04-15
「えっと、この慰霊碑の隣だよね、サトル?」
「そう、その慰霊碑に向かって左だ」
ミレイとネコタニは石畳に上がり、慰霊碑の前まで向かってくれた。携帯端末に映る景色は――この場所に到るまでの遊歩道と同様に――物理空間よりもずっと明るく、良く整備されているように見えた。
石畳の空間の奥、さらにもう一段高く積まれた直方体の石材をを台座として、大きな楕円形に磨かれた石が長軸を天地方向にして乗せられている。その正面には、慰霊碑という文字が彫られているのが見える。
電脳空間の慰霊碑は、構造、佇まい、文字の形状に至るまで、物理空間に置かれているものと全く同じであるようだ。
とすればその隣には、この慰霊碑の置かれた背景を記載した説明板があるはず。
「これですか? サトル殿」
携帯端末の画面に映る景色が左に滑る。
小柄な敏腕新聞記者が、その腰ほどまでの丈の板を指さして語りかけている。
「たぶんそれだ。ヒカリ、なんて書いてあるか映してくれないか?」
「はーい。この慰霊碑がなんで建てられたかが書いているんだよね? どれどれ……」
少し画面が上下にぶれた後、携帯端末の画面に説明板が大きく映った。
見た目だけは、物理空間に置かれているものと全く同じであった。
――――文章は、違った。
――――――
戦没者慰霊碑
西暦2063年8月1日午前8時、本アサギ地区一帯を大規模な空爆が襲い、本地域住民十万人が犠牲となりました。
この慰霊碑は、犠牲者の冥福を祈り、二度とこのようないたましい悲劇を起こすことのない、世界平和の実現を祈念するものである。
2064年8月1日
――――――
「サトル殿の見た幽霊が指さしていたの、これですよね? ……特別おかしなことは書いてないようですが……」
ネコタニはどこからか出したペンライトを片手に、これまたどこからか出してきた虫眼鏡を使って説明板の文章をじっくりと読み込んでいる。
「大昔、この辺にも空爆があったんだね。2060年代に世界大戦があったのは歴史の授業で学んだけれど、ここも戦火に見舞われたんだ」
ヒカリの言う通り、2060年代に世界大戦があった。
ニホンも巻き込まれる形で参戦し、積極的に攻撃こそしなかったものの、敵国からの攻撃に対する迎撃・撃退を行なった。
所謂、専守防衛のような形での戦争であったが、それでも迎撃しきれない攻撃もあって、いくつかの都市は被害を受けている。
その一つがアサギであったことは、この説明板に刻まれている通りだ。
だが、いま、着目したいのはそこじゃない。
物理空間上と、電脳空間上とで記載されている文章に差異がある。
情報が落とされている。
偶然か故意か、それはわからない。それこそ、電脳空間上にこの説明板をコピーしたノアボックスに聞かなければ。
だが……あえて言い切ってしまえば、もう答えは出ているようなものだ。
電脳空間上にコピーする際に、なぜあえて情報を落とす必要があったか。
重要な情報でないから?
いや違う。もしそうなら文章の一部を落として、前後の文脈と違和感のないように整えることなんてしない。文章そのもの、なんなら説明板ごとコピーしなければ良かったのだ。
けどそうはしなかった。いや、できなかったのかもしれない。
ここ、アサギふれあい広場はいざというときの防災の拠点だ。地域住民の要望により、電脳空間へのコピーは必須だったと推測される。
アサギふれあい広場を電脳空間へコピーする過程において、慰霊碑のエリアだけコピーしないのは不自然だ。つまり、慰霊碑のエリアもコピーは必須だった。
その状況下で、なぜ、説明板に記載されているある一部の情報だけ電脳空間にコピーしなかったのか。
考えられる理由はもう、ひとつしかない。
その情報が、自分たちにとって不都合であったからだ。
「…………ヒカリ。いま、物理空間上にある説明板を写真に撮って送った。見てみてくれ。ネコタニにも共有して」
「え? あ、うん。……どうしたの? そんなにおかしいところあった?」
通話アプリの画面には、ヒカリの少し困惑した顔が映っている。内カメラに切り替えたのだろう。
突然の写真の送付に戸惑いながらも、ヒカリはファイルを開いたようだ。
表情がみるみる曇っていく。
携帯端末の画面の右から、ネコタニの顔が現れた。
ヒカリの画面に表示されたその写真を覗きこんでいるのであろう。
「サトル、これって……」
「…………ほほぉ。随分きな臭くなってきましたねぇ……」
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