魔王編②
昼休み、MNK部の部室にて。
『せーのっ、突っ張ったらちゃんこ!道場で稽古!いちにーさんしー(はっけよーい!)ハァ?ごっつぁんですが聞こえなーい(よ〜!)どすこい!関取ちからみず!』
「何見てんの?」
「ん、今流行りのMV」
真白が持つスマホには、お相撲さんが踊る動画が流れている。
「へぇ。そんなもんが流行るなんて世も末だなぁ」
「ダーリン!そんなことより、恒例のお悩み投函箱の確認作業を行うわよ!」
「いつから恒例になったんだ」
「そんなこと、昼食を食べ終えた後でいいでしょうに」
咲姫さんは高級な食材を惜しみなく使用した懐石料理を机に広げ食している。
「金持ちアピール成金女のランチタイムを待っていたら、いくら時間があっても足りないわ!」
「はい、優ちゃん、あ〜ん」
「あ〜ん」
「ア"ァ"、何やってんの!?」
「いや、この佐賀牛の照り照りの脂がさ、俺を誘いやがるもんだからさ」
口にしたことのない数々の食材に魅了され、思わず咲姫さんと青春をしてしまった俺に椎名がぷりぷりと怒りをぶつける。
「やっぱり、この女とゴールインしたって話は嘘だったみたいね。優ちゃん、今週末、ドバイの別荘にでも行かない?」
「そりゃヤバイ。でも、パスポートがないんだ」
「私のパワーがあれば、そんなものがなくても入国できるわよ」
この女、とどまることを知らないな。
「へんっ、なんだいなんだい。夕陽の中、学校帰りで二人で味わうクレープよりも、金と命の犠牲の上に成り立った高級品を有り難がるなんて、てやんでぃ!」
「そう臍を曲げ曲げすんなよ。まっ、結局、母ちゃんが作った料理が一番美味いんだけどな」
「何言うてんねん!あの、その、せやっ、くたびれたサラリーマンみたいなこと言いおって!」
急に会話に割り込んできた南出のキレのないツッコミに、空気が一気に冷める。
「いや、そこは長年独り暮らしして実家に帰った時の中年のおっさんか、ってツッコミ待ちだったんだけど。……保健室に行くか?」
そう言うと、南出は口を抑え涙を流し始める。
「ちゃうねん、病気やないねん。ウチな、お笑い修行の旅に出たせいで、いつもみたいに勢いでツッコミができへんくなってしもうたんや(涙)。もっといい例えがあるんやないか、もっと鋭くツッコむタイミングがあるんやないかってな(涙)。これじゃ、関西人失格や(笑)」
なんで笑ったんだ。
「はいはい、茶番はもういいから、箱を開けるわよ」
俺たちのやり取りに痺れを切らした椎名がお悩み投函箱を開け、取り出したるは一枚の紙。
「一枚しか入ってないんですけどぉ」
「ま、入ってただけマシだろ」
そして、椎名はその紙を開き内容を読み上げる。
「え〜、なになに?普通の友達または恋人が欲しいです。氏名、四十竹優」
「へぇ、奇しくも俺と同じ名前だねぇ。珍しいこともあるもんだ」
「ダーリン、この期に及んで、なんて往生際の悪い……」
「いやいや、俺はそんなものを出した憶えは……」
はっ。
その紙は、MNK部設立当初、確かに俺が投函したものだった。
それにより、俺の中で忘れ去られていた大事な目的が蘇る。
「そうだ、そうだよ!この前から椎名とねんごろにゃんな関係になりかけていたが、この物語の主題はお前がメインヒロインになろうとするのを阻止することじゃないか!」
「今更余計なことを思い出してんじゃないわよ!ダーリン、こっちを向け!」
「なんだ!」
「くらえ、催眠アプリじゃ!!」
差し出されたのは紫色の光を放つ椎名のスマホ。
それを直視すると、俺の思考は渦を巻き色を変えパチンと弾ける。
「―――永い、永い夢を見ていたようだ」
「だ、ダーリン?」
「フッ。随分と、懐かしい響きだ。しかし、命を賭して紡いだ未来がこれでは、格好がつかないだろう。それとも、姫は、この様な喜劇がお好みなのかな?」
椎名姫の白く絹のような手を取り、甲に口づけを。
「ぴゃ〜!」
白は朱に、凍てついた彼女の心は春の陽気に溶けていく。
このまま、椎名姫の手を取り、どこまでも。
「ん?」
部室を後にしようと扉の前に向かうも、そこには野薔薇姫が立ち塞がっていた。
そして、彼女は無言のまま、右頬にハイキックをかましてきた。
「ゴバァ」
「こうすりゃ元に戻るでしょ」
「最近、ギャグの方向性が変わってきてない?」
―――あれ、俺はいったい何をしていたのだろう。
まぁいいや。
「いてててて。とにかく依頼は依頼、もちろん、俺の悩みも解決してくれるよな」
「それより、こんなに個性溢れる面子が揃った環境で、どうして普通なんてつまらないものを求めるのかしら?」
「普通の人間である俺にとって、この環境は毒だろ」
「さっき、魔王から世界を救った人間が言えるセリフかしら?」
ふむ、一理ある。
「よくあるよね、実は主人公が一番サイコパスだったって話」
「ふぐぅ」
なぜか椎名が涙を流している。
ようやく、自分の夢を諦めたのか、それとも、本当に俺への行為が芽生えていたのか。
少しだけ後ろ髪を引かれるが、それでも、椎名、俺は自分の明るい未来のために進まなければいけないのだ。
「一人で友達も作れないなんて、可哀想……」
「そっちかい」
こうして、今では果てしなく遠い、普通を追い求める旅がようやく始まるのであった。
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