05-12
歴史の授業は一区切りついたようだ。
アオヤギ先生は手元にあった水筒を開け、喉を潤している。
その正面に座る、射干玉の黒髪の女王。
その肩は小さく震えていた。
「まさか……私の先祖がそんなことをしていたなんて……誰からもそんなこと……」
自分の先祖が武器を売り儲け、結果人類すべてから恨まれていたと知ったら。そして、逆恨みのように人類すべてを憎んでいたと知ったら……どのような感情が心を襲うか計り知れない。
ミレイの母、ミソノさんがいなくなった状況、そしておそらくミソノさんはノアボックスに何らかの不信感を覚えてその身を隠した、ないしは攫われたと推測される点を鑑みれば、アオヤギ先生の話した背景情報は信用に足るものと判断できよう。
この史実を、誰からも聞かされていなかったのなら……すべてが疑わしく思えるのだろう。たとえ、これまで信頼していた自分の家族でさえも。
……しかし、アオヤギ先生の話で一点だけ気になることがあるな。
いや、二点か。聞いてみよう。
「アオヤギ先生、今の話を聞いて二つ質問があります」
「なんだい、サトル」
「オニヅカ ハジメもしくはそれに噛んでいた人が、オリーブに対してアンチ活動をしていたんですよね? つまり、オニヅカ家もしくはその仲間が電脳空間への移住に対して反対していたってことだと思うんですけど、結果オニヅカ家は後に『ボックス』をリリースしている。なんだか矛盾しているように感じるんですけど……」
「……いい着眼点だ。そう、そこは実のところよくわかっていない。ただオリーブの活動の邪魔をしたかっただけで、電脳空間への移住そのものに思うところはなかったのか、はたまた別の意図があってそうしたのか、わかっていないんだ。だからゴメンマチ家はずっとオニヅカ家の動向を追っているんだ。どうやって電脳空間を構築する技術を得たのかも不明だから」
……ということは、ゴメンマチ ノブコの著書「ノアの方舟構想」を得た際に推測した、ノアボックスとゴメンマチ ノブコが開発に協力してたなんて状況はまさにただの妄想だった、ということか。
だとすれば、どうやって電脳空間『ボックス』は作られたんだ……。
オニヅカ ハジメさんの持っている技術はロケットに関するものであるはずだから、電脳空間を構築するエンジニア技術には長けていると思えないけど……。
「どうやって開発されたかもわからない電脳空間に、当時の人類はよく飛びつきましたね……。しかも、ノアとしての実績を隠しているはずだから、ノアボックスはぽっと出のベンチャー企業のようにしか見えないはずなのに……」
「……そうなんだよ。本当に謎なんだ。当時どうやって『ボックス』が確立されたか。……言いにくいが……どこかから技術を秘密裏に盗んだというのが一般的な推測だけど、証拠がない。そしてノアボックスの意図も不明だ」
「ゴメンマチ ノブコさんの童謡『あわれなおにのゆくすえ』はまさにそこを突いたんだ。反省しているのなら過去の過ちをとやかく言うことはないが、寸前まで電脳空間への移住に対して激しく抗議をしていたような人達だ。反省しているとは到底思えない。そんな人達が母体となる企業がある日突然、得体のしれない技術で電脳空間をリリースした。そこに移住することは果たして本当に危険がないのか、とね」
「前身たる企業ノアの歴史的背景も含めて、当時オリーブが想定した最悪のシナリオを盛り込んで、あえてセンセーショナルな歌詞にしたんだ。炎上覚悟でね。そうでないと止められないと思ったからだ」
「オリーブを通じてマスコミや政府権力者へ働きかけることで、その童謡をリリースしてすぐは、テレビ、ラジオ、SNS等で拡散することができたが…………一週間程度経った頃合いでぱったりと世のメディアから姿を消したんだ」
「オリーブが築き上げてきたマスコミや政府に対する地位も弱められていることにその時気付いた。……いや、その頃には安全性がどうのこうのと言ってられない程に地球環境が悪化していたから、とにかく移住することが優先で、ごちゃごちゃ言っていたオリーブは目の上のたんこぶのような存在だったかもしれない。そうだとしても、ぽっと出の得体の知れないベンチャーのリリースする電脳空間に人類史を預けてしまうのはどうかと思うけど……」
「そうして人類は電脳空間『ボックス』に移住してしまったわけだけど、それでも探り続けなければならないものはある。それは、ノアボックスの意図だ。なにを企んでいるのか。『あわれなおにのゆくすえ』にある程度想定されるシナリオは歌詞として書いてあるが……ノアボックスがいつなにをどうするかわからない」
「物理空間側のシノノメに得体の知れない建物が建っていると言っていたね? ゴメンマチ家も10年前に、何かしらの建造物が建てられる前兆があるという情報を得ている。……その後、実際の建物の姿などは情報を得られていないし、建造の目的もわからないが、もし童謡のとおりだったら、一大事だ」
「だから、シノノメのことも含めて、今もゴメンマチ家はノアボックスの意図を探っている」
ゴメンマチ家は物理空間側の情報も得られる状況にあるのか。
けど、「あわれなおにのゆくすえ」の歌詞が想定されうる最悪のシナリオであるならば、たしかに物理側でも監視する必要はあるよな。
しかし10年前、か。それ以降は監視ができない状況に変わってしまったのかな?
……それも気になるか、もうひとつ気になっているのは……2個目の質問で明らかにするか。
「じゃあアオヤギ先生、2つ目の質問です」
「どうぞ」
「……どうしてアオヤギ先生は、そんな情報を知っているんですか? 歴史の教科書にも載っていない、ノアとゴメンマチ家の抗争について。そして今もゴメンマチ家は云々って」
しばしの沈黙。
少し中空を見上げた後、アオヤギ先生はこちらに――カメラの方に目を向けて、じっとりと重く、答えた。
「……ゴメンマチ家の末裔の一人なんだ、私は。母がゴメンマチ家の出なんだ」
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