05-10



「サトルとヒカリが見つけてきた株式会社ノアと、電脳空間『ボックス』を運営するノアボックスには深い繋がりがある」


「……いや、繋がりという曖昧な言葉で表現するべきではないな。株式会社ノアは、ノアボックスの前身にあたる企業なんだ」


「つまり、すべての始まりはノアなんだ。ゴメンマチ家の活動の歴史も。サトル達が見つけた様々な疑惑も。全てはそこに起点がある」


 静かな語り口だった。

 時計を見れば、時刻は20時を回っている。

 窓の外の蛙の声は相変わらず勝手な調子で、煩く響いていた。


「株式会社ノアは、ある二人の技術者によって作られた会社だ。一人はわかるね? オニヅカ ハジメさんだ。このオニヅカ ハジメさんは、ノアボックスの創設者オニヅカ ジロウの親族にあたる。そしてもう一人が」


「ゴメンマチ イオリだ」


「え? ちょっと待って先生。オニヅカ ハジメさんと一緒に会社を作った人がゴメンマチ……イオリさんって人? その人ってゴメンマチ ノブコさんの……?」


 ヒカリが困惑した様子で尋ねた。

 同感だった。


 先生は先に、ゴメンマチ家とある企業――ノアとの抗争により、人類の電脳空間への移住が遅れた、と言った。したがい、まさかノアの創設にゴメンマチ家が関わっていたとは想像していなかったからだ。 


「ゴメンマチ イオリはゴメンマチ ノブコの祖父にあたる人だね。……実はかつてオニヅカ家とゴメンマチ家は友人関係にあったんだよ」


「彼らが創設した株式会社ノアは、宇宙開発、特にロケット技術に特化した会社だった。つまり、彼らは、人類の移住先としてまず宇宙を目指していたんだよ」


 世界大戦の頃に軍需工場をすでに有していたのであれば、当たり前だが、株式会社ノアの設立は世界大戦よりも前、ということになる。

 とすれば、先ほど教えてもらったように、当時の人類は、電脳空間への移住よりもほかの手段、地球環境改善へのアプローチ等、物理空間を捨てない方向での手段を主に検討していたことになる。

 その中でも、宇宙空間への移住というのは夢がある分、現実的な手段にまで落とし込むまでに壁がたくさんあっただろう。

 ……それが後の両家の確執につながるのか……?



「株式会社ノアは、最初は順調だったんだ。まだ人類は将来に夢を持てていたから。宇宙開発が容易ではないことを理解したうえで、投資をしてくれる人がたくさんいたから」


「けどそれも長くは続かなかった。どれだけ時が経っても見つからない移住先、思うように進まない技術開発、一方で刻々と悪化する地球環境。宇宙開発に対する期待感はみるみる薄れ、株式会社ノアは資金繰りに難儀するようになった」


「この人類の焦りは、宇宙開発界隈のみに限定されず、いろんな方面に噴き出した。最たる例は、地球環境への悪化に配慮しない国への苛烈なバッシングだ。各国がお互いの温暖化ガス排出量をやり玉に挙げて叩き合うようになったんだ。俺たちはこれだけやってるのにお前達はなんだって具合に」


「口論しているだけならよかったのに、ある国がミサイルを一発飛ばしてしまったんだ。それが世界大戦のきっかけだ。……歴史の教科書にはこの部分だけ書いているんじゃないかな?」


 ミレイとヒカリは静かに頷いた。

 たしかにそうだ。ある国が自国の経済状況の悪化を背景に他国に対して宣戦布告、同時にミサイルを発射したことをきっかけに世界大戦にまで発展し、ニホンはそれに巻き込まれたと習った。

 ……この経済状況の悪化、というのが、もしその国の地球環境への配慮のなさに対する他国のバッシング、つまり経済制裁のようなつるし上げだったとしたら……ストーリーとして筋は通っている。


「こうなればもう人類は止まらない、叩く相手が潰れるか、自分が相当痛い思いをするまでは。……そして、人類はなかなかしぶとかったし、痛い思いをしなかった。むしろ、美味しい思いをしてしまったんだ」


「地球環境への悪化に配慮して滞っていた経済が、戦争によって再び潤うようになってしまった。戦争には金がかかる。もし勝てば賠償金で儲かる。皮肉にも戦争で再び金が回りだしたんだ」



 実に愚かしい、と思った。


 戦争という時代を生きたことがない。

 だから、その時に生きた人たちの気持ちはわからない。

 けど、全人類が協力して自分たちの未来を創り出さなければならない状況下において、互いを叩き、金を得る行為になんの意味があるのか。

 それがわからない人間しかいなかったわけではあるまい。同じように、愚かしいと思う人がきっといたと、思いたい。


 顔も知らぬ、大先輩――我らが先祖に思いを馳せながら、アオヤギ先生の話を咀嚼することに努めた。


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