04-14
「えぇぇぇぇぇぇぇぇぇ! 幽霊を見たんですか!」
「……あぁ、ネコタニとヒカリが野次馬から聞き出してきた外見上の特徴をこさえた女の幽霊をな」
「黒髪釣り目の美女だったんですね。いいなぁ、けどなんでこっち側じゃなくてそっち側なんでしょう?」
「俺も同じことを思ったよ、なんで物理空間側に現れるんだってな。……というか、黒髪釣り目の美女って。いや事実だったけど」
知り合いくらいの距離感の美人を表現するような言いっぷりを幽霊に対してするんじゃあない。
そして、いいなぁって。そんなに見たいの? 幽霊ですよ?
「呪われるのはノーセンキューですけど、話題になる程の美女なら見てみたくなるのはしょうがないでしょう。数字もとれるだろうし。芸能人とかだと誰に似てる感じですか?」
いよいよもって知り合いの美人の容姿を聞いてるのとトーンが変わらないじゃあないか。
しかしすごいことを聞くな。幽霊に似てるって言われた人の気持ちを考えると答えにくくて仕方ない。
……恐縮ながら、一人しか思いつかないし。
「……芸能人ではないが、俺が知っている人の中で一番似ているのは…………ミレイだ」
「えっ、ミレイちゃん?」
「あぁ、本人じゃないかというくらい似ていた。ただ、本人よりも髪が短くて、少し大人びていたかな」
「オニヅカ殿ですか、絶世の美女じゃないですか。けど本人であるわけがないし、あれほどの容姿を持った人間がそこらへんにホイホイいるわけが……」
「……そうだね、物理空間はほとんど人がいないし、余計にね。……それだけ似てるとなると他人の空似っていうのも考えにくいよね。…………サトル、まさか」
ヒカリは俺と同じ思考に至ったようだった。
「……そう考えちゃうよな。俺も同じことを思った。……けど、現時点で得ている情報では、この土地と彼女のお母さんとの関係性を見出せないんだ。何の脈絡もないんだよ。彼女のお母さんの失踪に関係のありそうな土地の情報は今のところシノノメだけだ」
「そう……だよね。しかもミレイちゃんのお母さんも電脳空間に移住したって聞いているし、どうやって物理空間に現れたのかも説明できないしね」
「全身もぼやっと光って見えていたんでしょう? その原理もよくわからないですよね?」
「そうなんだよな。容姿という観点だけに着目すれば、例の件と何かしらの関係性を見出せそうにも思えるんだが……それ以外の部分、手段とか原理とかの説明ができない」
思わず口をつぐむ。
考察を重ねれば重ねるほど、俺の見たあの女の存在が、得体のしれないものに近づいていく。
「だとしたらやっぱり幽霊? でへへ、記者人生の中でも稀にみる特大ネタじゃないですか。録画はもちろんしてるんですよね?」
ヒカリと俺が押し黙る中、ネコタニだけ異様なテンションの盛り上がりを見せていた。噂の幽霊を間近で目にした人物がいて、それを記事にできることに気分が高揚しているようだった。
しかしその質問は……。
なんと答えたら良いものか……。
「…………それなんだが、あの、非常に恐縮なんだが…………」
きらきらと輝いていたネコタニの目がどんどんと濁っていく。
いつものキンキン声とは打って変わり、低い声が携帯端末から響く。
「……わたし、”イエス”か”はい”しか聞きたくないんですよね」
……帝王かなにかなの? 圧力の掛け方が強すぎない?
「……申し訳ない。突然不意打ちで現れたから、録画を回す余裕なんてなかったんだよ」
「ワタシ、”イエス” カ ”ハイ” シカ聞キタクナイデス」
今度はロボットのような片言な語り口で、ネコタニは同じセリフを繰り返した。
もう! あまりのショックで壊れちゃったよこの娘!
というかロボ化って圧力の掛け方として斬新すぎない?
ヒカリさんも笑ってないで助けてよ!
「そう言われても……もうあの女の幽霊消えちゃったし……」
どうネコタニをなだめようかと思考を巡らせていたところで、ふと、思い出した。
そういえば、あの女の幽霊、慰霊碑の隣の説明板の方を指さしていたな、と。
……慰霊碑の内容でも気になるところがあるし、ちょっと話題を逸らしてみるか。
謎の香り漂う、ネコタニの食いつきそうなこのネタで。
「そういえば、あの幽霊、慰霊碑の隣の説明板のあたりをじっと指さしてから消えたんだよな。物理空間の方は見たんだが、少し気になるところがあって。電脳空間の方にもあれば、見てくれないか?」
ネコタニの耳がぴくっと動いたように見えた。
「……仕方ないですね。再度幽霊と遭遇できる可能性にかけて朝まで張り込んで録画を回してもらうとして、まずはその幽霊が指さした説明板ってのをちょっと確認してみますか」
どうやら気に入っていただけたようだ。よかった。
……ん? あれ? いまなんて言った? 朝まで? 聞き間違いだよね?
「……さすがに明け方は多少涼しくなるだろうから、風邪ひかないようにね」
ヒカリが身を案じてくれている。
それ自体はありがたいが、一方でそれにより、先程耳を疑った言葉が自分の聞き間違いではなかったことが確定した。
無意識に天を仰ぐ。
星の瞬く夜は、少しばかり涼しくなっていた。
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