06-08
「……お、お前……一体何を言って……」
さらさらと生暖かい風が顔を撫ぜる。
額を伝う一筋の汗を冷やしたそれは、周囲の木々を揺らし、ぽっかりとあいた頭上の穴へと吹き抜けていく。
冗談はよせ。
そう言いたい気持ちだった。
けど、言いきれなかった。
目の前にもうひとつ、信じられない事実があったから。
なぜここにサイカワ ミソノの墓がある――?
ミレイが我が部室に現れたのは一週間程前だ。
その時ミレイは、母が行方不明になって二週間と言っていた。
つまり、今日を起点に考えれば、ミレイのお母さんが行方不明になったのは三週間程前ということになる。
一方で、目の前の墓、その墓誌に書かれた没日は今から10年前の日付だ。
もし目の前の墓が我々の探しているミソノのものなら、時間の辻褄があわないのだ。
ミレイの母とは別人のサイカワ ミソノさんか?
……いや、10年前においても物理空間側に住む人が少ない状況は同じだ。偶々、赤の他人のサイカワ ミソノさんが物理空間側にいて10年前に亡くなり、殆ど知る人のいないこの墓地に眠ることになった、と考えるのは無理がないだろうか。
……ならばこの墓そのものがダミー?
サイカワ ミソノが眠っているように見せかけた空っぽの墓?
……そうまでして何をどうするんだ。
そもそもダミーを仕込んでまで騙したい人間なんて物理空間側にいるものか。
それこそ幽霊の件と同じだ。もっと人目につくところにこの墓を置かなければ、騙したい人の目に触れる機会すら得られない。
ならば――――。
考えたくない可能性が頭をよぎる。
前提が崩れさる。
全てが覆る。
俺達は一体何のために、調査をしていたのか――――。
「――ミレイの依頼は嘘?」
ポツリと口から出た、目の前の墓の存在から帰着する一つの可能性。
純白の部屋の中、寂しげに下を向く幼馴染。
否定も肯定もしない、その佇まい。同じ結論に至ったことは――長年の付き合いだから――想像に難くない。
その隣で、カメラに映る色男はさらりと答える。
「――そう。ご明察」
それを聞いたとき、ガラリと何かが崩れるような感覚を覚えた。
「オニヅカ ミレイが君たちのもとに来た時点では難しかっただろうけどね、色々な情報を得たいまこの断面でよくよく考えてみてごらんよ。妙なところがあるはずだ。それが彼女の嘘の証左」
「オニヅカ ミレイは彼女の母のミソノを探したいと言って、手掛りとなる土地はシノノメと言ったそうだね。そして彼女は、電脳空間側のシノノメは国有の自然公園、と言って調査の対象から外した」
「おかしいと思わないかい? 君たちは電脳空間のシノノメを実際に見たのかい? その上で調査する価値がないと判断したのかい? 自分の母がいなくなったその時、手がかりのありそうな土地の名前がわかっていたら、物理空間側だろうが電脳空間側だろうが構わず一度は見に行こうとしないかい?」
思えば、ミレイの言うことを信じただけで、俺達は電脳空間側のシノノメには行っていない。行こうともしていない。
「……ネットの地図でいま調べてみたけど、ちゃんと自然公園と表示されているよ。それに、ミレイちゃんは、じいやが確認したって言ってたし……」
ヒカリが小さく述べる。
かつての依頼人に対して湧き上がる猜疑心を払拭したいかのようだった。
だが、それも虚しく否定される。
「そりゃあそうだろうね、奴らはそれくらいはするだろう。……僕が言いたいのはね、なぜその地図上の表示を信じられるのか、ということさ。君たちが認識したように、この世界は、自分たちの都合の悪い情報を検閲し捻じ曲げるような集団の作った電脳空間だぞ?」
「それを認知してもなお、電脳空間側のシノノメに行ってみようという発想にならない。自分の母でありながら。……じいやが確認したから? それでも他所をしばらく探して見つからないなら、もう一度確認してみようとか自分でも行ってみようとはならないのかい?」
「彼女の言う彼女の父だって今となっては信用できないのだろう? にも関わらずなぜそのじいやの言うことは信用できるんだい? ……パソコンの解析を優先するのは良しとしても、その次の優先度くらいで電脳空間のシノノメが調査対象に挙がってもおかしくない。……しかし挙がらない。真面目に探そうとしているとは到底思えないね」
「そして、よく考えてみれば、そもそもその嘘に無理がある事がわかる。……これは君も思ったんじゃないか? シノノメは自然公園にするほど景観の優れた場所だったか、と」
サイカワの指摘は図星だった。
10年前のあの日、事故の前に見たシノノメの光景は、決して面白いものではなかった。
並ぶ空き地、点々と現れる廃墟。
そこには自然の力によって途方もない時間をかけて作り出されたような、観光に耐えうる自然物――山や渓谷などがあった記憶はない。
電脳空間は物理空間のコピーだ。
つまり、電脳空間側のシノノメの地形だって、こちら側と大差ない。
観光に耐えうるような自然物は、電脳空間側にコピーされた時点においても、こちらと同様に全く無かったはずだ。
電脳空間側のシノノメが生まれ、こちら側のシノノメと別の歴史を歩みだして一世紀ほどは経っているが、高々一世紀程度で自然公園という、自然物を見世物にするような土地に進化するとも思えない。
「……図星のようだね。君の直感は合っている。シノノメの地理を思い出してみようか」
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