04-12



 肩のあたりまで伸びた髪は、絹糸のように滑らかで、漆のように黒い。白いワンピースによく映える。

 整った鼻筋。比較的薄い唇は渇いていて、ひび割れているように見える。

 大きくも少し釣り上がり気味の目は、人形のようにぱっちりと開いたまつ毛を携えて、こちらを見ている。


 

 ……そんなわけがない。

 ミレイがにいるわけがないんだ。


 ミレイは物理空間上に身体を持っていないと言っていた。親の代から電脳空間に移住したとも。それが嘘でないならば、ミレイは電脳空間上にしか身体を持たない。物理空間上に存在できるわけがないんだ。


 だとすれば……あれは、誰だ?

 他人の空似か?


 しかし、あれほどまでに似ている他人がいるだろうか。

 親族でもなければあれほどまで似るわけが……。






 ――――親族。


 ……まさか、ミレイのお母さん?

 いや、待て。ミレイのお母さんだって電脳空間に移住しているはず。


 ……だめだ、わからない。あの女は一体なんだ。


 …………まさか、本当に幽霊……?


 


 恐怖と疑念を抱きつつ、その対象から目を離せないでいると、女に動きがあった。


 女はこちらを向いたまま右手を上げて、その身体の斜め後方、女の奥に位置する慰霊碑の方を指さした。そのまま数秒動きを止めたかと思えば、慰霊碑に向かって左手の方に向き直り、右手を下げてまた歩き始めた。

 


 ……! 待て! どこに行く。 


 不思議と恐怖など忘れて走り出していた。


 女が誰か。何がしたいのか。

 生きている人か幽霊なのか知らないが、いまや疑問の方が強い。



 屋外灯の下、膝丈ほどの段差を飛び越えて、女の方に向かって走る。

 女が再び歩き出してからは、石畳の左手に迫る雑木林に遮られてその姿を追うことができなかったが、雑木林の中に入っていったに違いない。

 

 先ほどまで女が立っていた慰霊碑の目の前までまず走り、その後で女が歩いたと思われる方向を見た。



 しかし、女はもうすでに見えなくなっていた。

 


 おかしい。――原理はわからないが――ぼうっと光っていたから見失うわけがない。この暗闇の中で、光る物体を見失う方が困難だろう。



 ……まさか、消えた? 

 …………え? 本当に幽霊なの?


 女が消えるという予想していなかった事態に、忘れていた恐怖が戻ってくる。

 気を紛らわすために、女が指さしていたところを探ってみると、どうやら慰霊碑のとなり、説明版のあたりを指さしていたようだ。

 

 なにか、ここに読んでほしいことが書いているのだろうか。

 いよいよオカルト染みてきたが、読んでみよう。


 どれどれ……。


――――――


 戦没者慰霊碑


 西暦2063年8月1日午前8時、軍需工場を擁する株式会社ノアを中心とした本アサギ地区一帯を大規模な空爆が襲い、弊社社員を含む地域住民十万人が犠牲となりました。

 この慰霊碑は、犠牲者の冥福を祈り、二度とこのようないたましい悲劇を起こすことのないよう反省し、平和事業への確かな歩みを誓うものである。


 2064年8月1日

 株式会社ノア 

 代表取締役社長

 オニヅカ ハジメ


――――――

 


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