06-11



「こんにちは、ノナカ サトル。私は自律型監視AI『目』のプロトタイプ三号」


 疑惑の依頼人によく似たその女は、これまたよく似た声色で言葉を紡ぐ。


「チヒロと一緒に、ミソノの意思を継いで活動をしているわ。あの夜、貴方に姿を見せたのもその一環」


「私自身もある役割のために作られた個体なの」


 機械のように淡々とした口調。

 氷のように冷たい目線は、どこかの女王に似ている。いや、見れば見るほど瓜二つだ。

 

 携帯端末のカメラを向けて、ヒカリにもその姿を見せる。


「えっ!? さっき私をここまで連れてきてくれた彼女さん? えっ、えっ! なんでそっちの空間にいるの!?」


 ヒカリが慌てふためいている。

 バタバタという表現が似合うほど困惑している彼女を見て、サイカワはくすくすと笑っている。


「実に良い反応をするね。でも驚くのも無理はないか」


「彼女……いや、先ほど言ったとおり、本当の彼女じゃないよ? ある役割のために、彼女自身にあてられている個体名がない。だから、と読んでいるんだ。ここでは便宜上、三号と呼ぼう」


「三号はクラッキングの達人でね。彼女のその身体はノアボックスから盗み出した人型機体の試作機だよ。……ミレイに対する妨害工作のひとつだね」


「実際の機体の見た目はマネキンのようだけど、立体映像でスキンを変えられる機能を持っている。機体の操作者の姿を映すことができるんだ。立体映像だから身体全体が少し発光してしまうんだけどね。幽霊のときは却ってそれがいい演出をしてくれた」


 目の前の女の幽霊――三号は、右手をこめかみのあたりにかざす。

 カチカチと機械的な音が小さく鳴ったかと思えば、三号の見た目が女性の姿から、マネキンのような人形が現れた。

 のっぺらぼうのように滑らかな表面の顔には、右目のあたりに小さな単眼カメラが取り付けられている。

 

「……お前が部室に来たときに話したプログラミング部への入部者ってことも、誕生日のプレゼントってのも嘘か」


「……食や服に興味がないことは事実だけど、それ以外は……そう。悪いけど。君にゴメンマチ ノブコとその童謡について知らせるための嘘さ」


「ごめんなさいね。せっかく隣町まで行ってくれたのに」


 カチという音が再び鳴ったかと思えば、青白い光が目の前の人形を、足元から頭に向かって覆っていく。それに少し遅れて、足元から徐々に三号の姿が現れた。

 先程のサイカワの説明のとおり、その表面は立体映像で表現されているようだ。三号は暗くなった周囲の木々の合間にぼうっと浮かんでいるように見える。


 なるほど、アサギふれあい広場で見た幽霊がぼんやりと光って見えたのはこの立体映像の特徴故か。

 突如消えたように見えたのも、立体映像をオフにして周囲の暗闇に紛れたためだな。


 しかし、これほどまでに高度な技術を要するものが今の物理空間で作れるとは……一体どうやって……。


 

 ……いや、よく考えればそれほどおかしいことでもない。これを作ったのがノアボックスなら。


 ミレイが物理空間に進出するための下準備、と先程サイカワは言っていた。ミレイの物理空間上の身体を作る工場がシノノメにあると。


 それ自体が、リソース的な観点でノアボックスがこのような機体を製作可能であることを示す証拠だ。

 事実、工場そのものはシノノメにあったのだ。10年前になかったものが、いつの間にか現れたのだ。つまり新たにそれを作ったということだ。

 工場を作るリソースがあるなら、人型機体を作る材料だって手に入れられてもおかしくないだろう。


 材料だけでなく、作る技術の観点でも不可能ではないかもしれない。

 なぜなら、ノアボックスの前身は宇宙開発をしていた企業だ。ものつくりをしていた工場だ。

 どうやってロストテクノロジーを避けたかはわからないが、記録に残していた技術が全く無かったわけではあるまい。

 もちろん、それを直接伝えてくれる人がいない状況で、記録だけを見てその技術を再び蘇らせるのは相当に大変だろうとは思うが――0から1を作るよりかは現実味があるだろう。


「――では、登場人物も揃ったわけだし、そろそろお話しようか。我々の目的を」



――――――



「結論から言おう。我々の目的は電脳空間『ボックス』からミレイを除去することだ」


「今やミレイはノアボックスの全ての権限を有し、奴の思うがままにこの世界を牛耳ろうとしている。それを阻止する」


「しかしながら同時に、奴を消せば、ノアボックスの運営に、ひいては『ボックス』の存続に支障をきたしかねない。そこで、三号がミレイになり代わり『ボックス』の運営を継続する」


「調査により、ミレイを成すデータが格納されているサーバ及び実装基板の物理座標を割り出した」


「サトルくんにお願いしたいのは、その基板のネットワークからの切り離しと隔離だ」


「サーバ室に入ることのできる人間は限られる。入室権限もそうだが、サーバ室内は電磁シールドが張られていて無線による通信ができない。従い、せっかく盗んできたその試作機はサーバ室内に入った途端唯のマネキンになってしまう」

 

「生身の身体を持った人でないと、我々の目的は達成出来ないのさ」


「サーバに入ることのできる生身の人間。サーバの保守管理を任されているノナカ家の君しかできないことだよ」


 静かな口調で流れるようにサイカワは話す。

 シトシトと振り続ける雨。

 木々の葉を叩く水滴は優しい一方で、置かれた現状は厳しい。


「……それって……基板をネットワークから切り離すって」


 小さく、ヒカリが問いかける。

 ――あぁ、俺も同じことを思ったよ。


「……俺に、ミレイを……人を殺せって言っているのか……?」


 基板をネットワークから切り離すこと。

 完全、確実な切り離しとなれば、やることは当該の基板をサーバの筐体から取り出すことだ。

 端から見れば電子部品のたくさん乗った緑色の板を取り出しているだけ。


 でも、それの起こす事象の重さは違う。

 基板をネットワークから切り離せば、その基板上のメモリに格納されたデータは電脳空間「ボックス」と同期を取れなくなり、データとしての代謝をしなくなる。

 つまり、その基板に格納されていた人間は――死ぬ。それは、殺人と変わらない。

 

「……あれは人間じゃない。AIだよ。強烈な自我を宿し、鬼にまでなってしまったAI」


「いいかい、サトルくん。いま、人類は大きな危機を迎えているんだ。ミレイによってね」



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