オカマ編

拝啓


春陽の候、皆様方におかれましては健やかにお過ごしのことと存じます。

さて、早速本題へと移りますが、私こと四十竹優、この度、兼ねてからお付き合いさせていただいております岡椎名様と婚姻を結ぶ運びとなりました。

雲一つない晴れ空の日も、雷鳴轟く土砂降りの日も、二人三脚で愛を謳いながら、時には本心をぶつけ合い互いの心の形を確かめ合いながら、ようやくここまで来れたと感慨深い想いに浸っております。

てな感じで、とりま、いつの日にか結婚式やるんでそこんとこシクヨロ。

あっ、ご祝儀は一人、三百三十三万円で。


けいぐ


「なにこれ」


「この手紙を皆の机に入れようと思って」


「なぜ?」


「なんとなく」


「はははっ」


「おっ、ウケた。わははははは」


思わず乾いた笑いが出てしまう。

今朝の騒動も冷めやらぬまま、時間が傷心を癒してくれることを信じ大人しく過ごしていたというのに、相変わらずの岡に追い打ちされる。


そういえば、腹が空いたな。

そりゃそうだ、もう昼休みだもんな。

おっ、ちょうどいいところに美味しそうなものが。


「う~ん、この特筆すべきところが一つもない味に吐きそうになる食感。まずい!もう一枚!」


「ちょっと!人が丹精込めて書いた手紙を食べないでよ!」


「丹精込めただと!?どおりで、このガサガサとした最高の舌触り、吐き気を催すわけだ!おふくろ!」


「だれかぁ!!救急車を!!」


ふ、ふふふ。

そうだ、狂っちまえば楽になれるんだ。

ここまでくれば、他人の視線なんて気にならなくなるだろう。


「あらぁん、ようやく見つけたわぁ。あなたが時の人ね」


「あぁん!?」


急に声を掛けられ噛みつかんばかりの勢いで振り向くと、そこにはリーゼントヘアーに立派なもみあげ、派手なつけまつげ、太い眉毛、ケツ顎の、ワイシャツの胸元を大きく開けた筋肉質の男が立っていた。


立っているだけなのにくねくねと動いており見るからに危険な男だ。

ここは強気に追い払おう。


「なんやワレェ!!エロい格好をしやがってよぉ!ハイエナの群れに放たれた子ヤギちゃんみてぇに骨の髄までしゃぶられたくなけりゃ、さっさと帰んな!!」


「ああぁん!!いいわ!こんな強引にアタイを受けに回す男は初めてだわ!!」


おぉっと、間違えて対小娘用のセリフを言ってしまったぜ。


「ふぅ。なんだかわからないけど、随分と荒んでいるようね。それなら、こっちへいらっしゃい」


そう言い、なぜか腕を広げるおかま。


「行くわけないだろ!いったい何なんだお前は!」


「よくぞ聞いてくれやがった!泣きたいときは胸を貸し、ヌきたいときはケツを貸す、そう、ハッテン場の女神とは、アタイのことよ!!」


聖なる糞!


「ちょっと待った!ダーリンに用があるのなら、まずは私を通してもらうわ!」


「そんな目くじらを立てないでくれる?先っちょだけだから、すぐ済むわ」


「フツメン男と濃い顔のおかまの絡みなんて誰が得するのよ!」


「ここにいるぜ!!」


「ここにもいるぜ!!」


「ウィ!」


「お、お前らは、腐女子三銃士!!」


クラス内の三人の女生徒がそれぞれの場所で立ち上がる。

こんなところでお目にかかれるなんて、なんて運がいいんだ。


「で、何の用だ?」


「あなた、恋のプロフェッショナルなんでしょ?アタイの相談に乗ってもらうと思って」


やはり、あの新聞の影響でおかしな勘違いをする輩が増えているようだ。

このまま、俺の青春は崩壊してしまうのだろうか。


「いや、あれは新聞部が勝手にやったことで、全くの事実無根な話なんだよ」


「ふ~ん。でもあなた、他の男と違って、あの蓮咲姫と仲良くしていたじゃない。それだけ、相当な手腕を持っているのでしょう?」


こいつ、字面だけ見ると蓮さんと同じで紛らわしいな。

いや、そんなことを考えている場合ではない。

どうすればこいつを追い払えるだろうか。


「どうやらお困りのようね!」


突然、教室に響く声。

混沌を打ち破り現れたのは、なんと、野薔薇さんだった。


「例の新聞のせいで収拾がつかないこの状況、そして、部員が私一人の廃部寸前の文芸部。そこから導き出される答えはただ一つ!」


唐突に現れ訳のわからないことを言い出す彼女。

もしもし、救急安心センターですか?


「ここに、文芸部改め皆のお悩み解決部の設立を宣言するわ!」


その言葉に、俺らだけでなく教室中の生徒が押し黙る。

一人だけ、野薔薇さんの言葉に感動し拍手をする清楚さんを除いて。


「これだけ滅茶苦茶になったんだもの、誰彼構わず恋だろうが愛だろうが日々の悩みを解決します!という風に道を一本化して作ってあげて、これ以上事態が変な方向に進まないようにするのよ!え?私が天才?ば、バッカじゃないの!?そんなこと言われても嬉しくもなんともないんだからね!」


「ちーちゃん……」


なんと暴力的な結論付けだろう。

そんな破綻していることを話しながら、段々と虚ろな目になっていく野薔薇さん。


「それに何より!部活動で仲間たちと一緒に皆の悩みを解決する。これって、青春アニメみたいじゃない!そう、私のストーリーは始まってすらいなかったんだわ!」


「もう諦めようぜ。どうあがいてもギャグから逃げることはできないんだからさ」


「ふ、ふふふ。日常パートはギャグ調なのに個別ルートに入った途端ラブラブ一色になるのはアニメ界の常識。我が慧眼をもってすれば未来を見通すのも簡単なことよ」


それはエロゲ界の常識では?


「おい、岡からも何とか言ってくれよ」


「ふむ、目の付け所は悪くない。しかし、詰めが甘い。皆のお悩み解決部?そんな面白みもない名前で世界を獲れると思っているのかね。仕方がない、特別に、わしが名付けて進ぜよう」


「おい、何を言って」


「ふんっ!変な名前だったら承知しないんだからねっ!」


「任せなさい。これから私たちが青春を送る部活、その名も、M(皆の)N(悩み)K(解決)部よ!」


MNK。

あっ。



「それでは、第一回、MNK部の会議を始めたいと思います!」


やいのやいの。

放課後、部長の野薔薇さん、副部長の俺、岡、蓮さん、真白、南出が集まった元文芸部の部室で、何故か場を取り仕切る岡の一言によりMNK部の会議が始まる。

いつ俺たちは部員になったのか、部の改名の了承を受けたのか、その他諸々、この唐突な状況にいくつもの疑問を投げかけたいが、このギャグ空間では気にした方が負けだろう。


「え~、ワタクシ、早速このようなものを作ってまいりました。ええ。生徒らの悩みを投函する目安箱ですな」


「ちょっと待ちなさいよ!」


話を遮ったのは、昼に出会った例のおかまだった。


「アタイのお悩み相談を無視して事を進めるなんていい度胸じゃない!MNK部とやらの記念すべきお悩み第一号はアタイにしてくれるんでしょうね!?」


「ちょっと、このおかまを連れてきたのは誰よ?」


「勝手についてきたんだよ」


「おかまじゃないわ!アタイの名は、丘真夜おかしんやよ!」


さて、この事態をどう収拾したものか。

こんな奴の悩みを解決する義理もないが、新設したてのこんな怪しい部が活動を続けるためにも実績が必要だ。

それならば、相手を選り好みしている場合じゃないだろう。


「まぁ、記念すべき第一号としては不服だが、相談に乗ってやってもいいんじゃないか?」


「ちょっと、ダーリン!」


「落ち着けよ。こんな活動が不透明な部活が存続するためには貪欲に行くべきだろ。それに、実績ができれば皆も相談しやすくなるだろうし」


「急に真面目なことを言って、うんこでも食ったの?」


「いや、ほら、今後の物語的にも、その辺がブレるとまずいからさ」


こう言われてしまえば、誰も反論はできないだろう。


「はぁ。誠に遺憾だけど、しょうがないわね。いいわ、特別に、アンタの悩みを聞いてあげる」


部長は野薔薇さんなのだが、彼女はその様子をただ眺めている。


「なぁ、全部アイツに任せてもいいのか?」


「彼女が取り仕切っても、どうせ上手くいかなくなるでしょ?そんな時にこの私が八面六臂の活躍で功績も人気もかっさらっていくって算段よ。へへへ、人気投票一位のこの私の実力を見せてやるわよ」


彼女にはあまり触れないほうが良さそうだ。


「それじゃあ、話すわね。アタイ、今、恋をしているの」


「はぁ」


「へぇ」


「ほぉ」


「ちゃんと興味を持ちなさいよ!で、その相手って言うのが、体育教師の袴田ゴンザレス先生なの」


確か、ボディビル部の顧問で黒光りマッスルマンだったよな。

予想通りというかなんというか。

皆、心底どうでもよさそうな顔をしている。


「じゃあ告白して成功すれば万々歳、失敗したらありゃりゃってことで解決丸」


「ちょっと、それを成功させるのがアンタたちの役目でしょ!」


正直、俺も岡と同じ意見だ。


「まぁ、それなら蓮さんが適任じゃないか?」


「そうね、こういう時にしか役に立たないんだから、この件は全部この女に任せてしまいましょ」


「はぁ。まぁ、こういう扱いをされるのはわかっていたけどね。でも、あの体育教師の性的嗜好はノーマルだし、あなたみたいなゴリゴリのアレじゃ、厳しいんじゃないかしら?」


今まで沈黙を貫いていた蓮さんが口を開くも、おかまの反感を買ってしまう。


「あら、幾人もの男を落としてきた女にしては、他人を見る目がないわね。この身体からあふれるフェロモンを前にすれば性別なんて些細なことよ」


「どおりで、さっきから鼻が曲がりそうな臭いがしていると思ったわ。誰か、窓を開けてくれるかしら」


「ふん、その醜い胸の脂肪でお猿さんを釣るだけの女に何がわかるのかしら?クーパー靭帯を滅茶苦茶にして熟れたへちまみたいにしてやってもいいのよ?」


「お前ら、字面だけじゃどっちがどっちか分からないから会話しないでくれ」


こいつらは一々喧嘩をしないと気が済まないのだろうか。

この場を収めるためにも、俺は建設的な意見を口に出す。


「それじゃあ、まずは、その体育教師とやらの偵察に行くか?」


「よしきた。アタイが案内してあげるわ」



校舎から少し離れた場所に設置されている、部活動のためのプレハブ小屋。

そのうち一つ、ボディビル部の部室に俺たちは訪れていた。


「一番!硬め、濃いめ、多め、筋肉マシマシチョモランマ!!」


「八番!産湯がプロテイン!!」


「十番!角田〇郎の生き別れの弟!!」


蒸し暑く様々な筋トレ器具が設置された薄暗い室内、前方の簡易的なステージだけがライトアップされ、そこには黒光りする筋肉隆々の男たちがさまざまなポーズをとりながら並んでいた。

そして、ステージ下で同様の見た目をした者たちが、ステージ上へ掛け声をしていた。


「なんだ、お前ら、見学か?」


その場の熱気に呆然と立ち尽くしていると、俺たちに気づいたゴンザレス先生に声を掛けられる。

そして、生徒らより二回りほど筋肉がデカい彼は、おかまに気づくと嬉しそうな顔をする。


「おお、真夜じゃないか!遂に、ボディビル部に入る気になったか!?」


「いえ、違いますの、先生。私の友達がこの部を見学したいって言ったので、連れてきたんです。事前に相談もせずにごめんなさい」


「そうかそうか!気にするな!それじゃあ、ぜひ見学していってくれ!」


急にメスの顔になり口調や一人称が変わるもじもじしたおかま。

今、目の前にレモンがあったらどうする?

俺なら迷わず、自分の眼球にそれを絞るね。


「パパ、かぼす」


「おっ、サンキュー。ぐわぁあああああ!!」


俺が地面をのたうち回っている間に見学を始める皆。

おいおい、俺たちは先生の偵察に来たんだぞ。


「二十二番!肩に全人類の希望を乗っけてんのかい!!」


「三十五番!筋肉ボンバー!!」


「おい、三十番!筋肉の表情が硬いぞ!体脂肪率五パーセントの笑顔を維持するんだ!十四番!もっとケツを締めろ!ヒップ体操、ワン、トゥー、スリー!」


ポージングを取る生徒らに先生やその他大勢らの声が響く中、俺は皆へ話しかける。


「なぁ、何か解決の糸口が見えそうか?」


「そんなことより見てよ、ダーリン。四十四番のおっぱい、すごいんだ」


「おい、真面目に考えろよ。蓮さんは何か思いついたか?」


「やっぱり、あの熱血先生相手だと、下手に策を弄するよりも性交法でイッた方が良いんじゃないかしら。あと、蓮さんじゃなくて咲姫、ね」


「正攻法で行くんですね、わかります」


他の面子にも意見を聞こうと思ったが、南出はステージ下の観衆に混ざり楽しそうに声を出し、真白と野薔薇さんは部室のダンベルを使い賽の河原ごっこをしている。


これ以上ここに居ても得られるものはなさそうだ。

一度部室に戻り、皆の意見をまとめよう。



さて、楽し気な南出を置いて再び部室に戻ってきたわけだが、この煮詰まった空気、どうしてくれようか。


「誰か、いい案を思いついたか?」


「はいはい!」


勢いよく腕を上げる岡。

どうせ、ろくでもないことを考えたのだろう。


「あの教師に薬でも盛って、そこのおかまとの裸のツーショットでも撮ればいいんじゃない?それで脅迫でもすればなんだってできるでしょ」


「馬鹿言わないで!アタイが求めているのは純愛なのよ!」


そもそも、こんな無理難題を解決できるのだろうか。

いや、我が部には、あの天才少女がいたじゃないか。


「真白はどうだ?もうズバッと解決してくれていいんだぞ」


何処からともなく取り出したフリップにペンを走らせる真白。

やはり、彼女は既に解決策を考えていたようだ。


「ん」


そして、机の上に出されたフリップには、『〇〇〇しないと出られない部屋』と書かれていた。


「ん、じゃない。却下」


「むぅ」


この娘は本当に天才少女なのだろうか。

まぁ、前回の件で岡と上手く仲直りできたのは事実だが。


「う~ん」


遂に、誰からも意見が挙がらなくなってしまった。

おかまの魅力を最大限に引き出し純愛に導くには、どうすればいいのだろうか。


「とにかく、濃厚な身体接触があれば、いかにゴンザレス先生と言えどアタイの色香に耐えられず、そのままハッピーエンドのはずだけど」


それは純愛じゃないだろう。


「……二十四時間テレビ」


「え?」


「二十四時間テレビ」


誰もが頭を抱える中、突然、野薔薇さんがそう呟く。


―――それだ!



晴天、場所は我が学び舎のグラウンド、吹奏楽部をバックバンドに流行りのアイドルたちが入り乱れオープニングを奏でていく。

そして、それが終わるといよいよ。


『はい!始まりました!二十四時間テレビ、今回はこの青葉学園を舞台にお送りいたします!司会はこの私、世界で一番のアイドル、岡椎名と!』


『宇宙で一番のアイドル、蓮咲姫ですわ~。ん~、ちゅ!』


土曜の朝七時。

中継車の薄暗い車両の中、目の前のモニターでその様子を確認する。

オープニング後、生徒らが賑わうグラウンドを背に岡と蓮さんがマイクを手に現れ、番組を進行させていく。

今、映っている映像は自主製作映像でもローカルテレビ番組でもない、まごうことなき全国地上波放送である。

先日の正気を疑う野薔薇さんの一言に悪ノリした俺だったが、まさかこんな事態に陥ってしまうとは。

放映部にでも頼んでちゃちな茶番劇でも繰り広げればいいだろうと考えていた俺を余所に、蓮さんが持ち前のパワーで一つのテレビ局を二十四時間だけ買収してしまったのだ。

もう、笑うしかない。


「四十竹さん!そろそろ出番です!」


「はいはい」


テレビ局のスタッフのその声にモニターから離れ中継車の外に出ると、そこにはどぎついピンク色の陸上のユニフォームを着たおかまが立っていた。

そして、周りにはテレビ映りたがりの一般人や見物人で野次馬ができている。


「本当にこんなので大丈夫なのかしら」


「もう、やるしかないだろう」


そう、彼は二十四時間マラソンのランナーである。

そして、ゴールは青葉学園で待つゴンザレス先生の胸の中。

きっと、これだけの困難を成し遂げることができれば、あの熱血先生はコイツを受け止めてくれるだろう。

それに、これだけ大掛かりな事態になったんだ、尚更、同調圧力に耐えきれず抱きしめるはずだ。

その後は野となれ山となれ、だ。


「四十竹さん、これとこれをお願いします!」


スタッフが持って来たものはマイクとイヤホン。

そう、何故か俺も進行役としてテレビ出演をすることになっている。

心臓が早鐘を打ち、口が渇いていく。

今だけは、岡のあの恥知らずな性格が羨ましい。


「四十竹さん、カウント入ります!五、四、サンバカーニバルゥ!キュ!」


『ダァーリィーィン!全国のお茶の間の皆様!彼が私の恋人、ジョニー・デップリです!え?私ほどの美人がどうしてこんな冴えない男と付き合ってるのかって?……彼、夜がすごいんです///』


片耳につけたイヤホンから流れる岡のやかましい声。

今ではそれも緊張を解すいい刺激だ。

こうなりゃ自然体でやってやれ。


「はい、こちら二十四時間マラソンのスタート地点、東京スゴイツリーです!お送りしますはワタクシ四十竹優でごぜぇます!あっ、ちなみに、僕の彼女は全国のファンの皆ですから安心してくださいね」


「四十竹さん、視聴率が三パーセント下がりましたよ!いい加減にしてください!」


「……しょうがない、脱ぐか」


「ちょっと!錯乱してないで、さっさとアタイを紹介してちょうだい!」


ベルトを外しズボンに手をかけたところで、おかまの突っ込みで我に返る。


「さて、気を取り直しまして!今回のランナーを務めるのはこの男、現代に蘇ったエ○ビス・プレスリーこと、丘真夜です!!」


「漢、参上!」


「はい、それでは今から彼に走っていただくのですが、意気込みの方はどうですか?」


「意気込み、そんなことをペラペラと語るのは三流。一流はいつだって、その身と結果で全てを示すの。わかる?ん?」


「よーい、スタートォ!!」


「あぁん!!」


面倒くさくなった俺はおかまのケツを思いっきり引っ叩き、強引にマラソンをスタートさせる。

慌てたスタッフが号砲を鳴らし、野次馬の歓声と拍手と混乱の中、おかまは走り出す。


「優ちゃん、あなた、覚えておきなさいよ!」


「ちょっと!台本通りにやってくれないと困りますよ!残りの尺はどうするんですか!」


「馬鹿野郎!台本通りのバラエティなんて何が面白いんだ!心配するな、尺くらい俺が稼いでやるよ!いきます、ショートコント、青春プリンアラモード」



オープニングが終わり、テレビ画面にはとある学校の教室に一人立つ少女が映し出されていた。


「あっ、え〜、皆さん、初めまして。南出弥音と申します。なんかぁ、この時間枠だけぇ、ちゃんとした番組が用意できなかったみたいでぇ、急遽ぉ、ウチが呼ばれたんですよぉ。オープニング後って、とっても重要だと思うんすけどぉ、それをこんないたいけな一般女子に任せるなんてぇ、どうかしてるっていうか、関西出身ってだけで面白おかしくトークができるなんて偏見だと思いませんかぁ」


彼女は落ち込んだ様子でぶつくさと文句を言っているようだ。


「それにしても、雲一つない気持ちのいい朝ですね。テレビの前のあなたは、こんな日に何をしますか?洗濯物や布団を干しているかもしれません。ちょっと遠出をして買い物や食事をしているかもしれません。もちろん、いつも通り家でのんびり過ごすすのもいいですね。でも、こんな日にこそ、皆様方にやっていただきたいことがあります。それは、お笑いトークの練習です」


突拍子もないその話に、テレビの前の視聴者は一様に首を傾げただろう。


「わかりまっか?どいつもこいつも、ウチが軽くボケたら愛想笑いして冷えた空気にしやがって、ホンマにつまらないと思わへんか?そこのテレビの前のアンタ、何言うてるかわからへんみたいな顔をしとるけどな、これは深刻な問題なんやで。最近の若者っちゅーたら、身内ノリでクスリともできへん話か中身のない流行話で笑いあってどんどん知性を失っていくんや。ワレの言葉やのうて借りもんの言葉しか知らへん、つまらない人間、中身のない薄っぺらい人間が完成するんや。せやから、おもろい会話ができるんは厚みのある人間になるための第一歩なんや」


淡々と彼女のつまらない話は続いていく。


「まぁ、でも、いきなりこんなん言われても難しいやろうから、まずは誰でもできるツッコミの練習からや。それだけでも会話の潤滑油になるからな。だから、懐が深い、なんでも受け入れてくれるこの青空に向かって、こう手をピシッと伸ばして叩きつけるように練習するんや。ほな、皆さんも一緒にやって見てください。ラジオ体操の身体をねじる運動を応用してやな、指は真っ直ぐ伸ばし揃え、肘は九十度で固定し自分の真横に手の甲を叩きつけるんや。なんでやねん!なんでやねん!……どうや、ツッコミパワーが新大阪らへんに溜まってきたやろ。このツッコミパワーで怪人寒々星人も一捻りや。ところで、話は変わるんやけども、カフェラテって単語があるやんか。普通に見ればなんてことない言葉やけど、意識してみ?エッチな言葉に見えるやろ?一度でもそう思うてしまうと、おしゃれな喫茶店でもコンビニでも変な気持ちになるで」


そうして中身のない薄っぺらな話は延々と続いていく。

この時間は、世界一無駄な時間としてギネスに登録されることを、彼女はまだ知る由もなかった



地獄の時間を経て、テレビでは今、巷で人気のドラマが流れている。

青空の下、街を一望できる高台にある公園、そこに佇む二人の男女。


『見てごらん。君が苦しみ死にたいと言っていた場所は、あんなにも小さいんだよ』


『馬鹿ね。私はそれよりもちっぽけな人間だから、どこにも行けないの』


『そんなことはない。海よりも広いのは空で、空よりも広いのが人の心だ。そして、君は僕の心を埋め尽くした。そんな君が、ちっぽけなはずがない』


二人は高台の手すりの近くに立ち、遠くの景色を眺めている。

しかし、カメラが引きの画になったタイミングで、彼らの近くに設置されたベンチに、やけに目立つ人物が二人、座っていた。

あれは、野薔薇千棘と真城真白だ。

そして、彼女らは立ち上がりどこからともなく長い棒とボールを取り出し、フィーエルヤッペンとセパタクローを同時にプレイし始めた。

だが、そんな光景を無視して二人の男女はドラマを繰り広げている。


『私は、ロマンチストのあなたが嫌いよ』


『そうだね。自分を嫌っている君を愛そうとする僕を好きになるはずがない』


『それなら、どうしてあなたは、いつも私の隣にいるの?』


『それは、もろちんグボァ!』


なんと、男優がここ一番の台詞を吐こうとした瞬間、彼の顔面にセパタクローの球が直撃した。

当の二人はその後ろであわあわとしている。

しかし、このまま全てが終わるかと思いきや、流石は俳優、彼らは何事もないように次の言葉を紡ぎだす。


『あなた、それって』


『ん、鼻血か』


『そ、それもそうだけど、色が……』


彼は、緑の蛍光色の鼻血を流していた。


『ずっと黙っていて、ごめん。実は、僕は宇宙人なんだ。地球人の生態調査のために、この星に来たんだ』


『どうやって、信じろというの』


彼は自分の顔をむんずと掴み引っ張る。

すると、顔の皮膚がベりべりと剥がれ落ち、そこから銀色の肌が現れた。

なんと、彼はグレイ型の宇宙人だったのだ!


『……最後まで騙してくれたのなら、それでよかったのに。やっぱり、私を愛してくれる人はこの宇宙にはいないのね』


『そんなことはない。キミは、宇宙で一番綺麗だよ。それだけは、紛れもない事実だ。……さて、正体がバレたからには、もう行かなくては』


野薔薇千棘がフィーエルヤッペンの棒を男優の股間の下に差し込み、ベンチの上に水平になるように設置する。

宇宙人が帰る場所は当然、宇宙である。


『待って!最後に、もう一度、好きって言って!』


『鍬』


野薔薇千棘と真城真白がベンチからはみ出た棒の部分を思い切り下に押し込むと、てこの原理で空へと飛んでいく宇宙人。

彼は、星になった。


ドラマ『星の恋人』完。



役割を終え校舎に戻った俺は作戦本部のMNK部に戻ってきていた。

そこにはいつものメンツが揃っているものの、和気藹々とした雰囲気はなく皆一様に消沈している。

二十四時間テレビの確認用に部室に設置されたモニターの中で明るく踊るアイドル衣装を着た清楚さんの歌声も、この空間の物悲しさを際立てるものとなっている。


「まったく、あのくらいの下ネタで出禁にするなんてありえないわ。私がどれだけ金を払ったと思っているのかしら」


椅子に座り地面を見つめ、何やらぶつぶつ呟いている蓮さん。

番組の合間で司会進行をしていた彼女は出番の度に放送禁止用語を連発していたため、お役御免となってしまった。

まぁ、当然の結果だな。


「そんなことより!ダーリン、メインヒロインの私の出番が全然ないんだけど!」


「バッカおめぇ、そりゃ、いつも騒がしい岡がいなくて皆に、あれ、寂しいなって思わせる作戦だろ。で、その時に華麗に登場して好感度爆上げって寸法よ。わかったらさっさとそこのロッカーにでも入っててくれ」


「な、なんだ、それならそうと早く言ってよね、テレテレ。寝かせば寝かすほど美味しくなる、ワインですか私はって話でございますよ。それにしても昨今の日本というものは何ともまぁ」


ごちゃごちゃ独り言を呟きながら素直にロッカーに入る岡。

しかし、それだけでは場は治らない。

先ほどのドラマの放映で大炎上しSNS上で批判を浴びた野薔薇さんは部屋の隅で体育座りをして涙をちょろちょろ流している

そして、机についた真白はノートパソコンを開き、何やら猛スピードでキーボードを叩いている。


「真白、何してんだ」


「ん、私たちを批判した人のアカウントを乗っ取ってスパム垢を無差別にフォローしてるの」


「やめなさい」


何はともあれ、今回の目的はオカマがマラソンを走りきりゴンザレス先生に抱き止められたら成功なんだ。

それ以外の問題は些末なものでしかない。


「何を冷静にしとんねん!アンタだけ被害にあっとらんからっちゅーてからに!」


「被害にあってないだと?俺だってここに帰ってくる途中に国民から石を投げられたわ!キモいってな!わはは!!……はぁ。まぁ、落ち着けよ。そんなカリカリしたってどうにもならないだろ」


「いいや、怒るね!アンタらと出会ってから、いっつも思っとったけど、ウチの扱いが雑すぎんねん!それに、今回の話の構築も滅茶苦茶やしな!」


「しょうがないじゃん。変な展開になって収集つかなくなったんだから。まぁ、人生はノリで生きてはいけないって大事な教訓も学べたからオッケーてことで今後は気を引き締めて参りたいと思う所存であります」


「大体なぁ、こんなお祭り騒ぎイベントはもうちょっとキャラが出揃ってマンネリ化した時にやるもんやろ!」


「このやろう、言わせておけば文句ばかり言いやがって、あの時に良い案を思いつかなかったお前らも同罪だろ」


「良い案?そや!元はと言えば、そこのパツキンが原因やないか!どうしてくれんねん!」


俺たちの諍いも耳に入らない様子の野薔薇さん。

しかし、一時して涙を流しながらも何故か聖母のような微笑みを浮かべながら、こちらを向く彼女。


「でも、こういうのも一つの青春じゃない?勢いに任せて馬鹿なことをして、時には喧嘩したり笑い合ったり。決められた物語じゃないんだもの、こういう失敗があって当然、でしょ?」


「な、何を言うとるんや」


「過去を懐かしむ時、悲しみじゃなく心が晴れるような楽しい思い出があってほしい。この先、大人になってどんな未来が待ち受けていたとしても、きっとそれが支えになってくれるから。だから、私は今を精一杯彩るの」


「ちーちゃん……」


その様子でそんなことを言われても狂気しか感じない。

ちーちゃんはもう、手遅れかもしれない。

友の狂う様なんて見てられないと彼女から目を逸らすと、何故か南出が瞳に涙を溜めていた。


「せやな、わてが間違ってましたわ。どんな時も、人生を楽しまへんとあかんな」


「ええ、そうね。私たちは、この世界に生きているんだもの」


「ん」


その言葉に何故か急に蓮さんと真白も顔を上げ同調する。

そして、次は俺がこのビッグウェーブに乗る番だと、皆の視線がこちらを向く。


「やれやれ。ほんと、お前らってやつは。仕方がない、俺も少し本気を出すとしますか」


「はいカァーット!!」


突然、こもった大声が響き、ロッカーからハンチング帽を被りグラサンをかけ、カーディガンをプロデューサー巻きしメガホンを持った岡が現れる。


「いや~、青春してるねぇ。でも、勢いだけでこの煮詰まった状況がどうにかなると思ったら大間違い!しかぁし、そんなキミたちの若さに応えて、私がこの話をまぁ~るく収めてあげましょ」


岡は自分の額に右手の揃えた人差し指と中指をあて、叫ぶ。


「これぞ、ギャグ空間でのみ使える秘技!クライマックスまで、ワァープ!!」


「ワープすなー!!」



朝六時。

MNK部、全校生徒、芸能人など、二十四時間テレビに出演した全ての役者が校舎の正面玄関前で彼を待っている。


「こちら二十四時間マラソンのゴール地点、ランナーの様子はどうですか?」


『はい、皆さま、見えますか、この姿が!二十四時間、一度も休まずに二百キロ近くも走り切ろうとする英傑と呼ぶにふさわしい丘真夜さんです!』


そこには、朝焼けの晴れ空を背に、窶れへろへろになったオカマが校舎の正門を目指し懸命に足を動かしている姿が映っていた。

二十四時間も走った彼の目は焦点が定まらず、開きっぱなしの口からは涎がキラキラと流れている。


そして。


「あ!見えました、丘真夜さんが遂に正門を通り抜けました!皆さん、より一層の声援をお願いします!!」


「せっかくの休みをこんなことに付き合わせやがって、ふざけんな!」


「お前ら変人のやることに俺たちを巻き込むな!」


「私たちにまで変なイメージがついたらどうするの!」


「童貞万歳!」


生徒らの暖かい声援の中、走っているのか藻掻いているのかわからないような動きをしながら、身体が一回り萎んだオカマがこちらへと走ってくる。

正門から五十メートル程に設置されたゴールラインまで、あと少し。

そして、一層、大きくなる声援の中、ゴールにはゴンザレス先生が上半身裸で待ち構える。


あと、十メートル、五メートル、一メートル。

そして。


「ゴォーーール!!遂に、遂に、辿り着きました!二十四時間マラソンとういう前人未到の偉業を成し遂げたのは、丘真夜、丘真夜です!!」


ゴールした瞬間、倒れこんだオカマはゴンザレス先生に抱きとめられる。

さぁ、これだけ大掛かりなことをして築き上げた一度きりのチャンスだ、無駄にしないよう頑張ってくれ。


「おい!誰か、酸素を持ってきてくれ!冷却スプレーも持ってこい!!」


「そ、それより、せ、せんせい」


「しゃべるな、今は呼吸を整えることに」


「き、聞いてください!大事なことなんです!」


先生の腕を掴み懸命に訴えるオカマ。

そして、彼は意を決したように、震える口を開く。


「私、先生のことが、好きなんです!」


遂に、オカマが大声を絞り出し自分の気持ちを伝えると、皆が一斉に押し黙り、辺りが静まり返る。

おい、フェロモンメロメロ作戦はどうしたんだ。


「初めて、会った時から、好きでした。気持ち悪いと思われるかもしれませんが、私は―――」


「お前の気持ちは、わかっていたよ」


「せ、先生……」


「でも、それに応えることはできないんだ」


「そ、そんな、教師と生徒だからとでもいうのですか!」


ゴンザレス先生は静かに首を横に振り口を開く。


「俺はいつだって一番になれなかった。いくら努力しても、才能の塊、いや、筋肉の塊の奴らに優勝を掻っ攫われていった。そんな半端者が辿り着いたのが、ここなんだ。そして、本気になっている生徒たちと、あの時の情熱と同じ気持ちで夢を追いかけている。だから、今は色恋沙汰に溺れている暇はないんだ」


これは、失敗か。

そう、ため息が喉元まで出かかった瞬間。


「だったら!」


「え?」


「だったら、もしアタイがボディビルの大会で優勝したら、その時は、アタイと、付き合ってくれませんか」


「真夜……」


「アタイが、先生の夢を叶えます。だから、その時は、アタイを、強く抱きしめてください」


オカマは精一杯の言葉を振り絞る。

まったく、目と耳を塞げば、いい場面だなこりゃ。


「……わかった。約束しよう。だが、そう言ったからにはビシバシいくからな!」


「先生!」


……なんとかなったか。

結局、俺たちが何もしなくとも、アイツの勇気一つでどうにかなった話だったな。


そして、皆が微妙な顔をしながら空気を読み拍手と祝福の言葉を二人に送り、世界は幸せに包まれる。

そして、恒例のエンディングテーマが流れ始める。


「でも、これで終わっても微妙に締まらへんな」


「ここはやっぱりダーリンと私のキスで終わらせるべきじゃない?」


「またそんなことを言って、どうせ俺が頷いてキスしようとしたら照れて拒否するんだろ?」


「ギクッ」


「問題ないわ、こんな時のためにこれを用意してあるの」


そう言い隣の蓮さんが取り出したのは、黒く四角い土台に白いドクロが描かれた赤いボタンがついた手のひら大のものだった。


「まさか、それって」


「へへへ、この爆弾でつまらないコンプライアンスごとぶち壊してやるわ。ポチッとな」


こちらが制止する暇もなく、蓮さんは躊躇なくボタンを押した。

それは紛れもなく本物で、耳をつんざく激しい爆音とともに、校舎が爆発した。


「「「爆発オチなんてサイテー!!」」」

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