だから、今ここで自分の生活を自分できっちりやり遂げ、将来、良きパートナーを見つけ従える力を身に付けなければならないのですわ」


「お姉さま!」


「お姉さま!」


「シャラップですわ!しかし今の時代、愛というものは性欲を満たすため、互いが都合のいい関係を築くための手段に成り下がってしまい、良きパートナーなんぞは何処へやら。そして、いつも涙するのは女性ばかり。それなら、私たちはどうすればいいのか。……そう、答えは、キンタマですわ!」


キンタマ、キンタマと歓声が上がる。


「そう、男女の平等というものは、女が男のキンタマを掴むことによって初めて成立するのです!だから、主導権を握っているのは女性であると、世の中の男性に知らしめなければならないのですわ!」


「はぁ、ここもハズレか」


しかし、踵を返し退室しようとしたところで。


「という訳で、丁度いいわ。そこにいる男子生徒のキンタマを握りましょう」


お嬢様が俺を指差すと、部員らが一斉にこちらを向く。


「さあ、潰れないけどガッチリと掴むための力加減を身につけるのよ!」


「サーイエッサー!」


逃げようとするも、なぜか唐突に咲姫さんが俺を後ろから羽交締めにする。


「おい、何をするだぁ!」


「だって、面白そうだもの」


「「N・I・G・I・R・E、にぎれ!N・I・G・I・R・E、にぎれ!にーぎれ、にぎれにーぎれフゥフゥ!にーぎれ、にぎれ高収入!」」


妙な歌を合唱しながらにじり寄ってくる集団。

逃げようにも咲姫さんにガッチリホールドされ身動ぎ一つできない。

あと、その、背中におっぱいが、フフフ。


「誰か、なんでもするからたすけてくれ!」


「ツンデレビィーム!!」


その時であった。

俺の前に立った野薔薇さんが集団へ向けてツインテールからビームを放ったのである。


「な、なんだあれは」


「パパ、あれはツンデレビームだよ。あれを浴びると声が釘宮◯恵になるの」


「は?」


ビビビと部員らを襲うビームがようやく収まると、彼女らは次々に戸惑いの声を上げる。


「ちょっと、なによこれ!」


「大変なことになったアル」


「ああもうっ、うるさいうるさいうるさ〜い!」


あちこちで響き渡る甲高く綺麗で気持ちよくなる声。

ここは天国か?


「今のうちに、さっさと逃げるわよ!」


「え~」



「収穫なし、ですね」


「当たり前だろ!大体、どうしてあんな変人の巣窟に案内したんだ!」


豚小屋前で純粋にハテナを浮かべる多聞新に思わず声を荒げてしまう。


「え?四十竹さんにとってはおかしいことが普通じゃないんですか?」


「久々に本気でキレちまったよ。裁判所に行こうぜ」


「ひぃぃ」


はぁ。

自分では気づかないうちに、俺の青春はもう終わっているのだろうか。


「それにしてもおかしいよな。どうしてこの学園は変人だらけなんだ。進級前はそんなことなかったはずなのに」


「アンタがボッチだったからちゃう?」


「でも、少しの異変にも気づかないなんてことはないだろ。……そうだ、今までの部活は全部、文化系だったじゃないか。運動部なら、まともな奴らも―――」


そう言いかけた途端、目の前を野球部の群れがランニングしていく。


「時速60km で走っている最中に手のひらを前に向けると、風圧でDカップを揉んだときの感触を味わえるんだ!さぁ、夢の甲子園はすぐそこだ、走れ走れ!」


全員、全裸に靴下だけ履いた状態で両手を揉み揉みと動かしながら。


「……ま、潔く諦めなよ。ダーリンはもう、この世界の一部なんだから」


ああ、どこに行っても、普通なんてありゃしない。


「青春のバカヤロー!!」


俺は感情のまま、土煙を上げグラウンドを走り去った。

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