04-16
落とされている情報を整理してみよう。
重要だと思われる点は大きく三つだ。
一つ目は、ここ、アサギ地区に大規模な軍需工場があったこと。
二つ目は、その軍需工場を有する会社が、株式会社ノアという名前であるということ。
三つ目は、株式会社ノアの社長がオニヅカという姓であること。
これらの情報に対する俺の問いは一つ。
電脳空間「ボックス」とは無関係だろうか?
電脳空間「ボックス」をリリースし、運営している会社の名前はノアボックス。そして、その経営一族の名前はオニヅカだ。
偶然の一致にしてはできすぎている。
両者には何らかのつながりがあるとしか思えない。
説明板がコピーされたときに情報が落とされているという事実が、それを裏付けている。
全くの無関係であれば、その史実が残ろうがどうなろうが、どうでも良いはずだ。あえて情報を落とす必要もない。
情報を落とすということは、それが残っていては都合が悪いということ。
つまり、株式会社ノアの社長がオニヅカ ハジメで、軍需工場を持っていたという情報は、ノアボックスの経営一族オニヅカにとって都合が悪いということだ。
「……いみきらわれたあるおには きんぎんざいほうごちそうそろえ むらびとまねいておもてなし なかなおりしてまつりごと」
ヒカリが、ポツリとつぶやくようにそっと歌った。
童謡「あわれなおにのゆくすえ」を。
続けて、ネコタニが静かに問いかける。
「……忌み嫌われた、というところに関係がありそうですかね? サトル殿?」
「……あぁ、そうだろうな。何の裏も取ってないから妄想の域を出ないんだけど。……どうだ? お眼鏡にかなうネタだったか?」
「えぇ、もちろん。幽霊の件が霞んでしまいそうなくらいには。……裏、取れるような情報がないか、探してみます」
どうやら、提供した情報は満足いただけたようだ。
ネコタニの口元が妖しく歪んでいる。
……うら若き女性がしてよい表情じゃないと思うんですけど……まぁ、いいか。
しかし、裏を取るって言ってもなぁ。
情報をコピーする際に意図的に改変を加えるような会社の電脳空間だぞ。
「探せるのか? この様子だと、電脳空間上では書籍の類も改変が加えられている可能性を否定できないし、インターネットも検閲がかかっているかもしれないぞ?」
「……最近、ある情報通と仲良くなりましてね。顔も知らないインターネット経由で知り合った人物ですが、アングラなネタも含めて検閲を抜ける手段を持っているようで。幽霊の噂もその人から聞いたんですよ」
え? なにその人。怪しすぎません?
信用に足るとは思えないんだけど……個人情報抜かれたりしない?
同じことを思ったらしいヒカリが、ネコタニに尋ねる。
「なにそれ、すっごく怪しい。危なくないの? その人。ミキちゃん、結構その辺の危機感に欠けるところがあるから心配だよ」
「てへへ、ご心配ありがとうございます、ヒカリさん。メッセージでしかやり取りしませんし、直接会ったりすることはありませんから。こちらの個人的な情報を問われることも一切ありませんし。ときどき気障な文章が鼻につくくらいで、実害はありませんよ」
「そう? ならいいんだけど……」
「えぇ、大丈夫ですよ! 困ることが起きたら、依頼しにきます」
「依頼しに来るのかよ……できればトラブルは回避するよう努めてくれ」
「検討を加速します」
「……政治家かな?」
突然の政治家のような返答に思わず突っ込んでしまった。
ヒカリがくすくす笑っている。ネコタニもつられて噴き出した。
発見してしまった、電脳空間ボックス、およびその運営会社ノアボックスに対する大きな疑惑。
これまでにもそれらしい情報は得てきた。だが、今回見つかった情報は、これまでに得た情報とそこから推測される疑惑の断片を裏付け、つなぎ合わせ、そして強化するようなものだった。
それは俺たちにとってあまりに衝撃が強すぎて、かえって現実味がない。本質的に受け入れることができていないからだろう。
だからこそ、俺たちはいま、こうやって軽口を叩いて、へらへらと笑ったりできている――いや、それしかできないのかもしれない。
……それは、悪いことだろうか。
現実に、しっかりと直面しなければならないのはわかっている。
けど、それをしなければならないのは、今すぐか?
――――少しくらいの猶予は、許してほしい。
きっとこれから、後戻りのできないような道に進んでしまうのかもしれないのだから。
……ところで。
「ところで、本当に朝までカメラを回す必要あるのか? ……さっきの特大ネタに免じて許してくれたり……」
「……それはそれ。これはこれです」
チクショウ! かっちりしてやがる!
今度はお母さんみたいなこと言いやがって!
……とはいえ、よくよく考えれば張り込みは当初の依頼の範囲だしな。その時間が想定より長かっただけと思えば……仕方ない。気合いを入れるか。
携帯端末の時計を見れば、深夜1時を回っている。
丑三つ時までもう少し。
蛙の声は、少し遠くに聞こえた。
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