青春編

放課後。

珍しいことに他のメンツは用事があるようで俺と岡のみで部活動をすることになったが、特に依頼もなかったため活動を終了し一緒に帰路を歩いている。

そして、彼女の唐突な提案で帰り道の公園に寄り道しているところだ。


公園内に出店していたキッチンカーでクレープを買い、噴水広場のベンチに二人で腰かける。

オレンジの夕陽でキラキラ輝く噴水に、道行く人々の程よい喧噪が心地よい。


「そういえば、知ってた?」


「急になんだ」


「清楚ちゃん、この前のテレビ出演を機にアイドルになったんだって」


「まじで」


「うん。学業と両立して活動するみたい」


「そりゃまぁ、大層なことで」


「ちょっと、リアクション薄くない?アイドルと一緒のクラスってだけで男は狂喜乱舞するはずでしょ」


「いや、ぶっちゃけアイドルに興味なんてないしなぁ。まぁ、私はあなただけのアイドルです、なんて言われたら、また別だが」


「キモ」


「まったく、最近の若者は何につけてもとりあえずキモいと言えばいいと思っているよな。普通に傷つくからやめてくれよ」


その傷を癒してもらおうと、自分の手に持つクレープを食べ進めていく。


「おっ」


「どうしたの?」


「いや、このクレープがな。こう、生クリームで口全体が甘くなったところにイチゴソースの酸味がキュッときてな、うんまぁ~いってなったところだ」


「きm、素敵な食レポね」


「そうでしょうよ」


しかし、これだけ美味いクレープとなると、他の味も気になるところだ。

ここはいっちょ、青春、してみますか。


「なぁ、そっちのクレープも一口くれよ」


「な、それじゃあ間接キスになるじゃない」


残念、好感度が足りませんでした!


「へいへい、言ってみただけですよ」


一時して。


「はい」


岡がこちらに自分のクレープを差し出してくる。


「いいのか?」


「ダーリンから言ってきたんでしょ」


そこには耳まで真っ赤に染めた岡の横顔があった。

今回もまた、いつものように避けられると思ったのに。

退路を断たれた俺は恥ずかしさを紛らわせるために、岡の持つクレープに勢いよくかぶりつき大声を出す。


「う~ま~い~ぞ~!生クリームとチョコレート、キャラメルなんて甘さがくどくて食えたもんじゃないなんて思っていたが、この生クリーム、甘さが控えてあるじゃないか!」


「えぇ……」


「なんだ、今日はずいぶんと普通の反応をするじゃないか。さては、中身は別人だな?」


「今はそういう気分じゃないの」


「……そうか」


う〜ん。

マインドチェンジ!


――感傷に浸る彼女の姿はどこか、簡単に壊れてしまいそうな危うさを孕んでいた。

そう、岡のイかれた言動はつまらない日常を変えるための手段であり、彼女の本質とは全く別物なのだ。

そうであれば、常に自分を偽ることなどできず、こうして弱音を吐くのも当然のことである。


だからこそ、当たり前の日常を照らす夕陽によって顔を覗かせた彼女の心に、俺は何も言えなくなってしまうのだ。


いや、だからこそ、俺に見せた彼女の脆さに応えて、こちらから歩み寄るべきだろう。


「どしたん?話聞こか?」


「あっ、ちんちん出ちゃった」


「出してへんわ!」


「隙を見せたらすぐにそうなんだから、男の子ってば。ま、私のわがままボディを前にしたら仕方のないことだけど。許したげる」


うむ、やはり岡は岡だった。

結果オーライ、一安心。


「それより、そっちのも食べさせてよ」


「おっ、こりゃ気が効かねぇでごぜぇまして」


岡にクレープを差し出すと、彼女も躊躇なく齧り付く。


「う~ん、口全体が甘々になって境界線がなくなったところに、この真紅のソースの豊潤な酸味がキュキュッと効いてしっかりした味の輪郭を出現させて、とってもうんまぁ~い」


「よかったね」


なんだろうか、コイツとこう言う時間を過ごしていると、妙に心が落ち着くというか、自然体でいられるというか。

おそらく、今までの馬鹿げた気を遣うこともない出来事を通して、いつの間にか彼女との間にあった壁が壊されていたのだろう。

いや、あちらからぶち破ってきたと言った方が正しいか。


そう感慨に耽りながら食べ終わったクレープの持ち手の紙を丸めポケットに入れる。


「さぁ、食い終わったし帰るか」


「もう?」


「ここにいても特にすることもないだろ」


「ちょっと待ってよ、ここは夜になってからが面白いんだから」


「なんだ、イルミネーションでも点くのか?」


「夜になると、あちこちから喘ぎ声が聞こえるの」


「は?」


「そのまんまの意味よ」


「するってぇと何かい?俺たちもそれに便乗しようってことかい?」


「ちがわい。その喘ぎ声のもとに近づいて、こう、繁殖した大量の蚊を放つとあちこちから痒い痒いって声が聞こえて皆去っていくから面白いんだ」


「お前、そんな趣味の悪いことをやっていたのか」


「いや、やってたのは中学生までだから」


せめて小学生までだろう。

呆れた俺は立ち上がり帰ろうとするも彼女はベンチから動こうとしない。


「帰れば、また明日からいつもの日常が始まるのよね」


「そりゃそうだ。で、相変わらず俺がお前から逃げるわけだな」


変わらず、駄々をこねた子供のように動こうとしない岡。


はぁ。


「帰るぞ、椎奈」


「えっ!?」


バタバタと音が聞こえるも、俺はそのまま公園の出口に向かって歩き出す。


「ちょ、ちょっと待ってよ!」


そう声が聞こえた途端、椎奈は俺の左腕に腕を絡めてきた。


「おい」


「だぁ~りん♪」


「近いって」


「えへへ~」


そのまま、二人で歩いていく。

不覚にも、彼女の笑顔で緩んだ顔を可愛いと思ってしまった俺だった。

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