魔王編①
朝。正門を通り抜けると、校舎前に異彩を放つ生徒がいた。
一人は、つば広のシルクハットにサングラス、毛皮のコートを着込みレッドカーペットを歩く咲姫さん。
そして、その隣には、ボロボロの道着を着た筋肉マシマシの南出。
新聞部のカメラのフラッシュを一身に浴びながら登校するその姿はまさしく、ハリウッドスターと浮浪者。
出稼ぎとお笑いの修行に出ると言っていた二人だが、まさか、たった数日でここまで見違えるなんて。
今日は赤飯でも炊いちゃおうかしら。
そんな下らないことを考えながらも、俺はあの目立ちたがり屋に見つからないように気配を消して校舎に入った。
*
「あの、咲姫さん?どうしてここにいるんですか?」
「だって、この教室で何かある度に足を運ぶのは面倒じゃない。それなら、最初からここにいた方が楽でしょ?」
さも当然のように話す咲姫さん。
そう、先程の騒動を無視して登校し、自席に着いていた後の事だった。
喧噪と共に俺のクラスに入室した咲姫さんが、何故か俺の右隣の席に着いたのである。
元々座っていた眼鏡君は教室の後方でビクンビクンしている。
「あっ、でも、もうすぐ朝礼だから戻ったほうがいいんじゃないか?」
「もう、理解しているくせに。今日から私も、このクラスの一員になったのよ」
「ぶわははははははは!そのジョーク、百点満点っ!!ぶひゃひゃひゃひゃひゃひゃ」
「ま、金と権力さえあれば何でもできるのよ。というわけで、これからよろしくね?」
「そんなことより、咲姫さん、いい加減、そのピンクのオーラを抑えてくれません?」
甘い香水のような淫乱臭を纏った彼女により、クラスメイト全員が全身からミルクセーキを噴出させ叫んでいる。
「そうね。でも、どうして優ちゃんには効果がないのかしら」
「主人公特権ってやつだな」
その言葉を受け、観念したように淫乱臭の発生を止める咲姫さん。
そして、ようやく一息。
しかし、これで、俺の左には椎奈、後ろには南出、右には咲姫さんという布陣が完成したわけだ。
いよいよ、ハーレム物のラブコメの様相を呈してきたな。
誰か俺を殺してくれ。
「椎奈、どうしよう」
「ん~?別に、どうでもいいんじゃない?」
「なんだ、今日はやけに大人しいじゃないか」
「この前の公園の件で、私、メインヒロインになっちゃったから、もう満足なのよね」
のほほんとした顔で日和ったことを言う椎奈。
「おい、まだ付き合ってもないのに勝手なことを言うなよ」
「いや、もうあれは事実上の魂の結婚ですよ。ほら、見える?そこで私の魂とダーリンの魂がちゅっちゅしてるでしょ?」
彼女が指さす宙に目を向けると、確かにそこには二つの霊魂が交じり合いちゅぱちゅぱと音を立てていた。
なにこれ。
「破ァー!!」
しかし、急に立ち上がった目の前の道着姿の南出が拳を霊魂に向けて突き出し、それを消滅させる。
「ちょっと、何すんのよ!!」
「折角ウチがこんな格好して登校してるのに、下らん話せぇへんでツッコまんかい!!」
「なんだ、ツッコミ待ちだったのか。それならもっとわかりやすくしろよな」
「こんなわかりやすいフリはあらへんやろ!アンタ、ギャグ小説の主人公って自覚はあるんかいな!」
「しょうがねぇなぁ。じゃあ、今からツッコんでやるから、それで許してくれ。……南出、お前っ、う~ん、ええと。いや、もういいや」
「なんで出てこぉへんねん!ズコーーー!!」
「いや、そこは最初にズコーってなってからのツッコミだろ」
「駄目出しすんなや!!」
楽しいね。
「おどれは、ほんまに。これから心機一転頑張ろうって時に、椎奈ちゃんも腑抜けとるしな」
「私、もうあなたたちとは別世界の住人なの。ギャグがやりたいなら他の場所でやってちょうだい。ね、ダーリン?そうだ、今からエッチでもしましょうか」
「おぴょぴょぴょぴょぴょ。これまた、大変なことになったでござるな。めんどくさいので某はこれにて失敬、ドヒューン!……なんでござるか!動かないでござる!」
不登校になってもいい、という気概で席を立ち去ろうとしたが、なぜか椅子から手足を拘束する機械が現れ身動きができなくなる。
「ダーリン、すぐに逃げ出す癖があるから、あの電波少女に拘束具を作らせておいたのよ。ところで、なんか悪いものでも食った?」
「道端に落ちていたチョコレートを少しな。それより早く解除してくれ。ん?」
何故か、すぐ側に咲姫さんが立っており、大人のおもちゃを手にしている。
「大人しくしてなさい」
「あの、エロ担当キャラにはおもちゃを持たせておけばいいって風潮、どう思います?」
「そう言う割には、期待で股間を膨らませているじゃない?」
「えっ?……もう一人の僕!」
顔を下に向けると、確かに俺の股間が膨らんでいる。
その不思議な現象を眺めていると、社会の窓が勝手に開き、中から何かが飛び出してきた。
「わぁ」
現れたのは、ファンタジーでよく見るサキュバスのような見た目をした、角や尻尾、羽などを生やした赤い髪の女性だった。
「ど、どちらさんですか?」
「我は異世界から来た魔王、グンネヒルド・ブリュンスタッド・リ・マリアンヌである。これより我は貴様ら下等生物の世界を支配する!死にたくないものは降伏せよ!」
空気が凍り付く教室に、俺はため息を一つ吐いた。
これは説教をしないといけないな。
「なぁ、ちょっといいか?」
「下等生物が、我の許可なく口を開くでない!」
「うるせぇよ!!」
「ひっ」
手の拘束具を力任せにぶち壊し、机をバンと叩き怒鳴ると魔王は体をビクつかせた。
「あのさぁ、お姉さん、いくつよ?」
「な、なんだ」
「だから、年齢はいくつだって聞いてんの」
「よ、四千歳だが……」
「四千って、お前、そんないい歳こいた大人がさぁ、争いのない平和な世界にきて支配してやる、なんて恥ずかしいことやってるって自覚ないの?」
「だ、だって」
「だって、じゃないよ。ほら、周りを見ろよ。若者が青春を謳歌する場所にさぁ、そんな恥ずかしい格好で現れるなんて、客観的に見てどうよ?言ってみ?」
「そ、それは、空気を読んでいないし、やっぱり恥ずかしいなぁと……」
「だろ?それにさぁ、人の股間から出てきたくせに偉そうに名乗るなんて、お母さんが見たら泣くぞ?」
じわじわと涙目になる魔王。
「ほら、もういいよ。今日のところは大人しく帰って、ちゃんと反省するんだぞ。二度と、こんなことをしないようにな」
「は、はい……」
顎をクイッと動かすと、俺の股間に自ら吸い込まれていく魔王。
一時はどうなることかと思ったが、なんとか平穏を取り戻すことができたようだ。
「はぁ~。びっくりした」
そう一言呟くも、皆、無言のまま、辺りはしんとした静けさで満ちている。
「なぁ、椎奈」
左を向き、そう呼びかけるも、椎奈は窓の外を眺めこちらを見ようともしない。
それなら、と右を向くも咲姫さんの姿はなく、代わりにビクビクと絶頂の余韻に浸るメガネ君の姿があった。
目の前の南出もいつの間にか制服に着替え、なぜか小刻みに震えていた。
「今日も、いい天気だ」
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