05-09
静寂を破ったのはヒカリだった。
「……先生。もしかしてその企業って、株式会社ノア?」
アオヤギ先生の目が丸くなる。
「ヒカリ、どうしてその名を……けど、そう、そのとおり。ノアとゴメンマチ家の抗争だった」
ミレイを見やれば、困惑の表情を隠せていない。
自身の家族の経営する会社と非常に名前の似た会社が突然話題に上がってきたのだ。それが、疑惑の電脳空間を揶揄する童話を作った人と敵対関係にあるのであれば、自身との関連性を想像できないとは思えない。
……もしかしたら、受け止めきれていないのかもしれない。
けど、ここまで話してしまったのなら、もう有耶無耶にはできない。
中途半端な優しさで隠すくらいなら、ありのまま曝け出して一緒に受け止める方がよっぽど親身な対応ではないだろうか。
「物理空間のアサギふれあい広場の慰霊碑の説明板に書いていたんです。ネコタニの依頼のためにそこに訪れたときに偶々見つけて。……アサギ地区には株式会社ノアの軍需工場があった。そして世界大戦のときに空爆に晒された。ノアの社長はオニヅカ ハジメ、と書いてありました。……けど、その事実は電脳空間側では残されていなかった。空爆があったという点のみ書かれていたんです」
「この物理空間側と電脳空間側の情報の不一致が隠蔽の結果であるならば、ノアボックスにとって軍需工場を持っていたノア、そしてその社長がオニヅカ ハジメであるということは不都合な情報であると推測できます。そしてゴメンマチ ノブコのあの童謡のワンフレーズ。いみきらわれたあるおには、という部分」
話しながら、ミレイの顔を覗き見た。
みるみると険しくなっていくのが見えた。
ここに来てさらに疑惑を深める情報だ。そうなっても無理はない。同じ立場なら絶望感が増しただろう。
「妄想の域を出ないとは思っていましたが、無視することもできない程に、様々なピースが嵌っていく感覚をも覚えています。……これは、邪推ですか?」
「……どうなんですか、先生」
初めて、ミレイが声を荒げる様を見た。
氷のような佇まい――部室に初めて訪れたときに感じた、周囲の空気すら凍らせてしまいそうな凛とした雰囲気はそこにはない。画面越しに、氷が融けるときの湿気のような、じっとりとした焦りが伝わってきた。
「……邪推ではない。ほぼ、答えにたどり着いている」
「……そんな……まさか、先の世界大戦にまで噛んでいたなんて」
糸が切れた人形のように、ミレイは力なく椅子に身を預けた。
がっくりと項垂れた顔。画面越しにその表情の全てを窺い知ることは難しいが、口元は見えた。
――笑っている?
……もう笑うしかない、という心境だろうか。
絶望の果てに待つ、乾いた笑い。
もし同じ立場なら――。
きっと、同じように笑っていたかもしれない。
涙も出ないほど乾き、諦め、そして笑うのだ。心を保つために。
「酷かもしれないが……落ち着いて聞いてほしい、ミレイさん。……変えたいと思うなら猶更。ゴメンマチの家系がずっとその思いを子に紡ぎ委ねてきたように」
厳しさの中に感じる優しさ。
アオヤギ先生の低い声に、ミレイは小さく頷いた。
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