俺に
二週間ほどが経って、僕がこのサークルに入会することを決めたのは梨夏ちゃんがいたからではない。
もちろん彼女もいたらいいなあ、とは思っていたけれど、一番の理由は先輩たちが面白かったからだった。
特に初回の浅草散策ツアーでグループリーダーを務めてくれた
あの日のカラオケも、彼に声をかけられたからついていった。以降も何度もいろんなところへ連れて行ってもらっている。
「結局
「入ろうと思います。風間さんいるし」
「嬉しいこと言うじゃん。今日夜うちで麻雀打つ?」
「行く行く」
風間さんの家は地域活動サークルの溜まり場になっていて、行けば大抵誰かがゲームや昼寝をしている六畳間だった。人数が揃えば今日のように麻雀やボードゲームをプレイしている。
僕も早々に合い鍵の隠し場所を教えて貰ったので、サークルに正式加入をしたらこの家で遊ぶことが増えるのだろう。
「あ、それっす、ロン」
「うそ~!」
「いや、
「すそ~!」
麻雀が中盤に差し掛かったあたりでメッセージの通知が来た。
【梨夏】「今何してるの?」
梨夏ちゃんからだった
どくん、と心臓が高鳴る。
初めて出会った浅草散策ツアーの時に、半ば事務的に連絡先を交換し合っており、サークル新歓日には「今日は来てる?」などの連絡のやり取りが生じていたけれど、こんな風に何気なく連絡が来るのは初めてだった。
これは、すぐに返信していいのだろうか。
あんまり返信が早いと、何か変な風に思われないだろうか。
少し葛藤したけれど、「今何してるの?」という問いに対して数時間開けて返信するほうが愚かだと思い、三分ほど放置してから返信をした。
【ひろと】「風間さんちで遊んでるよ~! どうしたの?」
【梨夏】「え いいなー」
即レスだった。
僕が三分ほど放置したのが馬鹿みたいだ。
【ひろと】「いいでしょー 梨夏ちゃんは入会するの?」
【梨夏】「まだきめてないー」
【梨夏】「博斗くんは?」
【ひろと】「もう入ることにした!だから今日も風間さんちにいるw」
【梨夏】「えーじゃあわたしも入ろうかな」
再度僕の心臓が高鳴った。
梨夏ちゃんが入ってくれる。
それになんだこの言い方は。
まるで、僕が入るって伝えたからそう思ってくれているみたいじゃないか。
もしかして梨夏ちゃんも多少なりとも僕を意識してくれているのかな、だったらいいな。
【ひろと】「いいじゃん! 梨夏ちゃんがいてくれると心強い笑」
【梨夏】「ちなみに今は何して遊んでるの?」
【ひろと】「麻雀してるw」
【梨夏】「いいなー」
【ひろと】「麻雀わかるの?」
【梨夏】「わからないけどやってみたい」
【ひろと】「お~いつでも教える!」
ひとつツモを切るごとにひとつ返事を返していく。
もうほとんど麻雀に集中なんてできていなかったけれど、最低限ゲームの進行には迷惑をかけないようにしていた。その時、梨夏ちゃんから思いがけないメッセージが届く。
【梨夏】「私も行っていいかな」
来てほしかった。
でもこの空間には今、二年生の男が三人と僕の合計四人しかいない。そこに誘うのもどうなんだと思い正直に伝えると、「そっちがいいなら行きたい」と返事が来た。
「……新歓でいた梨夏ちゃんって覚えてます?」
僕は思い切って三人に尋ねた。
「なんか麻雀やってみたいらしくて、来たいって言ってるんですけど、ここって女子禁制すか?」
そう言うと対面に座っていた
「俺らはいいけど、一女この部屋に呼ぶのは犯罪やろ」
風間さんの部屋はそんなに綺麗ではない。
「梨夏ちゃんってあの子? あのカラオケで『ルカルカ★ナイトフィーバー』歌ったっていう?」
「あ、そうですそうです」
そんな噂になっていたのか。
「入会すんの?」
「ん-、前向きではありますよ」
「ならちゃんと囲うか……」
「ちゃんと囲うってなんすか」
「スクラム組む」
「一女を物理的に囲うな! ノックオンしないでくださいよ」
「おもろいこと言うやん」
全員の許可をとった後、梨夏ちゃんに近くのコンビニまで来てもらって、無事に合流することができた。
梨夏ちゃんは結構ぽわぽわしているので、先輩たちは時々扱いづらそうにしていたけれど、基本的には楽しく遊ぶことができた。最初は麻雀をやっていたけれど難しそうにしていて、途中で人生ゲームに切り替えた。僕は子どもを二人産んで、そこそこの家を買った。
二十三時くらいになって誰ともなく「梨夏ちゃんは帰んなくていいの?」と言い出した。
僕は既に何度かこの家で朝を迎えているし、きっとこれから何度もそうなると思うけれど、さすがに大学一年生の女の子をこんな時間まで男の家にあげておくのもなあ、と。
「そうですね、そろそろ帰ります」
僕は「一人で帰れる?」という言葉を飲み込んで、「送ろうか?」と言った。
さりげなく。声が上ずらないように。
梨夏ちゃんは一瞬首を振りながら悩んで「じゃあお願いしようかな」と返した。
「誘ってくれてありがとね」
「大丈夫だった? あんな男だけのむさくるしい空間で」
僕たちは二人並んでゆっくりと夜道を歩いていた。
梨夏ちゃんは少しだけむっとした顔で「楽しかったよ」と言う。それならよかった、と僕は思った。
「博斗くんはもう入会決めたんだよね」
「決めたよ。梨夏ちゃんはまだ決めてないんだよね」
彼女は少し俯いて、肯定した。
「もうひとつ入りたいサークルがあるんだ」
「へえ、どんなところ?」
「……ダンスサークル」
聞いた瞬間、僕の脳裏に『ルカルカ★ナイトフィーバー』を楽しそうに踊る梨夏ちゃんの顔が映る。半ば反射で「いいじゃん! 向いてると思う」と口に出した。
「えへ、ほんとかな」
「本当本当。カラオケの時のダンス凄かったもん」
「……恥ずかしいよ」
顔を赤らめながら大げさに手を振る。その顔があまりに愛しかったので、僕は少しだけ息が苦しくなった。
この子と付き合いたい。強くそう思った。
僕は今まで誰とも付き合ったことがなかった。もちろん好きな人はいたし、告白をしたことも、ありがたいことに告白をされたこともあった。
でも交際に至ったことはなく、大学生になったら恋人を作ろうとひそかに意気込んでいた。もちろん、童貞を卒業したいという邪な気持ちもある。
女々しいと言われるかもしれないけれど、僕の童貞は好きな人に捧げたい。
梨夏ちゃんは可愛い。それにほんの少しは僕のことを意識してくれている気がする。そうじゃなかったら突然今何してるかを聞いてこないだろうし、こうして夜中に一緒に帰ったりなんかしないはずだ。
まだ会って間もないのに僕のことを意識なんてするだろうか?
いいや、してもおかしくない。僕が証拠だ。
彼女も僕と同じく地方から上京をしてきているので、心細いのだろう。
「例えば、兼サーなんてどう? 二つのサークルに入っている人、結構いそうだよ」
「それも考えたんだけどさ、地域活動の方って毎週の火曜日と金曜日でしょ? ダンスも同じく火曜日と金曜日でさ。活動日が被っちゃってるの」
「あー。じゃあさ、半分ずつ出るとかは?」
「そうだよね。それしかないかな。まあ両方ともそんなにハードな団体じゃないし」
梨夏ちゃんと半分しか一緒に活動できないのはすごく残念だったけれど、それでも入ってくれないよりはマシ。そう思っての提案だった。
本当はダンスサークルなんて入らずに火曜日も金曜日も一緒にいたい。でも、ここで「ダンスなんてやめなよ」なんて言葉が言えるほど僕は自己中心的じゃない。
むしろ、少し背中を押したほうが好感度が上がると思った。
彼女の家に着く。オートロックのある綺麗なアパートだった
二ミリだけ、上げてもらえるかなという期待を抱く。家に上げてもらえたら、僕はうまくできるだろうか。
「今日は送ってくれてありがと。また入会したら連絡するね」
僕はゆっくりと手を振って、彼女の姿が見えなくなるまでそこに立っていた。
未練がましく。
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