04-08
「問題は……お母さんのパソコンにアクセスする方法ね」
ミレイは左手をこめかみに当て、ため息交じりに呟いた。
そう、今取るべきアクションとして挙げられた、ミレイのお母さんのパソコン内部の情報へのアクセスだが、別に今になってようやく思いついた類のものではない。ミレイが初めてこの部室に来たときも、ミレイのお母さんの行方を追うために確認すべきアイテムの一つとして認知されてはいた。
それでもそのアクションが取られなかったのは、やはりそれをできる人が近くに居なかったから。これに尽きる。
ミレイのお母さんはかつてノアボックスのセキュリティ部門に勤めていて、パソコンのロックがかなり強固だと聞いた。
つまり一般人では手に負えない。褒められた手段でないのは重々承知だが、セキュリティを破るプロの力を借りなければ如何ともし難いだろう。
そんな人が近くにいただろうか。
クラッキングを得意としているような人が………。
――あ。
ひとり、思いついた。
似たようなことを趣味としている男を。
携帯端末越しにその男の顔を見る。
いつも一言余計な気障な色男を。
自身でサークルを立ち上げてしまうほど、コンピュータウイルスを作る技術があるのならもしかして……。そういう期待を込めて。
サイカワはこちらの視線に気付き、顔をこちらに向けた。
気付いてくれた! よし! お前の真価を発揮できる時が来たぞ! 普段は表に出せないその技術、見せつけてやれよ!
画面越しに指を指して、"お前の出番だぞ"とジェスチャーする。
サイカワは変わらずこちらを見ていて、俺のそのジェスチャーもしっかりと見据えていた。
頭の回る男だから、すぐにこちらの意図に気付き、嬉々としてコンピュータウイルスの技術に関して話し出すかと思ったが、その予想は裏切られた。
サイカワは、静かに首を横に振ったのだ。
えっ?
自分の目を一瞬疑ったが、見間違いではなかった。
証拠に、サイカワはもう一度、今度は少しばかりゆっくりと首を横に振った。その意図を確実に伝えるように、ゆっくりとこちらを諭すようにも見えた。
俺の意図、コンピュータウイルスを侵入させて、セキュリティを突破するというアイデアはたしかに伝わっていたはずだ。というか、サイカワなら俺に言われずともすぐにそんな方法など思いつくはず。なのに首を横に振るってことは……できないってことだよな?
……そうか、できない、か……。
技術的にできないのか、流出等のリスクを鑑みて実行すべきではないのか、どちらかは分からないが、いずれにしても彼はやる気がないようだ。残念ではあるが、詰問して無理強いするわけにもいかない。
申し訳無さそうにこちらを見つめているサイカワに対して、静かに首肯した。
しかしなぁ……サイカワがだめならいよいよもって手詰まりなんだよなぁ。どうしよう。他にこの方面で得意な人なんて……。
これまでの人生で関わってきた人たちのことを思い浮かべてみる。
……あんまり友達多くないからなぁ……。ヒカリ以外でヒカリと同じくらい深く関わった知人・友人の類なんて、ヒカリの家族を除けば高校時代の部活の顧問くらいしか……。
なんて人付き合いの少ない人生なんだ……!
自身の友人付き合いの少なさに絶望していると、少しだけトーンの落ちたネコタニの高い声が聞こえてきた。
「……そう言えば、ヒカリさんとサトル殿の高校の時の部活の顧問、アオヤギ先生ってそっちの方面得意でしたよね?」
え? そうなの?
初耳だった。
初老に差し掛かった優しいおじさん、アオヤギ先生。
受け持っている科目は物理だったし、コンピュータの方面に詳しい印象は全くないぞ。
「高校の新聞部で先生のゴシップネタを集めていたときにそんな噂を耳にしました! なんでも、教員になる前はネットワーク環境のセキュリティを専門とした職業に携わっていて、それが転じた趣味はクラッキングだかなんだか。記事にするにはいたらず、詳細な調査もしていないので、どこまで本当かわかりませんけどね」
教員のゴシップネタを記事にする高校の新聞部って一体……。
だが、その悪食に助けられそうなのも事実だ。あえてツッコむのはやめておこう。
「……ネコタニの悪食に助けられるとはな。早速、アオヤギ先生に電話してみよう。ヒカリ、電話番号覚えているか?」
「うん、携帯の電話帳に残ってたはず! ちょっと電話してくる! この通話は一旦切るね」
「わかった。よろしく頼む」
一筋の光明が見え、部室内の空気が微かに和らぐのを感じた。
ミレイをはじめ、携帯端末に映る顔には笑顔が戻ってきている。
ひとり、険しい顔をしたサイカワを除いて。
なぜ、そんな顔をしているのか。
聞こうとして、聞けなかった。
聞いたら、何かが崩れてしまいそうな気がして。
窓の外の洗濯物は相変わらず、風になびいて揺れていた。
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