04-09



 ピリリリリリ!


 ダイニングに置いた携帯端末が鳴った。


「応答を許可」


 何回呟いたか分からない言葉を口から発すると、携帯端末は一瞬の間を置いて、ビデオ通話モードを起動した。



「あ、サトル? アオヤギ先生とお話できたよ! 今度の土曜日高校までおいで、だって!」


 ヒカリは嬉々とした様子で話している。

 

 アオヤギ先生は俺たちが最も世話になった先生と言っても過言ではない。身寄りのないヒカリと電脳空間に身体のない俺、クラスでも浮きがちな俺たちを気にかけ、新たな部活を作るというアドバイスをくれて、その運営をサポートしてくれた人だ。いまの手助けクラブの前身を作ったのはアオヤギ先生と言っていい。

 そのアオヤギ先生と久々に会えることがヒカリは嬉しいようだ。俺もそこそこに嬉しい。


「ミレイちゃんのことも紹介したら、少し驚いてた! 高校は違うけど、一緒に連れてきて良いってさ」


 そりゃあ、久々に教え子から電話がかかってきたと思ったら隣に世界でいちばん有名な会社の社長令嬢がいたら誰だって驚くだろう。アオヤギ先生の、歳の割に豊かなリアクションが目に浮かぶ。



「優しそうな先生だったわね。全くの初対面なのに、親身になって解決の手伝いをしてくれるなんて。ありがたく甘えさせてもらうことにしたわ」



 ミレイも少しだけアオヤギ先生と会話できたようだ。

 

 アオヤギ先生は土曜の夕方17時からならば時間が取れるらしい。件のパソコンを持ってきてもらえれば、なんとかトライをしてみるとのことだ。

 ただ、くれぐれも何の目的で高校に来たかは他言するなとのことだ。

 ……クラッキングのためと言ったら、ミレイが親族の立場で例外的にそれを許可しているとは言え、問題になりかねないからな。



 しかし、アオヤギ先生がクラッキングができることが事実であることには驚いた。……ネコタニの噂に対する嗅覚はかなり優れているのかもしれない。

 とすれば、ネコタニの依頼である幽霊の噂の件だって、何か面白い真実が隠れていたりするかもしれないな。



「――では、今日のところは私は失礼しようかしら。お時間をいただいてありがとう。……ネコタニさんが依頼内容の相談をしている最中だったのでしょう? お邪魔をしてしまってごめんなさい」


「いえいえ。お母さん、無事に見つかることを祈ってますよ! ……解決したら記事にしても?」


 こんなときでも商魂たくましいな、この人。


「ありがとう。記事の件はそうね……落ち着いた頃にまた相談させて頂戴。……では、失礼するわ、サトル君、ヒカリちゃん、また土曜日に。集合場所等は別途メッセージでやり取りして決めましょう。サイカワさんも、また、なにかの機会に」


「うん! バイバイ、ミレイちゃん!」


「ああ、また」


 ミレイは部室内の面々にそれぞれ挨拶をすると、手を振りながら部室の外へと出て行った。


「さて、では僕も帰ろうかな。お礼を言いに来ただけのはずなのに随分と長居してしまった。お菓子、食べてもらえて良かったよ。じゃあ、失礼する。またね」


「お菓子美味しかったよ、サイカワ君! ありがとう、またね」


 サイカワも簡単に挨拶すると、颯爽と部室の外に出て行った。

 

 部室内に残るは、ヒカリとネコタニ。

 途端に静かになった部室で、ネコタニの声はよく響いた。


「えーと……。どこまで何を話してお願いしたかを忘れてしまいましたが………。とにかく、例の慰霊碑での調査にご協力いただきたいです! 明日の夜、23時から現地で張込みです! アサギふれあい広場の入口に22時45分集合としましょう! サトル殿は物理空間上の同じ場所に来てくださいね。ハンディカム、忘れずに!」



「へぇへぇ、わかったよ。せっかくちゃんと使えるやつ見つけたからな。ほら、コレ。忘れずに持ってくよ」


 右手でコードがついたままのハンディカムを持ち上げて、携帯端末の内側のカメラに向ける。

 持ち上げたときに、ハンディカムの羽根のような画面上で"REC"というマークが見えた。ミレイが来る前、ハンディカムを見つけたときに、サイカワに促されて試し撮りをスタートしたきり、ずっと録画が続いていたようだ。

 ネコタニに本体を見せながら、録画ボタンをもう一度押し、録画をストップさせた。ハンディカム上の記憶媒体は結構な容量があるらしく、このくらいの時間の録画ではほとんど空き容量を消費しなかったようだ。バッテリーが劣化していることを除けば長回しにも耐えうるだけの性能はあると見てよいだろう。


「わお、本当にそんな旧型の見つけられたんですね! ナイスです! 助かります! よーし、なんだかワクワクしてきましたね!」


「ではまた明日、現地で! 何かあれば連絡してください! ではでは」


 キンキン声を響かせて、早口言葉のように捲し立てると、一礼をしてそそくさと部室の外に出ていってしまった。

 もうワクワクしすぎてじっとしてられない、というような印象を受けた。

 

 ……エネルギッシュだなぁ……。

 あまりの速さに、ぼけーっとしたまま見送ることしかできなかった頭に浮かんできたのは、そんな感想だった。

 どうやらそれはヒカリも同じようで、同じようにぼけーっとした顔のまま目が会った。


「ぷっ」


 そのシュールな状態がなんだか面白くて、二人で笑った。


 時刻は16時を回ったところ。夕日は少しばかり傾いて、暑さも少しだけ和らいできている。

 外の静寂の中に、ほんの少しだけ、虫の音が戻ったような気がした。



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