ツンデレ編
「ちょっといい?」
相変わらず、教室で岡といつも通り馬鹿みたいな日常を送っていた時。
清楚さんが改まった態度で俺たちに話しかけてくる。
「突然だけど、二人とも部活に入らない?」
思いもよらない言葉、それは天啓だった。
どうして今まで気づかなかったのか、岡から逃れるための手段としてこれほど有効な手はないだろう。
まともな生徒らと交流を広げ、放課後の長い時間だって部活動で消費できる。
例え岡と二人で同じ部に入ることになったとしても、コイツに集団活動なんて続けられるわけがない。
そうだ、俺に残された道はこれなんだ。
「はい!入部します!」
「え?まだ説明してないんだけど……」
「あぁ、失礼。俺としたことが取り乱してしまったようだ。それじゃあ、説明よろ!」
「ダーリン、悪いもんでも食ったの?キャラ変わりすぎじゃない?」
「いやいや、なんでもないですことよ」
いかんいかん、冷静にならねば。
清楚さんも若干引いているじゃないか。
「そ、それでね、部員が少なくてピンチのところがあって。お節介かもしれないけど二人もこれを機に交友を広げられたらいいなって」
「いやいやいや、別にいいっすよ、部活なんて入らずとも」
やはり岡は難色を示している。
しかし、ここで彼女も首を縦に振らなければ話は進まないだろう。
「いやいやいや、メインヒロインになりたいんだったら部活に入っとくべきだって。青春ものといえば部活、これは外せませんよ」
「アンタ、ほんとにどうしたの?普段はボッチ万歳なヤレヤレ系主人公だっていうのに」
「勝手に決めつけないでくれ。俺の心の中にはツンツン金髪頭で赤いバンダナをつけた熱血主人公(CV.関〇一)だって存在するんだ」
ここはもう、岡を説得するよりも、さっさと話しを進めてしまう方が吉か。
「清楚さん、それでその部活って、どんな部なんだ?」
「えっと、うん。文芸部なんだけど、上級生が卒業してから二年の子が一人だけになったみたいなの」
「ほほうほうほう、それはまさに、うってつけですなぁ。ちなみに、その子の性別は?」
「え?女の子だけど……」
キタコレ!
「なに興奮してんのよ、この性欲魔神が!私というものがありながら、まだ他の女にちょっかい出そうっていうの!?」
「お前から逃げるためだったらなんだってするぞ、俺は」
「童貞陰キャの癖に妙に行動力があるなんて、そんな矛盾した設定は認めないわよ!」
「ど、どどど童貞ちゃうわ!」
「じゃ、じゃあ!とりあえず今日の放課後にでも見学に行ってみる?」
空気を読んで割り込んできた清楚さんに続き、俺は強引に了承する。
「りょーかいどす!」
そうして、清楚さんに手配してもらい放課後に文芸部へ訪れることとなった俺と岡。
部員が一人の部活と懸念点はあるものの、清楚さんが部員集めをしているのなら問題はないだろう。
本当に、彼女には頭が上がらないな。
それにしても、岡と出会い俺の人生お先真っ暗だったが、ここにきてようやく光明が差してきた。
コイツには悪いが、このまま俺はリア充の世界へレッツラゴーだ。
「なに?本当にどうしたの?今日のダーリンを見ていると一億年の恋も冷めるんだけど」
「いや、そもそもお前は俺に恋なんてしてないだろ」
「そ、そんなことないっすよ」
「だったら、俺の名を言ってみろ」
「え?」
「本当に俺のことが好きなら、このくらい答えられるはずだよな」
岡のことを厳しく見つめる。
今まで気になっていた、あえて話題に出さなかった部分。
彼女は今のところ、俺をダーリンとしか呼んでいない。
「え、えーっと。し、しいたけ!しいたけなう!しいたけなう君!」
「あぁ~惜しいっ、姓と名、一文字違い!なんていうかこのバカ」
「てへぺろ」
冗談半分で鎌をかけただけなのに、本当に知らなかったとは、もうヤダこの娘。
でも、俺、めげません。
なぜなら、この先に輝かしい未来が待っているのだから。
*
そんなこんなで放課後。
早速、文芸部とやらにお邪魔しようじゃないか。
「ちょい待ちぃや」
清楚さんの案内で教室を出ようとしたところ、南出から声をかけられる。
そういえば、彼女の存在は記憶の彼方へと消えていたな。
「今朝からウチを無視し続けるとはいい度胸やん。このメインキャラであるウチを」
「あんたがいるとまともに話を進められないから」
「そんな物語の都合なんて知ったこっちゃあらへん!登場人物が意思を持って動く、そこまでいって一流じゃろがい!」
「あ、あの、南出さんも一緒でいいから」
ぐっ、出鼻を挫かれたな。
しかし、ここでああだこうだ言い合っている場合じゃない、光輝く未来はすぐそこなのだ。
そして、俺ら一行は一抹の不安を抱えながらも文芸部があるという部室棟の奥、一際静かな場所へと向かう。
「ここだね」
そこは表札もなく扉に文芸部という貼り紙がされただけの部屋だった。
文芸部というからにはさぞ伝統ある部活なのだろうと勝手に予想していたが、なんともまぁ、みすぼらしい。
「それじゃあ入るけど、少しだけ気難しい子だから仲良くしてあげてね」
ここにきて気を揉むようなことを言い出す清楚さんが扉を開け放つと、一番初めに目についたのはド派手な蛍光色の金髪ツインテール少女だった。
脳内シナプスに電流が走り、俺は一瞬で理解する。
頬杖をつき不貞腐れた顔で窓の外を眺めるその姿は、まごうことなきツンデレだと。
「なによ、あんたら」
こちらに視線をチラリとよこした彼女から発せられる、耳に響くような高く強気な声。
はい、ツンデレ確定。
俺は思わず、オーマイガーと大袈裟なリアクションをとってしまう。
「まさか、ここにきてダークホースか?いや、人気投票で一位を獲得してもアニメ化すれば負けヒロインになるのがツンデレの定め。焦るんじゃあない、私はメインになりたいだけなんだ」
隣の岡も衝撃のあまり何やらブツブツ呟いているようだ。
俺としてはもっとこう、ごく普通の文学少女を期待していたというのに、全くこの学校の生徒はどうなっているんだ。
狭い部室、本のページをめくる音だけが響く二人だけの空間、たまに目が合うと文学少女は恥ずかしがって本で顔を隠してしまう、そんな青春はどこにある?
「あの、お昼に話していたと思うけど、文芸部の見学に来たの」
「ふん、どんな奴を連れてくるかと思えば、揃いも揃ってクセがありそうな奴らじゃない。そんな奴らの席なんてないんだから」
お前が言うな。
「そ、そうだ、まずは彼女を皆に紹介しないとね。彼女は
「必要ないわ。別に部員なんて求めてないし」
「えっ?でも、見学を許可したってことは、そういうことじゃないの?」
「入部を検討されるくらいなら、さっさと見学させて諦めてもらった方がいいもの。一回来たら二度と入部しようなんて思わないでしょ、こんな所に。はい、という訳でさっさと帰った帰った」
取り付く島もないとは正にこのこと。
こうまでツンツンされては俺の計画が破綻してしまう。
いや、相手がツンデレの時点でもうボロボロだが。
「え、ええっと、どうしようかな」
さすがの清楚さんも困っている様子。
ここは諦めて、また別の部活を探すべきだろうか。
いや、見方を変えればツンデレはツンデレでもいいじゃないか。
恋愛ゲームの世界にでも迷い込んだかのような感覚は否めないが、それも大いに結構、オタクならむしろ望むところだ。
そうだ、駄目で元々、行動しなければ何も変わらない。
未来は僕らの手の中、先陣切ってどこまでも行ってやろうじゃないか。
「ふんふんふ~ん。ここではどんな活動をしているのかなっと」
硬直した空気を裂くように鼻歌を歌いながらルンルン気分で入室し、辺りを物色し始める俺。
掴みは完璧、ごく自然にターゲットに近づくことができたぞ。
「なぁ、あいつヤバない?」
「今日は特にね。私も、別の主人公見つけようか検討していたところ」
背後から聞こえるひそひそ声は気にせず室内を見渡すと、文芸部よろしく両端の棚に本がびっしりと詰まっている。
本のジャンルは様々だがラノベ等もあるため、この辺りから話を切り出してみようか。
「おっ、これは『異世界転生したらステータスオープンで彼女ができて下半身無双したんだが、これって俺の魔力が弱すぎるって意味だよな』じゃん。あっ、こっちは『勇者パーティーから追放されたけど四畳半で暮らす幸せに目覚めて幸福指数で奴らに復讐します』か。いいとこついてるねぇ。よしっ、これから一緒に朝まで語り明かそうぜ」
「死んでくれないかしら」
どかっと野薔薇さんとやらの前の席に腰を下ろし話しかけるが、名前の通りトゲを隠そうともせずぶっ刺してくる彼女。
ここで諦めてはならない、ツンデレは押せば押すほどデレの割合が多くなるってじっちゃんが言ってた。
「もう、そんなにツンツンするなよっ。せっかくの可愛い顔が台無しだゾッ」
「「「キモッ」」」
心の底から出たであろう彼女らの声にハッとする。
俺、何やってんだろう。
だが、これはこれで岡もドン引きしているため、彼女から距離を置くキッカケとなるかもしれない。
「とにかくっ!アンタらが何と言おうと入部なんて認めないんだから、さっさと出て行って!」
むむむ、中々手強い相手だ。
このまま、何もできずに何の進展もなしにまたあのバカみたいな日常に戻ってしまうのか。
岡との関係をだらだらと続け、学園祭やクリスマス、バレンタインなどのイベントをコイツと過ごすなんて考えただけでゾっとする。
そう考えれば考えるほど、思考が不幸のドツボにはまっていく。
その時、俺の中で溜まっていた不満ががはじけた。
「少しは俺の身になって考えてくれよ!」
バンッと机を叩くと辺りが静まり返る。
俺の頬を伝うもの、それは滝のように溢れ出し止まることはない涙だった。
「進級初日から変な奴に絡まれて、周りから白い目で見られて、逃げようとあの手この手を使うも上手くいかず、ウワハッハハアアアン」
机に突っ伏しガンガンと拳を叩きつけながら喚きたてる俺。
「この日常を!ブヘェ、この日常ブエヘッヘーン!ごの、ごの日常をがえだい!その一心でぇ、文芸部に入部しようと!思っだんですぅ!!」
「だ、誰か大人の人呼んできて!」
「あなたにはわからないでしょうねぇ!」
「何言ってんのよ!」
*
あれから彼女の前で小一時間暴走し、ようやく落ち着きを取り戻した俺。
ふぅ、すっきりした。
「あれ?他の皆は?」
「とっくにいなくなってるわよ!」
部室の入り口には誰もおらず、肌寒い一陣の風が吹き抜ける。
岡から逃げることが目的であるが、こうも一気に距離をとられると少しだけ寂しい気もするな。
いや、そんなことよりも彼女と二人っきりのこの空間、チャンスと言っていいだろう。
「さて、邪魔ものもいなくなったことだし、コイバナでもしちゃう?」
「ヒィィ!出て行って、このサイコパス!」
「えぇ~」
ちょっとはっちゃけただけなのにサイコパスだなんて大袈裟だな。
こんなごく普通のどこにでもいる生徒を前にして、それはないだろう。
しかし、まともに話もできそうにない彼女の様子を見ると今日はここらで諦めるべきか。
そうだ、ここで焦って印象を悪くするようなら日を改めよう。
まだ慌てるような時間じゃない。
「とりあえず、今日がだめなら明日また来るわ」
「ヒ、ヒィ、ヒィィ」
第一印象が最悪、ツンデレルートの教科書通りだ。
そして、コツコツと二人の時間を重ねていけば彼女も心を開いてくれるだろう。
「じゃあ、そういうことで。また明日」
俺はそのまま、逸る気持ちを抑えながらスキップで部室を後にした。
*
さて、あれから一日が経ち今日もまた普通に登校したわけだが。
「どうしたんだ、いやにテンションが低いな」
「あ、いや、あの、話しかけないでもらえます?」
教室に到着し隣の席の岡に声をかけるも、彼女の、この他人行儀はどうしたことだろう。
よく見ると彼女の身体は小刻みに震えている。
「なぁ、一体どうしたって」
「ご、ごめんなさい!今まで失礼なことをしてすみませんでした!あ、お詫びの品ですよね!すいません、私貧乏なので鼻をかんだティッシュぐらいしか出せませんが、これでどうにかご堪忍をぉ」
ははーん、さては、昨日の俺の奇行を見てドン引きしたんだな。
それはそれで好都合だが、今までグイグイと来ていた相手から急に距離を置かれると逆に追いかけたくなるのは私だけでしょうか。
「メインヒロインとか言っていたのはもういいのか」
「もう諦めますぅ、私が悪うございましたぁ!私ごときがあなた様を相手になんてできるわけなかったんですぅ!」
「キタで、絶好のチャンスや!」
「キシャァァァァ!」
「ウボァーーー!」
唐突に現れた南出がここぞとばかりに全裸で岡にダイブするも、錯乱した彼女に殴られる始末。
ハハハ、愉快愉快。
こうして、誰にも話しかけられなくなった俺は久方ぶりのボッチ時間を堪能したのである。
涙、ほろり。
*
岡に絡まれることもない平和な時間を過ごしあっという間に放課後が訪れる。
そして、俺は今、昨日の約束通り文芸部にいる。
野薔薇さんの好感度を上げて入部届を受理してもらうため、これからも根気強く通うつもりだ。
あの頃の引っ込み思案だった俺にバイバイ。
「なぁ、昨日から皆の様子がおかしいんだが、何が原因だと思う?」
昨日と同じように野薔薇さんの対面に座り軽く世間話から始めるも、彼女は声も出さず震えている。
春だというのに彼女はよっぽどの冷え性なのだろうか。
仕方がない、ここは俺の上着をそっとかけてやろうじゃないか。
「ななな、なにしてるの、してるんですか」
「いや、寒そうだなって思って。暖めてあげるよ」
「け、警察呼びますよ!」
「あ、何勘違いしてるんだよ、このエッチッチ!べ、別に俺の身体で暖めようとしたわけじゃないんだからね!」
う~ん、いまいち彼女の性格がつかめないな。
こんな髪型をしておいてツンデレかと思いきや、ただの恥ずかしがり屋なのか?
そんなやり取りを繰り広げていると。
「ちょーっと待ったー!!」
バァンと勢いよく扉を開け放ち登場したのは岡だった。
「私のダーリンを返してもらうわよ!」
「なんだ、諦めたと思っていたが」
「私の悪評が流れた状況でまた一から主人公を探すなんて無理!誰に話しかけても、ああ、いや、うん、ごめんなさい、なんて微妙な反応を返されるんだもの、それなら、ダーリンに催眠でも改造でもやって、そんな描写はなかったのにいつの間にかヒロインに惚れてたチョロい系主人公に仕立て上げるほうが断然楽!何でもやってやるわ!」
「どひゃ~」
なんてしつこいんだ。
指についた鼻くそぐらいしつこいな。
そうだ、奴のことはこれから鼻くそ系女子と呼ぼう。
いや、そんなことより、これまた一波乱起きそうな予感。
すると、遂にしびれを切らしたのか、野薔薇さんが机をバンッと叩き立ち上がる。
「いいから出て行ってよ!いい加減にしないと殴るわよ!」
その時俺に電流走る。
ツンデレルートは殴られてからがスタートだ。
小さい頃、近所の危ないおじさんがそう言っていたのを思い出す。
確かに、今までクリアしてきた数々の恋愛ゲームでも九割くらいはツンデレキャラに殴られるか蹴られていたような気がする。
であれば、ここで俺がとるべき行動は一つだろう。
拳を振り上げた野薔薇さんの前に自分の右頬を差し出し、人差し指でトントンとしながら。
「ここ、こ~こ」
「ヒ、ヒィ」
「殴るならこ~こっ」
さあ、存分に殴るがいい。
「はっ、ダーリン、まさか、ツンデレにわざと殴られて個別ルートに入ろうとしているのね!くそっ、全てを理解したぞ、昨日の奇行の数々もそれが理由だな!」
コイツっ、ニュータイプか!
「そうはさせないわ、なんなら、ここで今私がダーリンを殴ってやるわ!」
「やめろ!お前のキャラに暴力系まで付け加えたら胸焼けするわ!」
くそっ、収拾がつかなくなってきた。
「あーもうっ!アンタたちはいったい何なのよ!本当にもう、お願いだから他所でやってちょうだい!」
「なんだこいつぅ~、そうまでしてツンデレキャラを崩さないつもりね!いいわ、やってやる、ヒロインの座を賭けて勝負よ!勝負方法は、ヒロインバトルよ!」
さあ始まりましたヒロインバトル!
先攻は岡、さぁ、一体どういう手でくるのか。
静寂が包む中で体制を整えた後、顔を下げる岡。
そして、一時の間をおいて顔を上げると瞳を潤ませ頬を染めた、今まで見たことのない表情をした彼女がいた。
初めての出会いがこれだったら間違いなく一目惚れしていたであろう、それほどの破壊力だ!
「ごめんね?こんな所に呼び出して。でも、最後だから、ちゃんと伝えなきゃと思って。――うん」
彼女は少しの間だけ目を閉じ、自分の勇気を確かめるように頷く。
透き通り優しく、少し震えた声。
それでも、凛と響く声で。
「私、岡椎奈は、あなたのことを愛しています。――ううん、いいの。こんな世界で誰かを好きになれた、それがとても嬉しいの。だから、あなたが、ずっと私を憶えていてくれたら、それで十分。それだけで私は戦えるから」
涙を流しながら、そう告げる彼女。
何か言わなくては、今すぐ彼女の手を引き寄せ抱きしめなければ、それでも俺の身体は動かない。
「それじゃあ、さよならだね。あ、その前に、ワガママ、いいかな。いいよね、いつも喧嘩ばかりだったけど、最後ぐらいは、ね」
そして彼女は俺に。
――優しくキスをした。
いや、本当はしていませんよ。
「さぁ、判定は!」
「う~ん、九十点」
「なんでさ!」
「演技力は大したもんだけど、ちょっと設定が唐突すぎるな。もっとストレートで良かったと思うぞ」
「ちっくしょ~。じゃ、次はツンデレの番ね」
「やるわけないでしょ!」
そりゃそうだ。
さて、この煮詰まりきった空気をどうしてくれようか。
「コラ~ッ!」
どうしようか悩んでいた矢先に、再び入口のほうから大きな声が響き渡る。
現れたのは意外にも清楚さん。
普通なら助かったと思うところだが、感情が昂った様子の彼女では安堵するのはまだ早い。
「用事が終わって来てみれば、また椎奈ちゃんと優くんがイチャイチャして人に迷惑をかけているパターンじゃない!」
「いや、それは誤解というもので」
「大体、今回はツンデレ編なのに千棘ちゃんが空気になっているでしょ!」
「あっ、それは大変失礼しました。わたくしの不徳の致すところです。ほら、岡も謝って」
「さーせん」
清楚さんって、興奮するとちょっとだけ暴走するんですね。
そこがまた可愛いと思いますよ。
「わかった、わかりました。皆で仲良く部活をやろうなんて考えていた私が甘かったです。このままじゃ埒が明かないので、強引にイベントを起こしたいと思います」
「これまた異なことをおっしゃる」
「私、本気だからね。皆、明日は私に付き合ってもらうからね」
普段の清楚さんからは想像もできない圧倒的な雰囲気に、岡ですら何も言えずに頷くことしかできないようだ。
これはまた大変なことになっちゃったぞ。
*
今日も今日とて、代り映えのない通学路を歩いている俺。
あ~あ、空から女の子でも降ってこないかなぁ。
なんてことを考えていると体に強い衝撃が走る。
「ちょっと、どこ見て歩いてんのよ!」
曲がり角で急に飛び出してきた少女とぶつかり、二人同時に尻もちをついてしまう。
普段ならこちらもすぐに謝るのだが、彼女の強気な物言いにはカチンときた俺は文句を言う。
「お前からぶつかってきたんだろ」
「はぁ!?私が悪いっていうの!?そんなぼーっとして歩いている方が悪いんじゃない。あぁもう、アンタなんかに構っている暇はないのに!」
そう言いながら立ち上がりどこかへ急いで走っていくツンデレさん。
全く、なんだったんだアイツは。
*
「ん?どないしたんや、そんな疲れた顔をして」
「聞いてくれよ、通学中に変な奴に絡まれてさぁ」
「どうでもええわ。今は転校生がこのクラスに来るって話で持ち切りやのに」
近くの席の南出に今朝のことを愚痴ろうと思ったが軽くあしらわれる。
転校生、それはまた急な話なことで。
その後、少しだけざわつく教室の中ホームルームが始り、担任の教師から、急だが転校生が編入することとなった、なんてテンプレのセリフを告げられる。
そして、現れたのは。
「野薔薇千棘です。よろしくお願いします」
「あいつは」
今朝の金髪ツインテツンデレ少女じゃないか。
ぶつかった少女が転校生でした、なんてアニメの中の出来事みたいだな。
「あ、アンタは、さっきの!」
皆の前だというのに、俺と目が合ってしまい思わずそう言葉に出してしまう壇上の彼女。
そんなことをしてしまっては。
ん、あいつと知り合いか、なら話は早い、あいつの隣が空いているからそこに座ってくれ、と先生も告げることだろう。
と思う間もなくそれは現実となり、バツが悪そうにこちらへ近づいてくる転校生。
だが、ここで思わぬ出来事が起こる。
「え?アンタ、まさか、優?」
「ん?そうだけど、なんだ、どこかで会ったことでもあった?」
「憶えてないの?」
「なにが?」
なぜか、俺のこと知っているような素振りを見せる転校生。
ツインテールを結ぶ青いリボン、それを見ていると何か思い出しそうな気もするが。
「ふんっ、もういいわよ!私だってアンタなんか知らないんだから!」
「カーット!」
そこで、グラサンをかけて拡声器を持ちパイプ椅子に座った岡が立ち上がり、腕を組んで偉そうに割り込んでくる。
「ビックリマークをつけて強気な発言をすればなんでもツンデレになると思わないで!子供の頃に好きだった主人公と再会して、彼が好きだけど久しぶりで恥ずかしくて本音は言えない、そんな自分に嫌気がさしながらも変われない日常を過ごし、主人公との関わりの中で勇気を得てようやく好きって言える、そんなドラマがあってこそのツンデレだってことを意識して!」
「そんなの知ったこっちゃないわよ!大体なによ、この状況は!」
そう、今は清楚さんの提案で皆と仲良くなろう!の企画を進行中なのである。
部活動の一環という名目で、わざわざ休日の学校に訪れて、である。
そして、なぜだか清楚さんとギクシャクしていた岡がその案に乗っかり、皆と交流を深めツンデレキャラの野薔薇さんの魅力を引き出す一石二鳥の茶番劇が繰り広げられているのだ。
文芸部なら、好きな本を語り合うなどの文化的な交流で仲を深めればいいのに、なぜこんな演劇を行わなければならないのだ。
ちなみに、このギャルゲみたいな台本を考えたのは当然岡である。
何もかも間違えている。
それに付き合う俺もどうかしてるぜ。
「華恋先生、どうですかね」
「中々いいんじゃない?皆楽しそうだし。とりあえず、次は二人の距離がグッと縮まるシーンまでいかない?」
「合点承知の助!」
清楚さん、キャラがブレまくりじゃないですかね。
それとも、彼女は仲良しジャンキーにでもなってしまったとでもいうのか。
それに、岡のノリも気になるところだ。
「なんでそんなにやる気に満ちてるんだよ、お前は」
「メインヒロインに一歩でも近づくために、こういう茶番もやっておくべきでしょ」
「どういう理屈だよ。清楚さんも、一体何を考えているんだ?」
「入部したての演劇部の子が言っていたの。全く知らない相手とも、劇を一緒に演じることによってすぐに仲良くなれたって」
なんて安直な考えなんだ。
「じゃ、気を取り直して、実は主人公が世界を滅ぼす存在で自我を失い暴走してしまい、ヒロインはそれを殺し世界を救うも最後に主人公が自我を取り戻してヒロインが泣きながら死別しちゃうシーンで」
「なぁ、ウチの出番は?」
「シャラップ!」
早口で伝えられる長い上に訳が分からない設定。
学園ものじゃなかったのかよ。
流石にこれでは、清楚さんに圧をかけられ渋々付き合っていた野薔薇さんも断りを入れるだろう。
「もうヤケだわ、やってやるわよ!そうすれば終わるんでしょ!」
「はぁ!?」
なぜか急にやる気を出す野薔薇さん。
「ベネ!それじゃあまずは主人公を殺すところからね!いい、グーじゃなくて蹴りだからね!ツンデレといえばの鋭い蹴りで仕留めてちょうだい!」
「へ、へへへ、やってやろうじゃないの。サンドバッグ、サンドバッグを蹴ってストレス解消じゃい」
ストレスが限界突破したのだろう、虚ろな目をした野薔薇さんが何やら呟きながら俺に近づいてくる。
「待てよ!俺はまだ許可してないぞ!」
「うるさいわね!男ならこのくらい我慢しなさいよ!」
皆さん、このセリフ、岡のセリフではなく野薔薇さんのセリフなんですよ。
驚きですね。
なんて現実逃避していると。
「ちぇりゃりゃー!」
構える暇もなく、腰の入った野薔薇さんの蹴りが放たれる。
読者の皆様、ご愛読ありがとうございました!
「ぐぇあ」
モロに頭部へハイキックを受けた俺はたまらず倒れる。
衝撃で意識を失いそうになり、もういいや、このまま眠ってしまおうと思い立ったが。
この状況、劇をきっちり成功させなければ、リテイクで再び蹴りを入れられる危険性があり非常にまずい状況だ。
まだ、死にたくない。
俺にはまだ、年下の幼馴染に毎朝起こされ、その子の作った朝食を食べ、陽だまりの中で笑い合うという夢を叶えちゃいないんだ。
その時、俺の中で芸人魂が目覚めた。
「思い出した。ちーちゃん、ちーちゃんだよな」
「えっ」
「昔、よく遊んでいたよな。いつも泣いてばかりだったけど、誰よりも優しかった、あの子だ」
「どうして、いまさら」
「ごめんな、遅くなって」
視界が黒く染まり始めるも昔の思い出を辿っていると、ちーちゃんが俺の傍に座り自分のツインテールを結ぶリボンをほどいた。
「ずっと、つけてたんだよ。別れる時に渡してくれた、リボン。毎日、鏡の前で結ぶときに、もう泣かないって、そうすればまた、あなたに会えるって」
「うん、強くなったね。もう、俺が手を引かなくても生きていけるくらいに」
「そんなことない!せっかくまた出会えたのに、こんなのって、あんまりだよ!」
死が足音を立てて近づいてくる。
もう、何も見えない。
今まで憎んでいた世界も、愛していた人も。
ただ、頬に落ちる暖かい雫だけが俺をここに繋いでいる。
「ちーちゃんのおかげで、俺は人間として逝ける。だから、泣かないでくれ」
「勝手なこと言わないで!こんな残酷な世界だけを私に残しておいて、置いていかないでよ!」
俺は最後の力を振り絞り、手探りで彼女の頬に触れる。
「ちーちゃん、生きてくれ。君は、俺がこの世界で愛した、たった一人のヒトなんだから」
そして、少しの沈黙の後。
「――勝手にすればいいじゃない、アンタなんか知らない、アンタなんか、優のことなんて忘れてやる!アンタのことなんて忘れて、楽しく、生きてやるんだからっ!」
彼女の震えた声が俺の憎しみを消し去っていく。
「本当に、バカなんだから。この、バカ」
ああ、これで、ようやく眠れる。
「カーット!いや素晴らしい!よっしゃ、この映像をもとに高校生でハリウッドデビューじゃ!」
目を薄っすらと開けると、興奮する岡とハンカチを手に涙ぐむ清楚さんの姿が映る。
そして、岡の大声を聞いてハッとした野薔薇さんの様子がうかがえる。
私、何をやってたんだろう、と正気を取り戻したのだろう。
「もうイヤーッ!」
そして、彼女は走って教室を飛び出していった。
「ダーリン、中々良かったわよ。全米が泣いた」
「うるせぇ」
少しだけ楽しかったかも、なんて湧き出た感情に必死で蓋をしながら、俺はそのまま意識を失った。
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