06-07
悠久の時を経て獣道のようになった小道を、落ちている枝や石に躓きながら転がるように走り抜けると、少し開けた空間に出た。
うっそうと茂る木々の中にぽっかりと開いた、幅30メートル、奥行き10メートルくらいの小さな空間。薄明光線のように木々の隙間を縫って届く光は、そこに立ち並ぶ人工的に削り出された直方体の石の数々を優しく包むように照らしている。
そう、ここは墓場だ。
家の裏手、林の奥にひっそりと遺る、先人達の眠りの地。
誰の土地かはわからない。
おそらくクチナシの行政が持っている土地であろうとは思うが定かではない。確かめてどうなるものでもない。
ただ、かつてのクチナシの人口を考えれば、そのすべての人々が眠るにはいささか小さすぎるので、他にもここと同様に墓場として用いられている土地があるのだろうと推測する。
実際、ヒカリの両親の骨は墓に納められたと親父に聞いたが、この墓場であるとは聞いていない。
墓場の左手、朽ちかけた小さな祠のような建物の中に鎮座する地蔵を見て、いったいどれほどの時間そこで手を合わせていたのだろうかと思いを馳せてはみたものの、しんとした空気の重さに当てられて虚しさのみが胸に残った。
地蔵の横から墓場の長手方向に並ぶ墓石を横目に何メートルか進み、息を整える。
比較的経年劣化の進んでいない誰かの墓石の横に差し掛かったところで、左手に持った携帯端末から声がした。
「……ここまでくれば、取り急ぎ危機は脱したと言えるだろう。まぁ、いつまでもここにいられるわけではないけどね」
「……どうしてこの場所を知っている?」
素朴な疑問だった。
この墓場の存在は知っていた。決してなじみ深い場所ではないが、家から比較的近いし、小さいころは先ほど通ってきた林で遊ぶこともあったから、この墓場まで足を踏み入れることも時々はあったからだ。
しかし、おそらくこのクチナシで最もこの墓場に近いところに住んでいる俺ですらその程度の認知だ。人が訪れているところを見た記憶はない。
そんな場所を、なぜ、この男が知っているのだ。
電脳空間にしか身体のないこの男が――――。
「……聞きたいことは山ほどあるだろうね。いくらでも聞いてもらって構わないさ。まず、キミの質問はどうしてここを知っているか、だね」
「それは――僕の母が眠っているからさ」
サイカワの母が眠っている……?
サイカワは電脳空間の住人だ。物理空間に身体があるとは聞いていないし、身体があったとも聞いていない。
サイカワの母が眠っている、という彼の今の発言も含めると、サイカワの家系において電脳空間への移住が始まったのはサイカワの両親の代であったということがわかる。
でも待て。少しおかしいぞ。
サイカワが生まれるには、当然ながら出産までサイカワの母が生きている必要がある。一方でサイカワの母は死ぬまで物理空間側の身体を持っていたということだから、その身体の電脳化プロセスが完了する前に電脳空間側でサイカワを生んで、物理空間側で亡くなったということになる。
つまり、物理空間側の身体が機械、そしてプログラムに置き換わる前に電脳空間側で妊娠し出産しているわけで、身体が機械やプログラムに置き換わる前の本人にとってみれば、電脳空間はVRのような夢の世界のようにしか感じていないはずだ。
そのような夢見心地で出産したのか……?
いや、そもそも「ボックス」の契約書に、身体的・精神的な負荷を避けるため身体の電脳化プロセスでの妊娠・出産は制約がかかっているような旨が書かれていたような……。
「……やはり、気付いたね。さすが。……訂正しよう。厳密には母ではない」
「――――僕を作った人だ」
……母ではなく、作った人?
まるで人工的に作ったような物言いをして……どういうことだ。
サイカワの言葉の意図を掴みかねていると、携帯端末からチャイムの音がする。「部屋」に誰か来たようだ。
「……彼女から連絡が入った。部屋の前までヒカリくんを連れてきた、と。入れてあげてくれ」
もう連れ戻してくれたのか。
随分早いな。しかし、ありがたい。お礼を伝えなきゃ。
……サイカワと同様、いったい何者なのかも気になるしな。
「あ、あぁ。解錠」
ガチャと部屋の入り口のサムターン錠が回る音がする。
直後、キィと控えめな音を出しながら扉が開き、見慣れた顔が現れた。
「……ただいま。今すぐ戻りなさいって、ミレイちゃんに似たとても綺麗な人に連れられて来たんだけど……たった今一瞬目を離したらその人いなくなっちゃって…………ってあれ? サイカワくん? なんでここにいるの?」
は? 消えた?
そんなわけあるか。人が消えるなんて。
それこそ、ミレイのお母さんやアオヤギ先生のような……。
サイカワは自身の持つ携帯端末を一瞥した後、ヒカリの方に優しい笑みを向けながら答える。
「彼女は後から来るってさ」
「え!? あのすっごく綺麗な人、サイカワくんの彼女さんなの!?」
「ふふふ。彼女、喜ぶよ。けど彼女のことは彼女が来てから紹介するから、まずは、僕のことをお話させてくれるかな?」
「――では改めて。僕の名前はサイカワ チヒロ」
「サトルくんの目の前の墓に眠る技術者によって作られた、自律型監視AI『目』のプロトタイプだ」
目の前の墓、正面から見て右の墓誌に刻まれている一つの名前。
サイカワ ミソノ。
俗名であろうその名の下に刻まれた没日は、今から10年前の日付であった。
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