二人で踊りましょう

姫路 りしゅう

あの日の

♪怖がらないで二人で踊りましょう


 名前も覚えていない二年生の男の先輩がオクターブ下でそう歌った瞬間、僕以外の全員が「カモーン!」と合いの手を入れた。


♪ルカルカ★ナイトフィーバー はじけるリズムに合わせて


 『ルカルカ★ナイトフィーバー』とはボーカロイド黎明期を支えた伝説のダンスミュージックのひとつである。

 あまりボカロに明るくない僕でもタイトルくらいは知っていた。曲は知らなかったけれど。

 リズムに合わせて何となく体を揺らしながら、こっそりと二つ隣に座っていた梨夏りかちゃんを見る。


 梨夏ちゃんと会うのはこれで二回目だった。

 会ったのは二回とも、大学の地域活動サークル……要するにボランティアサークルの新入生歓迎イベント。

 僕と梨夏ちゃんはともに新入生で、一回目の浅草散策ツアーでは同じ班。二回目の焼肉イベントでは違う机だったものの、こうして二次会のカラオケで合流していた。


 前原梨夏まえはらりかは前髪をぱっつんに切り揃えたショートボブで、愛嬌のある小動物のような子だった。

 梨夏ちゃん。

 高校と大学の大きな違いは、初対面の人の呼び方にあるように思う。苗字+さん付けではなく、下の名前やあだ名で呼び合う。この文化に慣れないながら、僕は彼女をそう呼んでいる。

 彼女も当然のように『ルカルカ★ナイトフィーバー』を口ずさんでいて、それどころか体の前で手を広げて小さく踊っていた。

「おっ、梨夏ちゃん踊れる系?」

 先輩がそう聞くと梨夏ちゃんは少し恥ずかしそうな顔で「はい」と笑った。

「えー、踊って踊って!」

 そう言いながら先輩たちがカラオケの机を動かしてスペースを作る。

 十人くらいが歌える大部屋に六人で通されたので、少しの労力でダンスステージが出来上がった。

 梨夏ちゃんは「えー、本当にやるんですかー?」なんて言いながら立ち上がって、二番の頭のところから踊りだす。

「リカリカナイトフィーバー!」

 みんなで楽曲の「ルカ」だった部分を「リカ」に変えて歌う。


 振り返れば僕が恋に落ちたのはこの瞬間だったのかもしれない。


 『ルカルカ★ナイトフィーバー』を可愛く踊る女の子から、僕は一秒たりとも目を逸らせなかった。

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